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英国史上まれに見る極悪人として名高いリチャード三世の真の人物像を探ることを目的としています。
シェイクスピアの描いたリチャード三世以外のリチャード三世像があることを、一人でも多くの方に知っていただければ幸いです。
2012年9月12日、レスターのグレイフライヤーズ修道院跡からリチャード三世の遺骨が発掘されました!(2013年2月4日に調査結果が発表されました)

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とっておき世界遺産100「シェークスピア 名作の街」 2

とっておき世界遺産100「シェークスピア 名作の街」 1 > 「シェークスピア 名作の街」 2 ]



週末に、録画しておいたNHKの番組を観た。『ハムレット』の舞台クロンボー城に続き、『リチャード三世』とロンドン塔が紹介された。



映像とナレーションによる紹介は、ありがちというか、一般的なものだった。
番組を観た方の受ける、歴史上の人物としてのリチャード三世の印象は、(残念ながら)おそらく「甥殺しの悪党」ではないかと思う。しかし、ナレーションを注意深く聞けば、リチャードが王子たちを殺したのが歴史的事実だとは言っていないのがわかる。「黒に近い灰色」といったところ。



リチャード三世の名を有名にしたのは、実際にロンドン塔で起きたある事件でした。
「血塗られた塔」の名をもつ「ブラディ・タワー」。1483年、この塔に、リチャード三世の甥であり、王位継承権を持つ2人の王子が幽閉され、その後、忽然と姿を消しました。
そして、失踪からおよそ200年後、ロンドン塔内で2人の王子のものと思われる遺体が発見されたのです。
2人の王子はリチャード三世の王位取得のために暗殺されたと噂されました。
シェイクスピアは、ロンドン塔に伝わる忌わしい伝説を元に、陰謀家リチャード三世を生み出し、怪物じみた悪役の人物描写で人々を魅了しました。


(ここで戯曲『リチャード三世』の台詞が入る)


1585年、リチャード三世は王位継承を巡る戦いに敗れ、在位わずか2年でこの世を去りました。
しかし、シェイクスピアの戯曲によって、今もイギリス史上最悪の国王として語り継がれています。



ナレーションでは「暗殺されたと噂されました」「忌しい伝説を元に、陰謀家リチャード三世を生み出し」と語られている。リチャード三世に関する描写としては、比較的控え目なものではなかろうか。……全体から受ける印象はどうあれ。
ちなみに、「世を去った」のは1585年でなくて1485年ですね。



「シェイクスピアの戯曲によって、今もイギリス史上最悪の国王として語り継がれています。」という最後のナレーションにはちょっと、いや、結構文句を言いたくなったものの、まあ、概ね事実である。特に「シェイクスピアの戯曲によって」という部分。


この後に鴻上尚史氏のコメントがあったのだけれど……

シェイクスピアが描いたリチャード三世っていうのは、もうほんとに悪役で、自らのその醜い姿を逆手にとって、あの非常に切れ者なんですね。
シェイクスピアが描くまでは、まあ本当に暴君というか、とんでもない人間だったんだと思いますけどね。
それをだから、あの、シェイクスピアの功績というのは、一人の人間として、いわゆる単なる悪のキャラクターではなくて、その中に、自分たち、観客と地続きの悩みがあり、苦しみがあり、野望があり、っていうことをあの伝えたということ、要はそのリチャード三世を再発見させた、ということがシェイクスピアの功績なんだと思いますね。

……ちょっと待ってくれませんか。
その「シェイクスピアの功績」のおかげで、彼の活躍したテューダー朝(リチャード三世を斃して開かれた王朝)が終わって間もない頃から(400年近く前から!)「リチャード三世擁護論」が再三出ているにも関わらず、「擁護論」の存在すら知らない人々が大勢いるんですけど!
「再発見」の名にふさわしいのは、サー・ジョージ・バック Sir George Buck の"The history of King Richard the Third"(1619)だと思うんですけど!
私は何か間違っておりますでしょうか (T_T)



シェイクスピアの『リチャード三世(の悲劇)』はフィクションなんだってばー



【Link】 シェークスピアの功績?-NHK (psyさんのCarpe diem



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とっておき世界遺産100「シェークスピア 名作の街」 1

[ とっておき世界遺産100「シェークスピア 名作の街」 1 > 「シェークスピア 名作の街」 2



psyさんのブログで、シェイクスピア版リチャード三世に関する番組の情報を知り、いささか興奮しながら記事を書いています。



鴻上氏が「シェークスピアの功績というのは、それまではリチャード三世は本当に暴君だったのが、ただの悪役ではなくて私たちと地続きの悩みや野望を持ったキャラクターとして再発見させた、ということなのですね。」とかなんとか(チラ見しただけなので正確性に欠けている事はお詫びします)宣まわれていて、釈然としないというかなんというか



【Link】 シェークスピアの功績?-NHK (psyさんのCarpe diem



番組はこちら▽
とっておき世界遺産100「シェークスピア 名作の街」 ~クロンボー城、ロンドン塔、ベネチア、ローマ歴史地区、アラゴンのムデハル様式建造物~



2009/1/20(火) 22:45~23:00 NHK 総合/デジタル総合:放送終了



再放送があります!

2009/1/24(土) 7:30~7:45 NHK BS2

2009/1/26(月) 15:45~16:00 NHK 総合/デジタル総合



番組の紹介文は次の通り




没後およそ400年。今もその戯曲が世界各地で上演される劇作家、ウィリアム・シェークスピア。彼の作品には世界遺産を舞台にしたものが数多くあります。物語の名ゼリフとともに作品ゆかりの世界遺産を巡ります。悲劇「ハムレット」の舞台とされるデンマークのクロンボー城では、シェークスピアがハムレットのモデルにしたといわれるデンマークの伝説の王子、アムレートの話を紹介します。イギリスでは、王族の血塗られた権力争いの舞台となった城、ロンドン塔で悪役として名高い「リチャード三世」を紹介。リチャード三世がロンドン塔内で仕組んだと言われる暗殺事件を迫います。水の都、イタリアのベネチアでは「ヴェニスの商人」ゆかりの観光名所。ローマ歴史地区では「ジュリアス・シーザー」に書かれたシーザー暗殺にかかわる劇場の遺跡を紹介。スペインのテルエルでは「ロミオとジュリエット」の元になったと言われる若い男女の悲しい恋の物語をお伝えします。ヨーロッパに伝わる様々な逸話を作品に取り入れていたシェークスピア。彼の名作の数々を再発見する旅です。コメンテーターは劇作家で演出家の鴻上尚史さんです。
(太字は秋津羽による)



15分で5作品/5か所の紹介。1作品3分……短いな。
どうも「史実でも悪人」路線の話のような気がバリバリいたしますのですが……



シェイクスピアは偉大なるエンターテイナーだと思うし、シェイクスピア版リチャード三世は「フィクションとして」面白く魅力的だと思うのだけど(なんだかんだ言って、私は映像化作品を何作も持っている)、あくまでもフィクションはフィクションとして、史実とは区別してほしいのだよなー。その「史実」自体が、史料の記述者の立場や意図により、あるいは、錯綜した情報のために、矛盾や謎が多いのだけれども。



土曜の朝のBSは見れないなー。週末に実家に帰って月曜午後の再放送の録画予約することにします(海外DVDの再生を最優先にしたために、今時DVDレコーダーを持っていない人)。



《おまけ》 本日NHKでロンドン塔の番組があります

 シリーズ世界遺産100「ロンドン塔~イギリス」 ~血塗られた古城~


2009/1/21(水) 22:55~23:00 BShi
2009/1/22(木) 0:40~0:45(水曜深夜) NHK総合/デジタル総合



5分間と短く、アン・ブリンが中心のようなので、リチャードや二王子は出てこないんじゃないかと思いますが。



【追記】
『ロンドン塔~血塗られた古城~』の方は、ヘンリー八世の悪業(というか、ロンドン塔投獄→処刑の山)の一部の紹介でした(トレーターズ・ゲート含む)。
アン・ブリンが「悲劇の王妃」扱いだったのが少々ナンでした。最期は気の毒だと思いますが(形ばかりの裁判で姦通・近親相姦の罪を着せられて処刑)、ある程度自業自得というか、それ以前に色々やってますからね……個人的には、彼女のしたほとんど唯一の素晴らしい事は、エリザベス一世を産んだ事だと思っています。私は最初の王妃のキャサリン・オブ・アラゴン(と最後の王妃のキャサリン・パー)贔屓なのです。



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ロンドン塔のカラス、塔内に避難(鳥インフルエンザ対策):補足

ロンドン塔のカラス、塔内に避難(鳥インフルエンザ対策)』の続き(鳥インフルエンザについての覚書)。記事が非常に長くなったので分割することにした。



問題の鳥インフルエンザは、病原性の高いH5N1型



今月(2006年2月)に入ってから、H5N1型の感染が次々に報告され、EUでは7ヶ国で見つかっている
(下記の日付は報告日だが、疑い例報告日と確定日が混ざってるかも……)
イタリア、ギリシア(2/11)、ドイツ、オーストリア(2/14)、スロヴェニア(2/16)、フランス(2/17)、ハンガリー(2/21)


他にもEU非加盟のヨーロッパ諸国や中東で新たな感染が報告されているし、2/8にはナイジェリアでアフリカ初の感染例が報告され、その後エジプトでも見つかっている。アジアでも相変わらず新たな感染が見つかっているし、なんだか凄い勢いで広がっているようだ。野生の鳥が多いが、家禽の感染報告も増えている。



WHOの発表によると、最近ナイジェリア等で見つかったH5N1型ウイルスや、昨年後半にロシア、カザフスタン、モンゴルで確認されたH5N1型ウイルスは、中国・青海湖のウイルス(昨年4月末から5月)とほぼ同じものだったそうだ。
ウイルスが変異して、一部の渡り鳥を殺さずに共存できるようになり、感染した渡り鳥が各地にウイルスを運んでいるのだろうと推測されている。





上記のWHOの発表を受けて、毎日新聞で次の記事が書かれている。



  • 鳥インフルエンザ:アフリカのウイルスは中国と同一 (MSNニュース; 2006.2.21)リンク切れ

WHOは20日、アフリカなどで発見された高病原性鳥インフルエンザウイルス(H5N1型)が昨年5月に中国西部・青海湖で大量死した渡り鳥から発見されたウイルスと同一のものだったと明らかにした。青海湖のウイルスは強い毒性を保ったまま、渡り鳥によって運ばれているとみられ、これが昨年後半からウイルスが各地に拡散している背景にあると推測されている。

ナイジェリアとイラク、トルコ、ロシア、カザフスタン、モンゴルで確認されたウイルスが青海湖のウイルスと同一だった。

従来は毒性の低いウイルスが渡り鳥によって運ばれ、ウイルスが鶏などの間で感染を繰り返すうちに高病原性になってきた。だが、ウイルスが一部の渡り鳥と「共存」できる形に変異、飛行ルートに乗って拡散し始めた可能性があるという。専門家は「渡り鳥が高病原性ウイルスを直接運ぶようになったのは新しい状況だ」と話している。



《 鳥インフルエンザ関連 Link 》






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ロンドン塔のカラス、塔内に避難(鳥インフルエンザ対策)

先日ロンドン塔のワタリガラスについて書いたと思ったら、2006.2.21のYahoo!ニュースにこんな記事が。



  • 英“伝説のカラス”も避難 鳥インフル拡大で (共同通信)リンク切れ


元になっているのはAP通信。

ロンドンの観光名所ロンドン塔で飼われ、いなくなると英国が滅びるとの言い伝えがある大型のカラスが、対岸のフランスで高病原性鳥インフルエンザウイルス(H5N1型)感染が確認されたことを受け、塔内に避難させられた。

避難は「不測の事態に備えた措置」で、飼育担当の専任衛士が欧州での鳥インフルエンザの感染拡大を注視しているという。



BBCニュースにもう少し詳しい記事が掲載されている。



The Tower of London has decided to keep its famous ravens indoors to protect them from bird flu.

この記事によると、現在、塔のひとつに特製の檻をつくって、6羽のワタリガラスを飼っているとのこと。カラス達は新しい環境に慣れつつある、と書かれている。



6羽のカラスの名前が載っていて、Branwen、Hugine、Munin、Gwyllum、Thor、Baldrick。他にBranとGundulfという2羽の雄もいた筈(ロンドン塔の公式サイトによる)だが、どうしたのだろう?
 参照 >>ロンドン塔5 : 大ガラス(続)



それはともかく、BBCの記事には、Raven masterのDerrick Coyle氏の談話が掲載されていて、

「カラス達を塔の中に入れなくてはならないのは嫌だが、ウイルスがヨーロッパに広がっているスピードを考えると、塔内に入れるのが彼らの保護のために最も安全な方法だと信じている」

「現在、鳥インフルエンザのワクチン接種について助言を求めているところだ。差しあたり、我々は6羽のカラス達に必要な世話と気配りを続けていく」
秋津羽 訳

とのこと。
記事には、制服を着たCoyle氏の写真が掲載されている。Raven masterは大変だろう……
↑赤い制服(正装)を着ている。祭日か何かなのかな?



【追記】 2006.2.27



CNN.co.jpにもニュースが載っていた。Raven masterの談話の訳もある。……私が下手な訳を書くまでもなかった。



  • ロンドン塔のカラスを屋内に 鳥インフルエンザ対策で (CNN.co.jp; 2006.2.24)リンク切れ


……追記ここまで……





こちら↓には、AP通信の記事が掲載されている。



  • "Tower ravens caged over bird flu threat" (Knoxnews; 2006.2.21) リンク切れ


  • "Tower ravens caged over bird flu threat" (Guardian Unlimited; 2006.2.21)(英語) リンク切れ


Raven masterのCoyle氏は、鳥インフルエンザが最初にアジアに現れた時からウイルスをモニターし続け、西ヨーロッパに拡大したらすぐにカラス達を中に入れるよう計画していた、とのこと。
KnoxnewsではRaven masterが、空になったカラスの檻の前にいる写真が掲載されている。 リンク切れ



◇ H5N1型鳥インフルエンザについての覚書▽
 >>ロンドン塔のカラス、塔内に避難(鳥インフルエンザ対策):補足



最終更新日:2006.9.15




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ロンドン塔 5

ロンドン塔1 > >  5 ]



ロンドン塔の大ガラス伝説には、異説がある。



2004.11.15の英ガーデイアン誌によると、ある歴史家が1,000年分の記録を探したが、ロンドン塔の大ガラスの記録は19世紀末までしか遡れなかったとのこと。その歴史家‐Geoffrey Parnell博士‐は、ロンドン塔の公認の歴史家で、ロンドン塔の歴史の本も書いている。



 ◇ Geoffrey Parnell氏のロンドン塔の本



Parnell博士は、伝説はヴィクトリア朝の作り話だと確信した。アメリカの作家Boria Sax氏も同じ結論に達したそうだ。






記事によると、Parnell博士は、最初のカラスはヨーマン・ウォーダーか他の職員のペットだったかもしれないと考えている。1845年にエドガー・アラン・ポーの詩「大鴉(Raven)」が発表され、1850年代にワタリガラスを飼うことが大流行した!らしい。





現在飼われているワタリガラスは8羽。



雌が3羽で、フギン(Hugine II)、ムニン(Munin II)、ブランウェン(Branwen)。
フギンムニンは、北欧神話の主神オーディンの使いのワタリガラスの名前。
ブランウェンは、ウェールズの神話の王、ベンディゲイドブラン(祝福されたブラン)の妹の名前だ。



雄は5羽。Gwyllum、トール(Thor)、ブラン(Bran)の3羽と、若いガンダルフ(Gundulf)とボールドリク(Baldrick)。
トールは北欧神話の雷神でオーディンの息子。以前はオーディンというカラスもいた。
ブランは上記のベンディゲイドブランのこと。
  >>ベンディゲイドブランについては前記事(ロンドン塔 4 : 大ガラス)を参照
Gwyllumというのはウェールズっぽい名前だと思うが、よくわからない。たぶん由来があるのだろうが。



ガンダルフは、てっきり指輪物語(Lord of the Rings)のガンダルフから名前をとったのかと思いきや、1070年代にロンドン塔を設計したと考えられているロチェスター司教の名前にちなんだとのこと。指輪物語のほうはGandalfでつづりが違った……



そしてボールドリクは、TVシリーズ「ブラックアダー」の登場人物にちなんだとのこと。「ブラックアダー」というのは、Mr.ビーンのローワン・アトキンソン主演の歴史コメディで、トニー・ロビンソン演じるボールドリクは、主人公のおまぬけな従僕だ。イギリスではかなり人気らしい。とはいえ。
一体、何考えてるんでしょう(笑) 他のカラスの立派な名前とあまりに違いすぎると思うのは私だけ?



 参照 >>ローワン・アトキンソン主演 『ブラックアダー』について



ロンドン塔1 > >  5 ]




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