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英国史上まれに見る極悪人として名高いリチャード三世の真の人物像を探ることを目的としています。
シェイクスピアの描いたリチャード三世以外のリチャード三世像があることを、一人でも多くの方に知っていただければ幸いです。
2012年9月12日、レスターのグレイフライヤーズ修道院跡からリチャード三世の遺骨が発掘されました!(2013年2月4日に調査結果が発表されました)

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リチャード3世の遺骨調査

!News!

2012年9月に発掘されたリチャード三世の遺骨の、更なるDNA分析の結果が、レスター大の研究者により発表された(2014年12月2日)。
いささか衝撃的な報告である。色々な意味で。
なお、Nature Communications に掲載された論文は、オンラインで誰でも読める(リンク先参照)。レスター大からの公式コメントもある。

今回、父から息子に遺伝するY染色体の分析が行われた。
リチャード三世の男系の曽祖父、ヨーク公エドマンド・オブ・ラングリー(エドワード三世の五男)の実兄、ランカスター公ジョン・オブ・ゴーント(エドワード三世の四男)の男系子孫のDNAと、リチャード三世のDNAを比較したとのこと。より具体的には、ジョン・オブ・ゴーントの男系子孫の一人である5代ボーフォート公ヘンリー・サマセット (1744-1803) の男系子孫5名のDNAと比較した、とのことだ。
家系と、DNA分析の計画については、以前に下記の記事で触れた。
 >>エドワード三世の子孫(男系男子の血統)

論文には、今回の分析に直接関係する部分のみ、血縁関係が簡潔に記されている ↓
http://www.nature.com/ncomms/2014/141202/ncomms6631/full/ncomms6631.html#f1

リチャード三世の眼と髪の色の表現型についても分析が行われ、96%の確率で眼の色は青(blue eyes)で、77%の確率で金髪(blond hair)だったと発表された。
但し、髪の色に関しては、現在のDNA解析で予測できるのは子供の頃の色であり、成長後の髪の色は予測できない。子供の頃ブロンドでも、思春期に髪の色が暗くなる、つまり茶色になる人がいる。実際よくあるパターンである。
論文には、遺伝子上、同程度の金髪の確率を持つ現代人の髪と眼の色が掲載されている ↓
http://www.nature.com/ncomms/2014/141202/ncomms6631/full/ncomms6631.html#f2

現存しているリチャード三世の肖像画(いずれも死後に描かれたもので、存命中の肖像画は残っていない)のうちで、今回の結果に一番近い眼と髪の色で描かれているのは、Society of Antiquaries of London 所蔵の肖像画である(論文に掲載。上記リンク先と同じ)。

参考 >>リチャード三世の肖像 1

[Link]

King Richard III: DNA and genealogical study confirms identity of remains found in Leicester and uncovers new truths about his appearance and Plantagenet lineage (University of Leicester, 2014.12.2)

King Richard III: DNA and Genealogical Study: False Paternity (University of Leicester, 2014.12.2)

Identification of the remains of King Richard III (Nature Communications, 2014.12.2):レスター大の研究者による論文

Richard III's DNA throws up infidelity surprise (BBC News, 2014.12.2)

Questions raised over Queen’s ancestry after DNA test on Richard III’s cousins (The Guardian, 2014.12.2)

Richard III: DNA analysis on remains raises questions over royal succession (The Independent, 2014.12.2)

DNA Confirms: Here Lieth Richard III, Under Yon Parking Lot (National Geographic, 2014.12.2)

Richard III DNA study uncovers illegitimate child mystery (Business Insider Inc):AFPの記事

Richard III was blue-eyed, blond, but should he have been king? DNA puzzle (CNN.com, 2014.12.2)

DNA evidence proves that King Richard III’s remains really did end up in a parking lot (The Washington Post, 2014.12.2)

Skeleton found under parking lot confirmed to be King Richard III (New York Post, 2014.12.2)

Gene studies suggest King Richard III was a blond, blue-eyed boy (Reuters, 2014.12.2)

リチャード3世の骨、DNA鑑定で非嫡出子の謎浮上 (AFPBB News, 2014.12.3)

リチャード3世の骨、DNA鑑定で非嫡出子の謎浮上 (Yahoo News, 2014.12.3):AFP=時事の記事

リチャード3世は金髪に青い瞳だった DNA鑑定で判明 (CNN.co.jp, 2014.12.3)

リチャード3世は「金髪で青い目」か、遺骨調査の英研究チーム (ロイター, 2014.12.3)
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新たな発掘調査の計画あり

【The Greyfriars Project】



レスター大の研究者による新たな発掘調査が計画されているようだ。



昨年8月にレスターの修道院(グレイフライアーズ)跡で、リチャード三世の遺骨が見つかった。修道院内の教会(Grey Friars church)の聖歌隊席(choir)と思われる部分である。教会の東側、聖歌隊席の南西の角に埋葬されたと考えられている。

なお、ここは近年、レスター市のソーシャルサービスの駐車場(職員駐車場?)となっていた。



This Is Leicestershire の下記の記事によると、今夏、教会の東端部を発掘する予定とのこと。プロジェクトにかかる費用は約30,000ポンド。この費用をどこから得るのかは明らかにされていない。



【Link】Richard III: Team plan new dig at Leicester car park (This Is Leicestershire, 2013.4.1)



ちょっと気になるのは、この件について書かれているのが This Is Leicestershire の記事だけということ。他のニュースサイトでは見つからない。レスター大のスポークスマンが語ったとのことだが、レスター大のサイトでは該当するコメントは見つけられなかった。Leicester City Council のサイトでも見つからない。
……4月1日の記事だけど、エイプリルフールのネタじゃないよねー。それにしては微妙すぎる。たぶん詳細未定だから公式コメントをWebに載せていないんだ、と思っておく。




Copyright(C)since2005 白い猪亭


エドワード三世の子孫(男系男子の血統)

【The Greyfriars Project】



前回の記事に書いたとおり、今回の調査では、女系女子に受け継がれるミトコンドリアDNAの分析が行われた。
これとは別に、父から息子に遺伝するY染色体の分析が計画されている。このためには、男系男子の子孫(途中に女性を介さない男系のみの子孫)のDNAが必要となる。息子の息子の息子の息子……(以下エンドレス)である。



計画されているのは、エドワード三世(1312-1377)の男系男子の子孫と、リチャード三世の遺骨のY染色体の比較だ。
リチャード三世はエドワード三世の男系の玄孫(曾孫の子)である。なので、エドワード三世の男系男子の子孫と、リチャード三世は、エドワード三世の有していた同一のY染色体を受け継いでいる筈だ。



エドワード三世からリチャード三世までの家系は以下の通り。



エドワード三世 = フィリッパ・オブ・エノー(エノー・ホラント伯女)

   ¦

エドマンド・オブ・ラングリー(初代ヨーク公) = イザベル・オブ・カスティル(カスティリア王女)

   ¦

リチャード・オブ・コニスバラ(ケンブリッジ伯) = アン・モーティマー(マーチ伯女)

   ¦

3代ヨーク公リチャード = セシリィ・ネヴィル(ウェストモーランド伯女)

   ¦

リチャード三世




エドワード三世には成人した息子が5名おり、四男(成人した男子の中では3番目)のジョン・オブ・ゴーントの男系子孫の一人が、5代ボーフォート公ヘンリー・サマセット Henry Somerset, 5th Duke of Beaufort (1744-1803) 。彼は、エドワード三世の15代目の男系男子の子孫である。ちなみに、現在の11代ボーフォート公は、この5代ボーフォート公の子孫だ。



5代ボーフォート公ヘンリー・サマセットの男系男子の子孫のうち複数の方が、DNAを提供される模様(身元は公にされていない)。彼らのY染色体と、リチャード三世のY染色体が比較されることとなる。
今後の調査の進展を気長に待ちたいと思う。




エドワード三世から5代ボーフォート公ヘンリー・サマセットまでの家系(男系男子の血統)は下記の通り。



Edward III of England (1312–1377) = Philippa of Hainault

   ¦

John of Gaunt, 1st Duke of Lancaster (1340–1399) = Katherine Swynford

   ¦

John Beaufort, 1st Earl of Somerset (1373–1410) = Margaret Holland

   ¦

Edmund Beaufort, 2nd Duke of Somerset (1406–1455) = Eleanor Beauchamp

   ¦

Henry Beaufort, 3rd Duke of Somerset (1436–1464)

   ¦

Charles Somerset, 1st Earl of Worcester (c.1460–1526) 非嫡出子(母: Joan Hill)= Elizabeth Herbert, 3rd Baroness Herbert

   ¦

Henry Somerset, 2nd Earl of Worcester (c.1496–1549) = Elizabeth Browne

   ¦

William Somerset, 3rd Earl of Worcester (c.1526–1589) = Christian North

   ¦

Edward Somerset, 4th Earl of Worcester (c.1550–1628) = Elizabeth Hastings

   ¦

Henry Somerset, 1st Marquess of Worcester (c.1577–1646) = Anne Russell

   ¦

Edward Somerset, 2nd Marquess of Worcester (c.1601–1667) = Elizabeth Dormer

   ¦

Henry Somerset, 1st Duke of Beaufort (1629–1700) = Mary Capell

   ¦

Charles Somerset, Marquess of Worcester (1660–1698) = Rebecca Child

   ¦

Henry Somerset, 2nd Duke of Beaufort (1684–1714) = Rachel Noel

   ¦

Charles Somerset, 4th Duke of Beaufort (1709–1756) = Elizabeth Berkeley

   ¦

Henry Somerset, 5th Duke of Beaufort (1744-1803) エドワード三世の15代目の男系男子の子孫= Elizabeth Boscawen




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アン・オブ・ヨークの子孫(女系女子の血統)

【The Greyfriars Project】



遺骨について追加記事を書こうと思っていたのだが、なかなか書けないでいる。とりあえず、リチャードの姉の家系について記載しておこうと思う。



*アン・オブ・ヨークの子孫(All-female line)*



リチャード三世の遺骨のDNA鑑定には、リチャード三世の長姉(正確には、彼女の上に生後間もなく夭折した姉がいるので次姉)アン・オブ・ヨークの子孫のミトコンドリアDNA(mtDNA)が用いられた。DNAを提供した2名のうち1名が、カナダ生まれでロンドン在住の Michael Ibsen 氏(55)である。もう1名は匿名希望の人物で、性別も明らかにされていないようだ。



ミトコンドリアDNAは母から子に受け継がれ、父から子へは遺伝しない。そのため、分析には女系のみの(途中に男性を介さない)子孫、つまり、女系女子の子孫のDNAが必要とされた。つまり、娘の娘の娘の娘……(以下エンドレス)。女系女子の子であれば、男性のDNAでも構わない。しかし、彼の子には彼のミトコンドリアDNAは遺伝しない。



リチャード三世と姉のアン・オブ・ヨーク(および彼らの兄弟姉妹)は、母のセシリィ・ネヴィルから同一のミトコンドリアDNAを受け継ぎ、アンの女系女子の子孫は、やはり同一のミトコンドリアDNAを受け継いでいる。



DNA分析の結果、アンから数えて17代目に当たる Ibsen 氏 (Ibsen 氏の母が16代目の女系女子の子孫)と、もう1名のアンの女系女子の子孫(匿名希望の方)のミトコンドリアDNAは一致。更に、この2人のミトコンドリアDNAは、リチャード三世の遺骨のミトコンドリアDNAと一致した。



【Link】 Results of the DNA analysis (University of Leicester): DNA分析結果の図が掲載されている



【関連記事】グレイフライヤーズ・プロジェクト: mtDNA




なお、アン・オブ・ヨークは2回結婚しており、Ibsen 氏らは、2人目の夫との間の一人娘アン・セント・レジャーの子孫にあたる。

アン・オブ・ヨークと最初の夫(エクセター公ヘンリー・ホランド)の間にも一人娘がおり(アン・ホランド)、彼女はドーセット侯トマス・グレイ(エドワード4世妃エリザベス・ウッドヴィルと、サー・ジョン・グレイの長男)と結婚したが、子供はいなかった。



セシリィ・ネヴィルの娘達の中では、アン以外に三女エリザベス(サフォーク公ジョン・ド・ラ・ポールと結婚)に娘が4人いる。しかし、彼女達には成人した子はいなかったようで、女系女子の血統はそこで途切れている。



【参考】3代ヨーク公リチャードとセシリィ・ネヴィルの子孫の系図(子と孫およびその配偶者、場合により曾孫を記載)




アン・オブ・ヨークから Michael Ibsen 氏までの家系(女系女子の血統)は以下の通り。煩雑になるのを避けるため、最低限の情報のみ記載。



Cecily Neville, Duchess of York (1415-1495)=Richard of York, 3rd Duke of York

   ¦

Anne of York, Duchess of Exeter (1439-1476) =Sir Thomas St Leger (アンの2人目の夫)

   ¦

Anne St Leger (1476-1526) =George Manners, Baron de Ros

   ¦

Catherine Manners (c.1500-c.1547)=Sir Robert Constable of Everingham

   ¦

Barbara Constable (c.1525-c.1561)=Sir William Babthorpe

   ¦

Margaret Babthorpe (1550-1628)=Sir Henry Cholmley of Roxby in Whitby Strand

   ¦

Barbara Cholmley (c.1575-1619)=Thomas Belasyse, 1st Viscount Fauconberg

   ¦

Barbara Belasyse (1610-1641)=Henry Slingsby, 1st Baronet of Scriven

   ¦

Barbara Slingsby (c.1633-?)=Sir John Talbot

   ¦

Barbara Talbot (c.1665-1763)=Henry Yelverton, Viscount Longueville

   ¦

Barbara Yelverton (c.1692-1724)=Reynolds Calthorpe

   ¦

Barbara Calthorpe (c.1716-1782)=Sir Henry Gough, Baronet

   ¦

Barbara Gough-Calthorpe (c.1745-1826)=Isaac Spooner

   ¦

Anne Spooner (1780-1873)=Rev. Edward Vansittart-Neale

   ¦

Charlotte Vansittart Neale (1817-1881)=Charles Frere

   ¦

Charlotte Vansittart Frere (1846-1916)=A. G. Folliott-Stokes of St. Ives

   ¦

Muriel Stokes (1884-1961)=Orlando Moray Brown

   ¦

Joy M Brown (Mrs. Ibsen) (1926-2008)=Norm Ibsen

   ¦

Michael Ibsen (1957-)



【Link】 Richard III - Family tree - Ann of York - Michael Ibsen (University of Leicester)




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リチャード三世の顔、遺骨から復元

【The Greyfriars Project】 !News!



*リチャード三世の復顔*



2013年2月5日、リチャード三世の遺骨から復元された顔が公開された。

復顔にあたっては、頭部の骨のCTスキャンのデータを元に、3次元CG(コンピュータグラフィックス)により筋肉や皮膚を付け加える法医学的手法が用いられた。その後、3Dプリンタにより、樹脂による3次元の像が作成された。
なお、今回使用されたのは、Geomagic Freeform というソフトウェア。



研究チームは、復顔の際は身元不明の人物として扱い、肖像画は参考にしなかった。しかし、3次元の像が作成された後に、髪の色やヘアスタイル、目の色、肌の色、衣類について肖像画を参考にした。また、赤みを帯びた頬や無精髭は、野外で長時間過ごした現代の男性の状態を参考にしたとのこと。

なお、リチャード三世の生前に描かれたオリジナルの肖像画は現存しておらず、残されているのは、オリジナルの肖像画を元にして死後に描かれたものである。

公開された復顔像は両肩の一部を含んでおり、遺骨から判明した脊椎側弯症を反映し、右肩の方が左肩よりもやや高くなっている。



この復顔プロジェクトを率いた人類学者の Caroline Wilkinson 教授(ダンディー大 生命科学部)は、「復元されたリチャードの顔は、感じの良い、女性的とも言える顔で、若々しい肌と思慮深い目をしている(the reconstructed Richard has a pleasant, almost feminine face, with youthful skin and thoughtful eyes.)」と語っている。
Wilkinson 教授によると「復元された顔表面の約70%は、2mm未満の誤差しかない」とのこと。
教授は2008年にバッハの復顔を行っている。
 Link: バッハはこんな顔だった!頭がい骨から復元に成功 (AFPBB News, 2008.2.29)



今後この復顔像は、遺骨の発掘場所(グレイフライヤーズ修道院跡)近くにオープンするビジターセンターに展示される予定。







下の2つの動画では、CGを用いた復顔の様子を見ることができる↓






[Link]



Richard III: king's face recreated from skull discovered under car park (The Guardian, 2013.2.5)



The Real Richard III (National Geographic, 2013.2.5)



Revealed: Facial reconstruction shows how King Richard III might have looked (Mirror Online, 2013.2.5)



Who, What, Why: What is the method for reconstructing Richard III's face? (BBC News, 2013.2.6)



Face of Richard III, England's "king in the car park", revealed (Reuters, 2013.2.5)



Now we can see his face: the next step of the Richard III discovery story (The Independent, 2013.2.5)



He looks nothing like me: descendant’s verdict on Richard III’s ‘friendly face’ (The Times, 2013.2.5)



Geomagic Freeform Helps Archaeologists Reconstruct Richard III (Geomagic, 2013.2.5)



リチャード3世の顔、発掘した骨から復元 (AFPBB News, 2013.2.6): 写真多数



リチャード3世の遺骨から「顔」復元、悪人像に変化も (ロイター, 2013.2.6)



リチャード3世の顔復元 人物像変えるか (NHK, 2013.2.6)




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