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英国史上まれに見る極悪人として名高いリチャード三世の真の人物像を探ることを目的としています。
シェイクスピアの描いたリチャード三世以外のリチャード三世像があることを、一人でも多くの方に知っていただければ幸いです。
2012年9月12日、レスターのグレイフライヤーズ修道院跡からリチャード三世の遺骨が発掘されました!(2013年2月4日に調査結果が発表されました)

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CSSテスト

現在CSSのテスト中です。
一応、今回の仕様変更に対応できたかと思ったのですが、せっかくの「記事折り畳み」が無効になってしまいました~。何故? 何か悪いことしただろうか。
もう少し考えないと……



【追記 2】 2005.12.31



思いっきり悪いことをしていたことが判明。facetさんにご迷惑かけてしまいました。
コメント欄に基本的なミスの記録があります……


【追記 1】 2005.12.31



独自CSSのセレクタの何かが障害になっているのではないかと考えて色々試してみました。が、独自CSSの中身を空にしても「記事折り畳み」が無効のまま……
CSSの適用のさせ方がまずいのだろうか。いえ、「非推奨」の方法なのは承知しているのですが……難しいです。




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ヘンリー七世の肖像

ヘンリー七世の肖像(笑) ヘンリー七世rearranged



リチャード三世協会 アメリカ支部のサイトにある"rearranging Henry Tudor's face"というお遊び企画です ▽



 >>Henry Tudor--Shape Shifter?



曰く、
「ヘンリー・テューダー(ヘンリー七世)はボズワース・フィールドでリチャード三世を破った。以来、多くのリカーディアン(リチャード三世擁護主義者)が、ヘンリーの顔を修正してやりたいと望んでいた。チャンスだ!ヘンリーの顔をClick and dragして彼の本性を明らかにしよう」



ヘンリー七世本物はこれ→
Michael Sittow 作と思われる。



その他の肖像画:





ブログ人カスタマイズ2:コメントのツリー化

先日の仕様変更でJava Scriptの多くが作動しなくなってしまいましたが、「コメントのツリー化」は問題ないようなので、導入させていただきました。すっきりとして見やすいです!



のっぺログのkukuさんが分かりやすく解説なさっています。ファイルをアップロードして、自分のサイト内で完結するように工夫されています ▽



 >>ブログ人でコメントをツリー化

ブログ人カスタマイズ1B:記事の折り畳み 暫定対応版

facet-diversのfacetさんが、「記事の折り畳み」スクリプトの暫定対応版を作ってくださいました。
 >> 折り畳みで続きを読む(ブログ人の2005-12版HTML暫定対応?版)



先日のブログ人のメンテナンスに伴うHTML変更により、以前のスクリプトが動かなくなったのを受けて、対応してくださったものです。facetさんはココログ使用で、しかも現在はこちらのスクリプトを使ってらっしゃらないにも関わらず、あっという間に作ってくださいました。本当に頭が下がります。





Windows XP +IE6.0 で動作確認しましたので、以下に記載しておきます。


両サイドバー使用のため foldContent("beta"); にしました。
私は、カスタマイズしないで使用しようと思っておりますが、カスタマイズあり/なし 共に確認してみました。



  • カスタマイズなしでは、問題ありません。


  • 3行目と4行目の//を消した場合、仕様通りに動きます(記事別ページでも折り畳まれ、hrタグがある場合だけ折り畳まれます)


  • 4行目の//のみ消した場合は、hrタグがある場合だけ折り畳まれています。


  • 3行目の//のみ消した場合は、記事別ページで折り畳まれておりません。[続きを表示][続きを隠す]は表示されています。


なお、現在使用しているのは「緑草」というリキッドレイアウトのテンプレートです。クラシックテンプレートの「文化人」でも試してみましたが、同じ動作でした。

ご参考までに、数日間は、3行目の//のみ消した状態にしておきます。





【追記】 2005.12.27



3行目をコメントアウトした(3行目の//のみ消した)場合の不具合は、修正されました。
記事別ページできちんと折り畳まれるようになっています。



先程、気がついたのですが、「私リスト」に新しく「メモ」というものが出来ています。
どうも、リンクなしで「私リスト」部分に表示したい場合、これを使えるようですね。



今までは、JavaScriptのコード等を「私リスト」に貼り付ける時は、



  • [私リスト]を作る(リストのタイプは[リンク])。


  • リストの名前をつける。


  • [項目の追加]で、「リンクのタイトル」、「リンク先のURL」は空欄にして、「メモ欄」にスクリプト・コードを貼り付け。


  • [設定]で、メモを表示:「テキスト表示する」にチェックを入れる。


  • [デザインを変更]の[表示項目]で、作った[私リスト]にチェックを入れる。


だったのが、



  • [私リスト]を作る(リストのタイプは[メモ])。


  • [項目の追加]で「注意」欄にスクリプト・コードを貼り付け。「ラベル」は空欄にする(「ラベル」欄に何か書くと、そのまま文字が表示される)。


  • [デザインを変更]の[表示項目]で、作った[私リスト]にチェックを入れる。


で良いようです。




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ブログ人の表示変更


今回のブログ人のメンテナンスに伴い、表示が崩れたりなどしましたが、ソースを見ると、どうもHTML構造が変わっているような……
CSSも、私の知識では良く分からないことになっていました。CSSのファイルを開くと、そこから更にCSSを呼び出しているみたいです ▽


* base css */
@import url(/.shared-blogzine/themes/common/base-weblog.css);
/* portal css */
/* theme css */
@import url(/.shared-blogzine/themes/classic/theme-green.css);
/* user css */
/* other css */



先に書いてある方が基本のCSSで、後のものがテンプレート(現在「緑草」を使用)毎のCSSなんでしょうね。
自分のブログURLの後に上記のCSSのURLを加えて見てみると、何やら暗号のような(私にとって)文字列が。複雑だなあ。
上の場合、こうすると実際のCSSが見れます(○○○.blog.ocn.ne.jpのところにはご自分のブログのURLを入れてください) ▽



基本のCSS
http://○○○.blog.ocn.ne.jp/.shared-blogzine/themes/common/base-weblog.css
テーマ(緑草)
http://○○○.blog.ocn.ne.jp/.shared-blogzine/themes/classic/theme-green.css



メンテナンス前はココログ用に作られたJava Scriptも大抵は使えたようですが、もう無理なんでしょうね……ああ、残念。



ブログ人サイトに以下の解説を見つけたものの、なんだかややこしい……。



ブログ人のCSSスタイルとクラス・レファレンス



ブログ人のブログ・ページの構造




【追記 3】 2006.2.27



Six ApartのTypePad 1.6のサイトにCSSのまとめページがあり、こちらの説明の方がわかりやすい。TypePad version 1.6は現在のブログ人のベースとなっており、HTML構造やクラス名は基本的にブログ人も同じなので役に立ちます。



 >>カスタムCSS講座 まとめSix Apart - TypePad



【追記 2】



新しいCSSについて、少しまとめました。



 >>CSS変更点



【追記】 2005.12.26



↑ "container"とか"pagebody"とかのidの中に、"○○-inner"というidがあり、入れ子状態になっている? のでしょうか。
3列レイアウトのカラムの名前も #left、#center、#right から #alpha、#beta、#gammaになっている。"content"というclassも無くなってるような? "module-content"とかいうclassはありますが。 ややこしいなあ……




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ブログ人カスタマイズ1:長文記事の折り畳み

当ブログの記事は長文が多いです。トップページも、バックナンバー表示の際も、縦方向に延々と記事が連なり、気になっていました(ブログ人はじめの一歩コースです)。
そこで、facet-diversのfacetさんの公開なさっている「記事の折り畳み」スクリプト( [f-] 折り畳みで続きを読む(新HTML暫定対応版) )を使わせていただきました。 ブログでよく見かける「続きを読む」機能です。



おかげでとても見やすくなりました!facetさん、ありがとうございました。




【追記】


現在、ブログ人のバージョンアップ(2005年末)に対応した新しいスクリプトがfacetさんから出されています。
リンク:ブログ人カスタマイズ1B:記事の折り畳み 暫定対応版


……追記ここまで……



このスクリプトでは、一度記事全文が読み込まれた後、水平線(hrタグ)があるところ全てで折り畳まれます(hrタグがない場合は最初の段落の後)。私は長文記事の区切り線としてhrタグを多用していたため、そのたびに「続きを読む」リンクをクリックして展開してもらうのも……と思い、実は一度あきらめました。



が、単に線を引きたいだけならhrタグを使わなくてもいいじゃないかと気がつき、区切り線を引きたい段落にスタイルシートでborder-bottomを指定することにしました。これで、折り畳みたい場所にhrタグを使えばOKの筈。



折り畳む場所には水平線が見えないようにしたかったので、<hr style="visibility: hidden;" />と指定。
そうすると隠した水平線(hr)部分の「見た目」の空きスペースが気になるので、前後の段落のmarginを調節(前の段落は<p style="MARGIN-BOTTOM: 0em;">、後の段落は<p style="MARGIN-TOP: 0em;">としました)。
これで、望んでいた通りの表示になりました\(^0^)/
トップページとバックナンバー(カテゴリ別、月別)ページに適用されています。



普段使っている環境は Windows+IE6.0 ですが、大変快調に動いております。NN7.1でも作動。 OperaもOK。



幸い、まだ記事数があまり多くないので、過去記事を全て上記の様に修正しました。
これで安心して長文が書けます(笑)。





【追記】 2005.12.24



ブログ人のメンテナンス後、表示されなくなってしまいました(泣)
ので、取りあえずJava Scriptをはずしました。
辛いなあ……この表示



【追記】 2005.12.25



どうも基本的なHTML構造が変わっているようだ。自分の乏しい知識ではなんともできないなあ……
せめてものことに、テンプレートを新しい横幅の広いもの(というか、リキッドレイアウトのもの)に変えてみた。うーん、でもあまりにも縦に長い……めちゃめちゃ見づらい。
それにこのテンプレートでは、未訪問と訪問済のリンク色が同じだ~もう少し考えないと……



【追記】
2005.12.26、facetさんから 「記事の折り畳み」スクリプトの暫定対応版が出ました!
 参照: >> ブログ人カスタマイズ1B:記事の折り畳み 暫定対応版




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リチャード三世の肖像 番外 (サー・ジョージ・バックのリチャード三世擁護)

リチャード三世の肖像 1 > 肖像 2 > 肖像 3 > 肖像 4|番外1|番外2



以前の記事で書いたのとは別の肖像画をBritish Library Images Onlineで見つけた▼



"The history of King Richard the Third" (George Buck著) 挿絵 ←削除された模様



17世紀の歴史家、サー・ジョージ・バック(Sir George Buck)の本の挿絵だ。
バックは最初期のリチャード三世擁護論者である。1619年に「The history of King Richard the Third」(「The History of the Life and Reigne of Richard the Third」)を刊行した。絵の解説に1646年とあるのは、改変版が出版された年(1647年頃)を指しているのではないかと思う。
バックは、リチャード三世に科せられた罪は想像にすぎないと主張し、テューダー伝説の不合理さを指摘、ヘンリー七世とその支持者(特に大司教ジョン・モートン)を非難した。リチャード三世の過失は、反逆者(モートン、スタンリー卿、ドーセット侯)を寛大に扱ったことだと述べている。


なお、バックの著作は、近年ではマイヤーズとキンケイドがそれぞれ編纂したものがあるが、いずれも絶版である。



The History of King Richard the Third (1619)
Arthur Noel Kincaid編
A. Sutton; 1979; ハードカバー(ISBN:0904387267 ?)
1619年のオリジナル版を編纂



The History of King Richard the Third (1619)
Arthur Noel Kincaid編
A. Sutton; Repr. with corrections edition; 1982; ペーパーバック(ISBN:0862990084)
1619年のオリジナル版を編纂



The History of the Life and Reigne of Richard the Third
Alec Reginald Myers編
EP Publishing; 1973
1647年版を編纂




【追記】
1647年版がInternet Archiveで公開された。
The history of the life and reigne of Richard the Third (1647)



リチャード三世の肖像 1 > 肖像 2 > 肖像 3 > 肖像 4|番外1|番外2




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Scholar's BookshelfからBack Orderの連絡

Scholar's BookshelfからBack Order(入荷待ち)のメールが来た。e-mailではない。封書
こんな連絡が来たのは初めてだーびっくり。Webで注文してるんだからe-mailで良いのに。わざわざ封書で連絡がくるなんて。面倒じゃないのだろうか?



注文したのは以下の2冊。どちらもリチャード三世研究では有名な書籍。


Richard III
Richard III
Charles Derek Ross
University of California Press. 1984: ペーパーバック
ISBN:0520050754
List Price: $24.95→$5.95
1981年初出版の研究書。反リチャード擁護派だが、テューダー伝説修正論も取り入れている。

Richard the Third
Richard the Third
Paul Murray Kendall
W.W. Norton. 2002: ペーパーバック
ISBN:0393007855?
List Price: $16.95→$11.95
1955年初出版の、リチャード三世の伝記。学問的にも評価されている。リチャード三世擁護の立場から書かれている。

2冊で$17.9 送料 $7.5 計 $25.4



Scholar's Bookshelfは、ニュージャージーの新刊書店で、主に学術書、専門書を扱っているようだ。(上の2冊が学術書の範疇に入るかちょっと分からないが)小説等は扱っていない。
Sale品が多いので、欲しいものが安くなっていればお買い得ではないかと思う。また、小額の本を2冊以上購入する場合、送料が(他と比べ)安い。

注文画面がAmazon等と比べると少々分かりにくい(私だけか?)。
送料表は、カートに本を入れないと表示されない。注文金額によって送料が決まり、アメリカ国外の場合、



  • $25.00未満 $7.50


  • $25.00‐$49.99 $9.50


  • $50.00‐$79.99 $11.50


  • $80.00‐$99.99 $14.50


  • $100.00以上 $17.00


支払方法は、クレジットカードはVISA, MasterCard, Access or Eurocard。その他の支払方法は"U.S. Postal Money Order"か"check drawn on a U.S. bank"となっている。



【追記】 2005.12.25



最近手紙を見直して、Charles RossのRichard IIIはBack Orderではなかったことに気がついた。"The following items are discontinued"の下にRichard III(Charles Ross)とある。
"discontinued"ってことは絶版品切れ?
きちんと読めよー>自分。いや、この本は、版元品切れではないかと、気にはなってたのだ。



えー、結局、KendallのRICHARD THE THIRDのみBack Order。
で、送料は$2.25に割り引かれてる?ずいぶん良心的。本体$11.95と送料で 計$14.2。うーん、普通に日本のAmazonで買ったほうがよかったか。まあ、いいや。
Charles Rossの本は、今度別に注文しなくては。絶版となったものの他にもペーパーバックが出ているようだ▽
Richard III (Yale English Monarchs S.)(Yale University Press; ISBN: 0300079796; 1999)





【追記】
Back OrderになったKendallの"RICHARD THE THIRD"、その後連絡もないので、これはもう来ないだろう、と思っていたら、なんと8月に入ってから届いた。5月末に発送になり、船便で2ヶ月以上かけて運ばれてきたらしい。いやあ、呑気というか、何というか(笑)。安くは買えたけど。
とりあえず、別のところから買わないでいて良かった(笑)。こんな辞書のように厚い本、2冊もあっても困ってしまう。そう、もうひとつ驚いたのが本の厚さで、APPENDIXやらNOTESやらINDEXやら含めると602ページもある。ちゃんと書誌情報見れば書いてあるのだが、気にしていなかった。
でも、内容自体は、前リチャード三世協会会長の"Good King Richard?"より読みやすそうだ。……あの本もところどころ読んだだけで止まっているんだよな~読まないと~。




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桐生 操氏の本2冊 エドワード五世暗殺について

一般の「歴史読み物」ではどう書かれているのか知りたくて、書店で手にしたのが、桐生 操氏の『きれいなお城の呪われた話』。
同じ著者の『人はどこまで残酷になれるのか』のエドワード五世関連部分にも目を通した。
参りました。


きれいなお城の呪われた話
桐生 操(著)
ISBN: 4584391467; ワニ文庫 700円(税込) 2002年 (1991年に大和書房から出た同名の本の改訂版らしい)
>>Amazonで詳しく見る  >>bk1で見る
人はどこまで残酷になれるのか
桐生 操(著)
ISBN: 4121501624; 中公新書ラクレ 798円(税込) 2005年
>>Amazonで詳しく見る  >>bk1で見る


個人的おすすめ度:評価せず
(エドワード五世関連部分しか読んでいないのが理由のひとつだが、それ以上にどう評価してよいか困惑したので星はつけないことにする)



まずは、『きれいなお城の呪われた話』。
この本の「2 陰謀にまつわる話」の中に「エドワード幼王暗殺の真相」という一節があり、きっとテューダー史観が書かれているんだろう、と思ったら全く違った。違ったのだが……素直に喜べないんである。



最初にテューダー史観の通説が書かれていて、その後にジョセフィン・テイの『時の娘』への言及があり、それから『時の娘』の推理部分の内容(のみ)が10ページ以上にわたり記載されている。
えー、つまり、完全ネタバレ、というか何というか。

推理作家ジョセフィン・テイの調査で、通説にいくつもの矛盾点があることが、明らかになってきました。

「テイの調査」という表現は、何か違う気もするが、まあ気にしないことにする。
……これ読んだ人が『時の娘』に興味をもってくれれば嬉しいのだが、これ読んでしまえば、『時の娘』読まなくていいや、と思うかもしれないなあ(ミステリの推理内容のまとめを読むのと、実際の小説を読むのとは全く違うのだが)。
最初に小説読む前に推理過程が分かっていたら、感興を削ぐことこの上ないだろうし。一度自分で読んだあとならば、読み返しても面白い(と私は思う)が。
かなり複雑な気分になった。





また、気になったのが次の文章。

王太后は、ヘンリーが故ヘンリー五世の未亡人の血筋であることに目をつけ

これは「ランカスター家の傍系ボーフォート家の血筋であることに目をつけ」の間違いだろう。
ヘンリー・テューダー(後のヘンリー七世)は、確かにヘンリー五世妃キャサリン・オブ・ヴァロアの孫(キャサリンの息子エドマンド・テューダーの息子)だが、キャサリンはフランス王女であって、イングランドの王位継承権はない。また、父方のテューダー家はもともとウェールズの家系で、新興の諸侯である。



 [参考記事] ヘンリー・テューダー(ヘンリー七世)の家系
        ヘンリー・テューダー(ヘンリー七世)の家系 補記



ヘンリー・テューダーが王権を主張したのは、母マーガレットからボーフォート家の血を継いでいるためだ。もっともボーフォート家は王位継承権を否定されていたのだが。



ともあれ、この本での結論は、

悪逆非道の少年王殺しの犯人は、さんざんシェイクスピアに悪者にされたリチャード三世ではなく、次代のヘンリー七世だったのではないでしょうか?

となっている。





ところで、上記の『きれいなお城の呪われた話』より後に刊行された『人はどこまで残酷になれるのか』にも、エドワード五世に関する記述がある。「第3章:拷問・処刑の生贄になった人たち」の中の、「エドワード幼王とその弟ヨーク公―王位を狙う叔父の手で抹殺」という2-3ページの短い一節だ。
ここの記述は、完全に伝統的なテューダー史観である。副題が「王位を狙う叔父の手で抹殺」だもんなあ。

リチャード三世による幼王エドワード五世の暗殺はほぼ史実だとされ

あのー『きれいなお城の呪われた話』と全く違うんですが。「ほぼ」史実って……
2003年に共著者のおひとりがお亡くなりになり、その後の著作はお一人で書かれているということなので、ひょっとしてそれが内容の違いに関係しているのだろうか?



しかも、リヴァーズ伯とサー・リチャード・グレイは逮捕直後に処刑されたと書かれているし(実際は逮捕から処刑までは日がある)。



何とも評価に困るので、☆はつけません。




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リチャード三世 略史 その後

[ 略史1 > 略史2 > 略史3 > 略史4 > 略史5 > その後 ]



―その後―

1485年8月22日、ボズワースの戦でヘンリー・テューダーが勝利し、ヘンリー7世として即位する。戴冠式は10月30日に挙行されたが、即位日はボズワースの戦の前日の8月21日とした。これにより、リチャード3世について戦った者を大逆罪で告発した("正統の王"ヘンリー7世に反逆したとする)。

翌1486年1月、ヘンリー7世は、かねてからの誓約通りエリザベス・オブ・ヨークと挙式。9月に誕生した長男を、伝説のアーサー王にちなみ、アーサーと名づける。この時、王妃の出産地に選ばれたのは、アーサー王伝説ゆかりのウィンチェスター(アーサー王の宮廷キャメロットがあった場所と伝えられている)である。

1487年、星室庁(星室裁判所)創設。国王直属の特別裁判所であるが、陪審を用いず極めて不公正であった(後に、政治的弾圧にも多く用いられた)ため、1641年ステュアート朝のチャールズ1世治世に廃止されることになる。

ヘンリー7世には正統な王位継承権がなく、即位後は王位僭称者が相次いで現れた。

即位の翌年には、ランバート・シムネルがクラレンス公ジョージの息子ウォーリック伯エドワードと名乗り、翌1487年、アイルランドのダブリンで「エドワード6世」と宣言。この時のシムネルの年齢は10歳から13歳と諸説ある(ウォーリック伯は12歳)。
ウォーリック伯本人はロンドン塔に幽閉されていたが、ブルゴーニュ公未亡人マーガレット(エドワード4世の妹、クラレンス公とリチャード3世の姉)はシムネルを甥の「ウォーリック伯エドワード」として承認した。「エドワード6世」はダブリンで挙兵し、リンカン伯ジョン・ド・ラ・ポール(リチャード3世の甥、エリザベス・プランタジネットの長男)と、リチャード3世の腹心ラヴェル子爵フランシスもこれに加わり、イングランドへ侵攻する。

しかし、6月16日、ストークの戦でヘンリー7世軍に破れ、ジョン・ド・ラ・ポールは戦死。ラヴェルは逃亡するが、その後死亡したと伝えられる。広義には、このストークの戦がばら戦争の終結とされる。
シムネルは捕らえられたが処刑されず、ヘンリーはシムネルを王宮の厨房係とし、後に鷹匠とした。

次いで、1491年、パーキン・ウォーベックが、エドワード4世の次男ヨーク公リチャードと名乗りをあげた。ウォーベックはヨーク公(生存していれば18歳)とほぼ同年齢だった。ウォーベックには、フランス王シャルル8世、神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世(ブルゴーニュ公シャルルの息女マリーの夫)、スコットランド王ジェイムズ4世など、イングランドに干渉しようとする各国の王達の支持が集まった。
1492年、フランス王シャルル8世が彼を招いた際、ブルゴーニュ公未亡人マーガレットは甥の「ヨーク公リチャード」であると承認を与えた。

1495年、ウォーベックはイングランドへ侵攻するが、ヘンリー7世軍に破れアイルランドへ敗走。その後、アイルランドのウォーターフォードでも破れ、スコットランドへ敗走する。しかし、スコットランド王ジェイムズ4世はウォーベックを歓迎し、ジェイムズ1世の血を引くキャサリン・ゴードン(ハントリー伯の息女)と結婚させた。翌1496年には、ジェイムズ4世と共にノーサンバランドへ侵攻し、「リチャード4世」を宣言するが、すぐに撤退。1497年、ウォーベックはアイルランドを経て、コーンウォールへ上陸。エクセターへ侵攻するが、ヘンリー7世軍に捕らえられ、ロンドン塔に送られた。
1499年、脱走を計画したとして、パーキン・ウォーベックは処刑される。計画に協力したとして、ロンドン塔幽閉中のウォーリック伯エドワード(24歳)も処刑された。ヘンリーの真の目的はウォーリック伯の処刑であったと考えられている。



―人々―

王妃エリザベス・オブ・ヨークは1503年、7度目の出産の際に死去し、その時生まれた四女もまもなく亡くなった。次女と三男は夭折し、長男アーサーも1502年に病のため急死しており、次男と長女、三女が残された。次男が後にヘンリー8世となる。

王太后にして、王妃エリザベスの母、エリザベス・ウッドヴィルは、1487年2月、ヘンリー7世により、バーマンジーの修道院に送られ幽閉された。所領を没収され年金も停止されて、1492年に貧困のうちに死去したと伝えられる。

リチャード3世の庶子ジョン・オブ・グロースターは、1491年に(1499年という説も)処刑された。

リチャード3世に重用された騎士、サー・ジェイムズ・ティレルは、ボズワースの戦の際は任地のギーヌにおり参加していなかった(ギーヌの副総督だった)。ヘンリー七世即位後に一時所領を没収されたが、1486年、ティレルはヘンリー7世の恩赦を受け、その地位と所領を回復した。
ティレルは、1501年、亡命中のサフォーク伯エドマンド・ド・ラ・ポール(ジョン・ド・ラ・ポールの弟)を支援したとして反逆罪で逮捕され、翌1502年に処刑された。この時、エドワード5世と弟王子のヨーク公リチャードの殺害を自白したとされるが、その自白書は残されていない。
エドマンド・ド・ラ・ポールは、1513年にヘンリー8世により処刑された。

イリー司教ジョン・モートンは、1486年カンタベリー大司教に、1487年大法官に任命され、終身その地位にあった。1493年には枢機卿に任命され、1500年その生涯を終えた。彼が税収増加のために用いた手法は「モートンの二叉論法(モートンの熊手, Morton's Fork)」として悪名が高い。

第4代ノーサンバランド伯ヘンリー・パーシーは、ボズワースの戦の後に捕らえられるが数ヶ月で釈放され、その地位と所領も温存された。しかし、1489年、ヨークシャーの領地で、高額の加税に反対する暴徒により殺された。

ヘンリー7世の義父トマス・スタンリーは、1485年10月、初代ダービー伯に任ぜられ、1504年に死去するまでその地位にあった。
一方、弟のウィリアム・スタンリーは、1495年、パーキン・ウォーベックの乱に関わったとして処刑された。

クラレンス公ジョージの息女マーガレット・プランタジネットは、サー・リチャード・ポールと結婚したが、弟エドワードの処刑後、ソールズベリ伯の爵位を受け継ぎ、ソールズベリ女伯となった(ウォーリック伯の爵位は没収された)。
マーガレットは、後にヘンリー8世長女メアリ(後のメアリ1世)の養育係となる。ヘンリー8世が、最初の王妃キャサリン・オブ・アラゴン(メアリの母)との結婚を無効とし、アン・ブリン(エリザベス1世の母)と結婚した際に、マーガレットは宮廷から追放された。アンの処刑後には再び宮廷に戻るが、1538年大逆罪の容疑で逮捕され、1541年、68歳で処刑された。

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最終更新日:2007.3.8


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