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英国史上まれに見る極悪人として名高いリチャード三世の真の人物像を探ることを目的としています。
シェイクスピアの描いたリチャード三世以外のリチャード三世像があることを、一人でも多くの方に知っていただければ幸いです。
2012年9月12日、レスターのグレイフライヤーズ修道院跡からリチャード三世の遺骨が発掘されました!(2013年2月4日に調査結果が発表されました)

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ジョン・オブ・ゴーントの肖像

ジョン・オブ・ゴーント John of Gaunt (1340-1399): ランカスター公。エドワード三世の4男。ヘンリー四世の父。



ランカスター公ジョン・オブ・ゴーント John of Gaunt
16世紀 テンペラ/板


ルカス・コルネリス Lucas Cornelisz(1495-1552)作とされる。ケント州クイーンバラ城
Queenborough Castle の歴代の城代 Constable
の肖像画シリーズの一枚。
1511-59年にクイーンバラの城代だったサー・トマス・チェイニー Sir Thomas Cheney
の依頼により描かれた。現在はプライベート・ コレクション。



【Link】 Parishes - Queenborough | British History Online : クイーンバラ城の城代のリストが載っている。クラレンス公ジョージの名も見える。





ジョン・オブ・ゴーントの肖像画の中で、よく知られている作品である。しかし、描かれたのは2世紀後であり、どの程度正確なのかは分からない。この肖像画では黒髪もしくはダーク・ヘアに見えるが、実際にそうだったのか知りたいと思っていた。先日Leiさんにコメントをいただき、その疑問はめでたく解決した。"John was dark-haired, with piercing eyes and a narrow, angular face." とのこと。
ダーク・ヘアだったのですね!Leiさん、お教えいただきどうもありがとうございました!



彼の母フィリッパ・オブ・エノーは "The lady whom we saw has not uncomely hair, betwixt blue-black and brown."と描写されており、髪色は母譲りなのかもしれないと、勝手に 妄想 想像している。



肖像画の左上には彼の紋章が描かれているが、少々変わった紋章楯になっている。



ジョン・オブ・ゴーントの紋章 Arms of John of Gaunt彼の基本的な紋章は、当時のイングランド王の紋章(Royal Arms)にケイデンシー・マーク Cadency Mark を加えたものだ(左図. Wikimedia Commonsより)。
レイブル label の3つのポイント(垂れ)のそれぞれに、3つの ermine spot が入っている。

ermine spot が ermine spot



カスティーリャ=レオン王国の紋章その中央に、カスティーリャ=レオン王国の紋章(左図. Wikimedia Commonsより)が加えられている。
彼が"正統の"カスティーリャ王を名乗ったことによる。



外衣 surcort にも、カスティーリャの紋章が加えられている。


なお、肖像画の鎧はスペイン(カスティーリャ?)様式のもののようだ。





ジョン・オブ・ゴーントは3度結婚した。2人目の妃は、カスティーリャ王ペドロ一世の次女コンスタンス・オブ・カスティル(コンスタンシア・デ・カスティーリャ)である。ペドロ一世の長女ベアトリスは既に亡くなっており、コンスタンスが後継者とされていた。ジョン・オブ・ゴーントは、妻の権利によって("jure uxoris")カスティーリャ王位を請求し、自らの紋章にカスティーリャ王の紋章を付け加えた。
ただし、当時は、ペドロ一世を斃した異母兄のエンリケ・デ・トラスタマラが王位に就いていた(トラスタマラ朝開祖エンリケ二世)。
この王位継承争いは、エンリケ二世の孫エンリケ三世が、ジョン・オブ・ゴーントとコンスタンスの息女キャサリン(カタリナ)と結婚することで終結を迎えた。



関連記事: ジョン・オブ・ゴーントの系譜



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リチャード三世の徽章(バッジ) 5

リチャード三世の徽章(バッジ) 1 > 徽章 2 > 徽章 3 > 徽章 4 > 徽章 5 ]



boar の定義について(性懲りもなく)書こうと思う。今年はちょうど猪年なので、ご容赦いただきたい。



現代英語では boar は「猪」または「去勢していない牡豚」を意味する。
 >> リチャード三世の徽章(バッジ) 1 : 猪か豚か



だが、中世において boar という単語はどう使われていたのだろう。「猪」と「豚」、どちらの意味で使われていたのか。Oxford English Dictionary(OED)を見てみた。



* 11-15世紀くらいの英語は中英語と呼ばれる


Oxford English Dictionary: Including Additions Series Volumes 1-3OED は、11世紀半ばから現代までの英単語の意味や用法の変遷を扱った辞書で、年代・出典と共に、用例が挙げられている。
  >>Amazon(日本)   >>Amazon(米)



OED 第2版による boar の定義は次の通り(訳: 秋津羽)



  • The male of the swine, whether wild or tame (but uncastrated).
    牡豚.野生も家畜も含む(ただし、去勢されていないもの)


  • b. The flesh of the animal.
    動物の肉


  • c. spec. wild boar: usual name of the wild species (Sus Scrofa) found in the forests of Europe, Asia, and Africa.
    生物種 猪: ヨーロッパ、アジア、アフリカの森にみられる野生種(Sus Scrofa)の一般名


  • d. fig. (or heraldically) applied to persons.
    象徴的(または紋章学的)に 人々に適用される


挙げられている最も古い用例は、「牡豚」が1000年頃、「猪」が1205年頃のもの。「牡豚」の方が古くから使われているようで、元来の意味なのだろう。なお、bの意味の初出は1460年頃、dの意味では1297年。



◆ 「牡豚」の用例
OEDに挙げられているのは11例。



最も古いもので、1000年頃のアルフリック Ælfric のGrammar
Aper, bar.
とある。Aper はラテン語のboar。当時の英語の綴りがbar。



次に挙げられているのが、ante 1121年(1121年より前)の O. E. Chron.
He forbead {th}a heortas swylce eac {th}a baras.



その後、1820年までの用例が挙げられているが、
1398年の、Bartholomeus de Glanvilla (Bartholomeus Anglicus) による De proprietatibus rerum のラテン語原本を John de Trevisa が英訳したもの(On the properties of things)には
The wylde male swyne ben callyd Boores.
とある。



◆ 「猪」の用例
OEDに挙げられているのは6例。



初出例は1205年頃のラヤモン Layamon によるもので
{Th}at beo{edh} a wilde bar
とある。



次に、ante 1225年のAncr. R.
{Th}e wilde bor ne mei nout buwen him.



1400年頃のDestr. Troy では
As wode as a wild bore.



1595年、Andrew Duncan のLatinae grammaticae pars prior
Verres, porcus non castratus, a baire; aper, a wilde baire.



1671年、ミルトン John Milton の Samson Agonistes (『闘技士サムソン』、『力者サムソン』)で
Bristles..that ridge the back Of chaf'd wild boars.



1863年、チャールズ・ライエル Sir Charles Lyell の The geological evidences of the antiquity of man
The tame pig..had replaced the wild boar as a common article of food.



「猪」の用例では、いずれも"wild boar"、ないし、その古い形で使われている



えー、つまり、中世から「猪」は"wild boar"で、ただの"boar"だと普通は「牡豚」の意味だったということ?
「boar≒猪」だったら良かったのだけど。ちょっと残念。



リチャード三世の徽章(バッジ) 1 > 徽章 2 > 徽章 3 > 徽章 4 > 徽章 5 ]


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紋章楯のショップ

欧米には、紋章楯を製作してくれるショップがあり、Web上でもいくつか見つけられる。なかでも(私の)目を引いたのが、米ヴァージニア州にあるここ▽
"White Boar Heraldic Designs"



"White Boar"というのが気になって説明を見ると、ここのアーティスト兼オーナーはリカーディアンだった。Richard III Societyのアメリカ支部の会員だそうな。
先祖のうち2人がボズワースの戦でリチャードについて戦ったとか。



このJon Stallard氏、WRARという地元のFMラジオ局のパーソナリティかつ親会社の役員をしているらしい。たぶん、そちらが本業なのかな。



……世の中色んな人がいるなあ。




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リチャード三世の紋章

以前、リチャード三世の紋章の画像を求めて探しまくったことがある。
紋章院(College of Arms)の創設者であるというのに、英国紋章院のサイトには画像がない。
1984年に発行された紋章院創設500年の記念切手にはリチャード三世の紋章もあるのだが。



英国王室公式サイトでようやく見つけられたのがこちらの画像 ↓
© College of Arms と書かれている。どうして紋章院のサイトに載せてくれないかなー。




The royal arms of the last king in the House of York, Richard III : リンク切れなので代わりにInternet Archiveからこちらを▽
The Royal Arms of King Richard III





イングランド王のの上にヘルメット、その上にあるのは冠(クラウン)ではなく、儀式用の帽子(cap of maintenance)―緋色のヴェルヴェット製で、アーミン(オコジョの冬毛)の毛皮で縁取られたものだ。
更にその上の兜飾り(クレスト)は、王冠をかぶったライオン(イングランドのロイヤル・クレスト Royal Crest。姿勢は passant guardant パッサント・ガーダント―顔を正面に向けた歩き姿)。後ろにマント



楯のまわりをガーター(ガーター勲章の象徴)が取り囲む。ガーターには、フランス語で、"Honi soit qui mal y pense"と書かれている。"Evil be to him who evil thinks"("思い邪なる者に災いあれ")の意味で、現在も国王の紋章にこのガーターが用いられている。



サポーター(楯持ち)はデクスター dexter (楯を背後から見て、つまり、楯を持つ人から見て、右)が王冠をかぶったライオン、シニスター sinister (楯を持つ人から見て左)が白猪
 【参照】 dexter と sinister : 紋章楯の縦横4分割(quartery)の図 (Yahoo!辞書 quarter の項から)



だが、他に見たことのある画像では楯を飾るアクセサリー(主としてサポーター)が異なっていたりして、どうも一定しない。在位わずか2年だというのに。国王の紋章だから、本体(楯)は決まっているのだが。
しかも、紋章院500年記念切手の紋章には、サポーターがついていない。その代わり(?)マントが大きく横に広がっている。
当時は、高位の人物でもサポーターを用いたり用いなかったりしたらしいので(紋章の構成が発達過程にあった)、サポーターなし、というのは良いとして、サポーターがある場合に動物が決まっていないのはどうしたことか。在位が長かったならともかく、2年ですよ?





上の二つは同じもののようだ。こちらの紋章は、
イングランド王の楯の上に、ヘルメット、その上に儀式用帽子(cap of maintenance)。その上の兜飾り(クレスト)は、王冠をかぶったライオン(ロイヤル・クレスト Royal Crest)。後ろにマント。楯のまわりにガーター。ここまでは王室公式サイトでみつけた紋章とほぼ同じ。


サポーター(楯持ち)は左右とも白猪
台座(コンパートメント)はないが、下部にスクロール(巻物)がある。
スクロールに書かれたモットー(銘)はフランス語で、"Dieu et mon Droit"。"God and my right"("神と我が正義" または "神と我が権利")の意味。王のモットーとして現在も使われている。



王のモットーと、ガーター勲章のモットーについては、UK NOWの英国Q&A/王室に解説がある。簡にして要を得た説明だが、ガーター勲章に括弧書きで"女王が統治している騎士団の古代勲章"と書かれている。これは、古代ではなく中世―たまたま書き間違ったんだろうなー、きっと。



リチャード三世のスタンダード(軍旗)

徽章(バッジ)について色々書いたので、ついでに、リチャードのスタンダードの画像をご紹介したいと思う。
スタンダード(standard)とは、細長い三角形の軍旗のことだ。先がただ細くなっているものと、ツバメの尾のように二又に分かれているものとがある。



リチャード三世のスタンダードの画像はこちら▽


リチャード三世のスタンダードの再現 : ボズワース・フィールドに掲げられているもの
The Richard III Society - American Branch より
リチャード三世のスタンダード(再現)
RICHARD III MUSEUM より

リチャード三世のスタンダード(イラスト)
The RICHARD III Foudation より

Drawings of heraldic badges
British Library Images Online より (Barker Heraldic Collections, 1549年以前の作)
解説に書かれてはいないが、この図のスタンダードはリチャード三世のものに間違いないだろうと思う。……”窮地に陥った時は獰猛に戦い、死ぬまで戦いをやめない。”(参照 : boar が象徴するもの)ようには全く見えないのだが。


地の色はヨークの色であるマリ(murrey)とブルー。murreyというのは、 紋章に使われる赤紫系統の色なのだが、具体的には深紅色・暗血色を指すようだ。サングウィン(sanguine)とも呼ばれる。
使用されている図柄は、白地に赤のSt. George's Cross(現在もイングランドの旗に使われている)。リチャード三世の白猪の徽章(バッジ)。ヨーク家の白バラと太陽の徽章( Rose en Soleil  : 画像は Yorkshire History.com より)。



St. George's Cross → St. George's Cross



▽こちらのGraham Turner氏の絵には、リチャード三世のスタンダードが描かれている。



The Battle of Bosworth by Graham Turner
The Richard III Society より (絵の解説はこちら : 英語. Studio 88 Limitedより)
中央右の人物がリチャード三世。その隣(奥)にリチャードのスタンダードを持った旗手(standard bearer)がいる。リチャードの槍に倒されているのがヘンリー・テューダーの旗手サー・ウィリアム・ブランドン。ヘンリーのスタンダードには火を吐く赤いドラゴンが描かれている。
ヘンリー・テューダーの馬が後ろ足で立ち上がっている、というから、左側の兜のない人物がヘンリーだろう(後ろにスタンダードが見える)。
静観していた(!)サー・ウィリアム・スタンリーの軍が、ヘンリーに加勢しようと近づいてくるところらしい。小さくて分かりにくいが、左奥の方に、白地に青い斜め帯の旗(の一部)らしきものが見え、青い帯の中には何か模様が書かれている。これがスタンリー軍だろうか?
この後リチャードは、寄せくる敵のなか戦い、殺されるのである……
[蛇足] Turner氏の絵では、リチャード三世は兜の上に王冠を被っている。リチャードが被っていたのは、金の輪っか、というかサークレットだと思っていたのだが、違うのだろうか?こういう王冠型(というのも妙な言い方だが)の冠は戦場では邪魔になると思うのだが。



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Author:秋津羽

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