このサイトは

英国史上まれに見る極悪人として名高いリチャード三世の真の人物像を探ることを目的としています。
シェイクスピアの描いたリチャード三世以外のリチャード三世像があることを、一人でも多くの方に知っていただければ幸いです。
2012年9月12日、レスターのグレイフライヤーズ修道院跡からリチャード三世の遺骨が発掘されました!(2013年2月4日に調査結果が発表されました)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ブログ人カスタマイズ7C:トラックバックの注意書きを表示(変更)

先日は、ブログ人でコメントの注意書きを表示するJava Scriptについて書きましたが、今回は、トラックバックの注意書きを表示するJava Scriptです。


もともと、facet-diversのfacetさんが、ココログでトラックバックの注意書きを明示するスクリプト([f-] トラックバックの注意書きを明示する)を公開なさっていたのですが、ブログ人用に変更したバージョンを作ってくださいました。
以前は、画像を使用しCSSを調節して注意書きを表示していましたが、こちらの方法に変更いたしました。facetさん、どうもありがとうございました。お手数おかけしました。





記事別ページの「このページのトラックバックURL」と「このページへのトラックバック一覧」の間に、注意書きが表示されます。
「このページへのトラックバック一覧」の後に表示することもできます▽



◇3列レイアウト、または、2列レイアウト(右サイドバー付き)の場合に設置できます。右サイドバーにスクリプトを置くため、左サイドバーのみの場合は使えません(と思います)。



◇「私リスト」に、下記のスクリプトを記述しています。
リストのタイプは[メモ]。[項目の追加]で「メモ」欄に貼り付けてください。「ラベル」は空欄のまま。



◇最後に、スクリプトを記載した私リストを、[デザインを編集]>[並べ方を変更] で、右サイドバーに設置します。上の方に設置した方が、表示が早いです。



<script type="text/javascript">
<!--
var tbNotes = '!重複トラックバックの削除依頼は不要です。気づき次第こちらで重複分のみ削除しますのでお気遣いなく。<br />!古い記事へのトラックバックも歓迎いたします(^^)<br />!違法サイト・有害サイト等への誘導や単なる宣伝行為は、見つけ次第削除します。<br />!一般的なキーワードが一致しただけの関連性の乏しい記事からのトラックバックも原則として削除いたします。ご了承ください。';
function addNotesOnTrackbacking(html) {
    var ref = _getRefNode();
    if (!ref) return;
    var div = document.createElement('div');
    div.id = 'notes-on-trackbacking';
    ref.parentNode.insertBefore(div, ref.nextSibling);
    div.innerHTML = html;
   
    function _getRefNode() {
        var n = document.getElementById("trackback")
        if (!n) return null;
        return n.parentNode.getElementsByTagName('p')[0]
    }
}
if (document.getElementById('gamma')) {
    addNotesOnTrackbacking(tbNotes);
} else {
    var tmp = window.onload;
    window.onload = function () {
        addNotesOnTrackbacking(tbNotes);
        if (typeof tmp == 'function') tmp();
    }
}
//-->
</script>
<style type="text/css">
<!--
#notes-on-trackbacking {
margin: 1em;
border: dotted 1px green;
padding: 0.5em;
font-size: x-small;
line-height: 1.3em;
color: #336633;
}
-->
</style>



if (document.getElementById('gamma')) {
の部分は、


3列レイアウトの場合 gamma
2列レイアウト(右サイドバー付き)の場合 beta



にして下さい。



表示する注意書きにあたる部分(var notes = ''; のの部分)は、適宜、変更してください(の部分に改行を含むと動作しないので、一行で書いてください).。



 




▼カスタマイズ



styleの部分を編集してください(トラックバックの注意書きは、"notes-on-trackbacking"というidが付いたdiv要素で作られています)。
上の例では、マージンが1文字分(margin: 1em;)、枠が緑色の細い点線(border: dotted 1px green;)、パディングが半文字分(padding: 0.5em;)、フォントが小さく(font-size: x-small;)、行の高さが1.3em(line-height: 1.3em;)、文字色がダークグリーン(color: #336633;)となっています。



◇「このページへのトラックバック一覧」の後に表示したい場合



return n.parentNode.getElementsByTagName('p')[0]
の、'p'を'div'に変更すると、
「このページへのトラックバック一覧」の後に表示されます。


Copyright(C)since2005 白い猪亭


スポンサーサイト

ブログ人カスタマイズ7B:コメントの注意書きを表示(変更)

ブログ人でコメントの注意書きを表示するJava Scriptです。



ココログでは、facet-diversのfacetさんがコメント欄の設定を明示するスクリプトを公開なさっていて([f-] コメント欄の設定を明示する)、以前はブログ人でも使えたのですが、昨年末から使えなくなってしまいました。
そのため、以前は、画像を使用してコメントの注意書きを表示していましたが、表示方法を変更しました。注意書きを画像で作製する手間が要らないので、こちらの方が設置しやすいです。Java ScriptがOFFだと表示されませんが、ないよりはましかと。


ブログ人カスタマイズ8:記事上部にお知らせ・ナビゲーション・画像を表示するの変形です。



「この情報を登録する」と「コメント入力欄」の間に注意書きが表示されるようにしました。
「コメントを投稿」見出しの直下に表示することもできます▽



* IEでエラーメッセージが出る不具合を修正しました(2007.1.23)
 if (!ref) return;
 を追加



◇3列レイアウト、または、2列レイアウト(右サイドバー付き)の場合に設置できます。右サイドバーにスクリプトを置くため、左サイドバーのみの場合は使えません。



◇「私リスト」に、下記のスクリプトを記述しています。
リストのタイプは[メモ]。[項目の追加]で「注意」欄に貼り付けてください。「ラベル」は空欄のまま。



◇最後に、スクリプトを記載した私リストを、[デザインを編集]>[並べ方を変更] で、右サイドバーに設置します。上の方に設置した方が、表示が早いです。



<script type="text/javascript">
<!--
function CommentNotice() {
var html= '<span id="comnotice">!メールアドレスおよびURLの記入は任意です。両方もしくはURLのみ記入するとメルアドが公開されてしまいますのでご注意ください。<br />!タグは使用できません。<br />!過去記事へのご投稿も歓迎いたします。</span>';
var ref = document.getElementById("comments-open-text");
if (!ref) return;
ref.innerHTML = html + ref.innerHTML;
}
CommentNotice();
//-->
</script>
<style type="text/css">
<!--
#comnotice {
font-size:x-small;
line-height:1.3em;
color: #336633;
}
-->
</style>



表示する注意書きにあたる部分(var html= '<span id="comnotice"></span>'; のの部分)は、適当に変更してください。HTMLです。
<p id="comments-open-text"> </p> の中に表示されるので、インライン要素しか使えません。





▼カスタマイズ
<span id="comnotice"> </span>で囲んで、スタイルを変更できるようにしました。
例では、フォントが小さく(font-size: x-small;)、行の高さが1.3em(line-height: 1.3em;)、文字色がダークグリーン(color: #336633;)となっています。





◇「コメントを投稿」の見出しの直下に表示したい場合はこちら▽



<script type="text/javascript">
<!--
function CommentNotice() {
var html= '<div id="comnotice"><p>!メールアドレスおよびURLの記入は任意です。両方もしくはURLのみ記入するとメルアドが公開されてしまいますのでご注意ください。<br />!タグは使用できません。<br />!過去記事へのご投稿も歓迎いたします。</p></div>';
var ref = document.getElementById("comments-open-data");
if (!ref) return;
ref.innerHTML = html + ref.innerHTML;
}
CommentNotice();
//-->
</script>
<style type="text/css">
<!--
#comnotice {
font-size:x-small;
line-height:1.3em;
color: #336633;
width: 80%;
}
-->
</style>



表示する注意書きにあたる部分(var html= '<div id="comnotice"></div>'; のの部分)は、適当に変更してください。HTMLです。
こちらは、インライン要素だけでなく、ブロック要素も使えます。



▼カスタマイズ
<div id="comnotice"> </div>で囲んで、スタイルを変更できるようにしました。



トラックバックの注意書きは、もっと複雑なスクリプトが必要(な筈)で私の手には余ります。ということで放置(笑)




Copyright(C)since2005 白い猪亭


ブログ人カスタマイズ3B:月別バックナンバーのプルダウン表示(変更)

「月別バックナンバーのプルダウン表示」スクリプトを変更しました。



これまでstabuckyさんのスクリプトを使わせていただき、大変快適だったのですが(ブログ人カスタマイズ3:月別バックナンバーのプルダウン表示)、Operaで動作しないのが残念でした。
ココログのfacet-diversのfacetさんのスクリプトが、現在のブログ人でも使えるのがわかり、そちらに変更させていただきました。Opera8.5(Win XP)でもOKです。
 >>[f-] 月別バックナンバー プルダウンメニュー



どうもありがとうございました!



Copyright(C)since2005 白い猪亭


リチャード三世 美男子 ?

このブログで使っているカウンター(現在は新規募集停止)には簡易なアクセス解析機能がある。
先日その結果を見ていたら、珍しい、というか、稀有なキーワードで検索して、このブログを訪れた方がいらしたのが分かった。
リチャード三世 美男子



Yahoo!JAPANで「リチャード三世 美男子」を検索すると、現在(2006.5.19)、1位が当サイトの『05.肖像画、絵画』カテゴリ、2位が「エドワード四世の肖像」の記事になっている。
ちなみに、この「美男子」はエドワードお兄さんにつけられた形容である。




リチャード三世が実は美男子だったという説を探していたのか、リチャード三世を演じた美男子の俳優さんを探していたのか、はたまた、戯曲『リチャード三世』に出てくる美男子を探していたのか、どうなのか、分からないのだが、その方の求めた情報をこのブログが提供できたかというとかなり疑問だ。



とりあえず、『リチャード三世』に出てくる美男子といえば、エドワード四世だろう。
この兄王は、美丈夫だということで、当時の記述が一致している。現在残されている肖像画を見る限りでは、私には、それほど美男子には見えないが。まあ、美の基準も時代によって変わるものだし、そもそも、よく知られている肖像画は死後に描かれたものだ。とにかく、当時は絶世の美男子だと思われていたらしい。



だが、今回は、「リチャード三世=美男子」説について書きたいと思う。




リチャード三世が美男子だった、という話で割と良く知られているのは、デズモンド伯爵夫人の言葉だ。というか、美男子と断言しているものは私は他に知らない。

老いたるデズモンド伯爵夫人によると、彼女は、かつてリチャードとダンスをしたことがあり、リチャードは、兄のエドワード四世を除けば、その部屋の中で最もハンサムだった、という。



この話は、18世紀のリチャード三世擁護論者、ホレイス・ウォルポール (ホレス・ウォルポール) Horace Walpole (作家、庶民院議員)の "Historic Doubts on the Life and Reign of King Richard III (リチャード三世の生涯と治世に関する歴史的疑問)" に書かれている(秋津羽は未読)。
しかし、上記の言葉はどうも怪しい、ということに、つい最近気がついた。



そもそも、このデズモンド伯爵夫人 the Countess of Desmond とは何者か。
どうやら、第12代デズモンド伯トマス・フィッツジェラルドの二人目の夫人の、キャサリン・フィッツジェラルドのことらしい。彼女自身もフィッツジェラルド家の出身である。
フィッツジェラルド家はアイルランドの名門で、キルデア伯家が有名だが、デズモンド伯家はその分家にあたるようだ。



デズモンド伯爵夫人が亡くなったのは、1604年。
……なんか、おかしくないか?
エドワード四世が死去したのは1483年。リチャード三世がボズワースで敗死したのは1485年。計算が合わない!と思ったら、デズモンド伯爵夫人は享年140歳位と伝えられているそうな。おいおい。



確かに、1464年生まれなら、エドワード四世死去時には19歳で、その前に社交界に出ていただろうからおかしくはないが。1604年まで生きるのは無理だろう。
サー・ウォルター・ローリーは、デズモンド伯爵夫人がエドワード四世治世の生まれだと、素直に信じていたらしいが。



老いた伯爵夫人がほらを吹いたのか、伯爵夫人から話を聞いた人間が何か勘違いしたのか。何にせよ、伯爵夫人の上記の発言は、非常に怪しい。



もっとも、夫の第12代デズモンド伯(1454-1534)が、エドワード四世やリチャード三世に会い、その話を夫人にしたということはあり得るし、それが好意的なものだった可能性も十分あるとは思う。アイルランド貴族は、ヨーク派が多かった。



リチャードがハンサムだったというはっきりした記述は、私の知る限りでは他にない。
王としての在位は短かったものの、王弟として、国内でも国外でもそれなりに顔は知られていた筈で、もしもそんなにハンサムだったならば(あるいは、普通と明らかに異なる特徴があったならば)、もう少し記述が残っていても良いのではないだろうか。おそらく、取り立てて美形でも醜くもなかったのだろうと思う。



Copyright(C)since2005 白い猪亭


『時の娘』 日本語訳の単語(注)

『時の娘』(ハヤカワ・ミステリ文庫)の翻訳は、全体としてとても好きなのだが、一部(主に地名、人名)に、一般的な訳と異なっていて分かりにくいものがある。
原書未読のため、日本語の訳のみから推測できたもののみ、以下に記載する。


 関連記事 : リチャード三世をめぐる歴史ミステリ 『時の娘』



[文庫本の訳]: [一般的な訳語]



イギリス: イングランド England



チュードル朝: テューダー朝 もしくは チューダー朝 Tudor



ヘンリー・チュードル: ヘンリー・テューダー / ヘンリー・チューダー



p22 メリィ・スチュアート: メアリ もしくは メアリー



p47 獅子王リチャード: 獅子心王リチャード Richard the Lionheart リチャード一世のこと
 なお、スコットランド王ウィリアム一世は‘獅子王’と呼ばれる(William the Lion)



p48 ラーレイ卿がエリザベス女王のために上衣を敷いた: サー・ウォルター・ローリー Sir Walter Raleigh



p65 アジンコート Agincourt(英語): アジャンクール Azincourt(仏語)



p75他 『レイビィの薔薇』 エヴリン・ペイン=エリス作 "The Rose of Raby" written by Evelyn Payne-Ellis: ヨーク公妃セシリィ・ネヴィルを主人公にした架空の小説



p86 マイクルゲート・バー Mickelgate Bar: ミクルゲート・バー もしくは ミクルゲイト・バー

【関連記事】 ミクルゲイト・バー博物館 [ヨーク]



p92 リンの港: Port of Lynn 現在の(キングズ・リン)キングスリン King's Lynn 当時はBishop's Lynnといった



p92 ボーシャンプ: ビーチャム Beauchamp



p93 アルクマル: アルクマール Alkmaar(現 オランダ)



p93 ヘーグ Hague(英語): ハーグ(デン・ハーグ) Den Haag(現 オランダ)



p93 バーガンディ Burgundy(英語): ブルゴーニュ Bourgogne(仏語)



p101 バーガンディの若いメアリィ(英語): マリー・ド・ブルゴーニュ Marie de Bourgogne(仏語) もしくは マリア・フォン・ブルグンド Maria von Burgund(独語)
(ブルゴーニュ公シャルル "ル・テメレール"息女。ブルゴーニュ女公。後の神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世の妃:マクシミリアンが皇帝になる前にマリーは死去)

【関連記事】 『The Whyte Rose』 シャルル突進公時代の音楽



p114, p274 偉人ロレンツォ: ロレンツォ・イル・マニフィコ Lorenzo il Magnifico (「偉大なる」ロレンツォの意味。ロレンツォ・デ・メディチのこと。)



p124(p134にも言及あり) “猫とねずみとロヴェルの犬が、牡猪の下でイギリスを治める”:牡猪→(牡)豚 イギリス→イングランド
 リチャード三世の徽章 badge紋章ではない)は白い猪 White boar だが、この詩では、豚 hog と呼んで侮辱している。

【関連記事】
・ この詩について:猫と鼠と犬と豚
リチャード三世の徽章(バッジ) 1



p136 モートンの熊手: モートンの二叉論法 Morton's fork

【関連記事】 モートンの二叉論法(モートンの熊手) Morton's fork



p159 北部の六百人の紳士: ジェントリ gentry のことと思われる。もしくは広義のgentleman 階級(貴族とジェントリを合せてそう呼ぶ)



p169 玉璽卿: 玉璽尚書 the Lord Privy Seal



p169 ブリタニー Brittany(英語): ブルターニュ Bretagne(仏語)



p173 ボーフォール: ボーフォート Beaufort



p175 ホワイト・カルメル派: カルメル会 もしくは カルメル派 が一般的と思う



最終更新日:2010.2.12

Copyright(C)since2005 白い猪亭


戯曲 『Dickon』 2

Dickon 1 > Dickon 2 > Dickon 3 > Dickon 4 > Dickon 5  ]



時の娘』だけでは、テイがどこまで「リチャード三世善王」説を信じていたのか分からなかった。ひょっとすると、定説を覆す解釈自体に魅力を感じたのかもしれない、とも思った。
しかし、『Dickon』を読んで私は確信した。テイ女史は、熱烈なリカーディアンだったに違いない。行間から、500年近く前に戦場に斃れた若き王への想い―敬愛というか崇拝というか哀悼というか―が立ち上ってくる気がする。




楽しみつつ、心の中でじたばたしつつ、一気に読了したのだが、戯曲として見た場合どうか、というと、やはり弱いな、と思う。
シェイクスピアの悪の魅力あふれるリチャード三世と比べると、インパクトは比較にならない。シェイクスピア劇のような強烈な台詞もない。人物描写も、ト書の解説がなければ少々分かりにくい気がする。映画かTV向けのドラマに変更するならば良いような気もするが。



女史が『Dickon』を発表せず、『時の娘』を書いたのは、そのためだろうか。



この戯曲の書かれた時期は分かっていないが、1944年頃に書かれたのではないか、という話もある。
『時の娘』が発表されたのは1951年。翌1952年2月13日、ジョセフィン・テイは55歳で世を去る。1週間前に逝去したジョージ六世の葬儀と重なったためもあるが、本人の強い希望により、ひっそりとした葬儀であったという。
女史は、1年ほど前から死病に冒されていることを知っていたそうで、『時の娘』発表時には既に死期を悟っていたのであろう。しかし、それを周囲の人間には知らせなかったという。
『Dickon』は、翌年、テイの遺作として発表された。



彼女がもっと長く生きていれば、絶賛された『時の娘』の評判に伴い、『Dickon』の知名度も上がっただろうか、わからない。そもそも、テイが生
前『Dickon』を発表するつもりがあったのかどうかも。しかし、本国でも絶版だというのは何とも惜しい気がする。戯曲としてのインパクトは弱いが、読
んで十分面白いと思うのだが。
もっとも、作品としての出来は『時の娘』の方が断然良い。『Dickon』だけでは、「リチャード三世善王」説を広めることはできなかっただろう。その意味では、女史は最後に『時の娘』を発表することで、目的を果たしたと言えるのではないかと思う。



Dickon 1 > Dickon 2 > Dickon 3 > Dickon 4 > Dickon 5  ]


Copyright(C)since2005 白い猪亭


リチャード三世への愛に満ちたジョセフィン・テイ作の戯曲 『Dickon』 1

[ Dickon 1 > Dickon 2 > Dickon 3 > Dickon 4 > Dickon 5  ]



最初は、戯曲なので読みやすいのではないかと思っていた。しかし、第1幕第1場からリカーディアンの心をくすぐるような描写が散りばめられており(そんな風に思うのは私だけか?)全然進まない。いつになったら読み終わることやら、と思ったが、第2場以降は一気に読み進め(私にしては)怒涛の勢いで読了した。
途中細かなところを読み飛ばしたりしたので、あとできちんと読み直すつもり。




Dickon (Hereford plays / General Editor: E. R. Wood)
Gordon Daviot (ゴードン・ダヴィオット : ジョセフィン・テイの別名) 作
Elizabeth Haddon 編・解説
ISBN: 0435222201 ハードカバー
Heinemann Educational; 1966年 (初出は1953年)
絶版
  >>Amazon(米)で見る  >>Amazon(英)で見る 1  >>Amazon(英)で見る 2

先に『ジョセフィン・テイの『Dickon』を入手!』で書いた通り、戯曲は、1483年1月、王宮のエドワード四世の私室の場面から始まる。リチャードがロンドン塔でヘイスティングズ達を逮捕する(6月13日)ところで第1部は終わり、第2部は、即位後の北部巡幸(8月)から、1485年8月22日の朝、ボズワースの開戦前まで。



第1幕第1場は、人物間―王妃の家族とリチャード、また、王妃とヘイスティングズの間―の不協和音が感じられ、フランスとの戦争の話題も出ているが、王の家族のおおむね穏やかな生活が描かれている。
しかし、第2場以降、エドワード四世の死により状況は一変する。
……お兄ちゃん、早く死にすぎるんだよう。問題山積みにしてからに。不摂生が祟ったに違いない。



リチャードの登場場面の描写(ト書)は次の通り。

彼はかなり若い。30歳でしかない。小柄でやせているが、強靭だ(wiry)。顔は短く(short face)、頬がこけている(hollow cheeks)。細長い灰色の目(long grey eyes)で、眉との間隔が狭い。鼻が大きく(bold nose)、唇は薄く、良く動く(thin mobile mouth)。眼は生き生きとし、表情は温和で、立ち居振る舞いはコントロールされ静かだ。髪は、兄の亜麻色(flaxen)の髪と対称的に、薄い茶色(pale brown)である。彼の唯一の明らかな魅力はその声で、非常に魅力的だ。
子供の頃の不健康が、彼の顔と身体に"しるし"を残している(休んでいる時、彼の顔はいまだに痛みがあるかのように見える)。しかし、顔つきは精力的で、身体は頑丈だ。彼は戦場と会議のテーブルの両方で名声を得た。エドワードIV世とその弟が入ったどんな集まりでも、人々の注意は直ちに国王に向けられるが、(後には)その注意はリチャードに向かう。
彼はダブレットとホーズの上にヴェルヴェットの上着(coat)を着て、腕にヴェルヴェットの帽子をかかえている。もう片方の手には本を持っている。

(秋津羽訳―いまいち訳に自信なし)

えー、テイ女史は、声の良い役者さんにリチャードを演じてもらいたかったということでしょうか。



主な登場人物の描かれ方は次の通り。



  • ヘイスティングズ卿:エドワード四世がエリザベス・ウッドヴィルとの結婚前に別の女性と婚約していたことを知って大ショックを受ける。エドワードの子供達を庶出扱いにしたくないがために、ウッドヴィル側についた。実はリチャードに嫉妬していたらしい(エドワードが一番信頼していたから)。


  • エリザベス・ウッドヴィル:リチャードとは政治的に常に対立していた。が、リチャードの殺害に加わるつもりはない、と、イリー司教モートンとヘイスティングズ卿に釘を刺す。「彼の手には親切しか感じたことはありません」


  • バッキンガム公:自分の娘をリチャードの息子(王太子エドワード)と結婚させてもらえると思ったら、断られた(外国との縁談話があった)。すぐに、イリー司教モートンに、ヘンリー・テューダーを支持して「キングメイカー」になるようにそそのかされて反逆。失敗して捕まった後にリチャードを暗殺しようとするが、ラヴェル卿に見つかり短剣を取り上げられる。


  • ラヴェル卿フランシス:常にリチャードに忠実かつ誠実な友。バッキンガム公のことはずっと嫌いだった。モートンが聖職者でなければどうにかしてやるのに、と思っている。


  • エリザベス・オブ・ヨーク:リチャードには姪として深い愛情を抱いている。きわどい発言もあるが冗談らしい。叔母(アン王妃)や王太子エドワード(リチャードとアンの息子)との仲も良い。
    リッチモンド伯ヘンリーについては、ハゲの小男とか、散々悪口を言っている。誰がヘンリーのために戦えるというの!とか。リチャードがヘンリーを寛大に扱かったらただじゃおかない、とか。


注): エドワード四世は不摂生で容姿が衰えてきている、とか、カクストン(キャクストン)の出版した新しい本はリヴァーズの翻訳ではない、とか、中年になっても美しい王妃はスタンリー卿と夫人(マーガレット・ボーフォート)を毛嫌いしていて、ヘイスティングズにも冷たいとか。

その他、リチャードが子供の頃にパストン家所有の屋敷にいた(ヨーク公妃が借りていた)際、エドワードが毎日会いに来た話とか。
エドワードが娘(エリザベス)の服のことに詳しい(笑)とか。

エリザベスは、叔父様(リチャード)みたいな素敵な結婚相手を見つけてもらえなければ修道院に入る、と言ってるとか。
第2幕では、リチャードが即位時に市民からの献金を断った話なども出てくる。



以下、思いっきりネタばれ。
もっとも、『時の娘』を読んだ人ならば、容易に想像がつくことだが、



当然のことながら(笑)、この戯曲では、二人の王子(エドワード五世と弟のヨーク公リチャード)は、ボズワースの戦の時点でまだ生きている。
居場所は書かれていないが、リチャードは次のように言う。


ヘンリーは、エリザベスを嫡出であると宣言せずに彼女と結婚することはないだろう


しかし、それは自動的にあの二人の少年を嫡出にすることになる。ヘンリーはそんなやっかいな状況をどう処理するつもりなのだろう




[ Dickon 1 > Dickon 2 > Dickon 3 > Dickon 4 > Dickon 5  ]



【Link】 Dickon : Carpe diem のpsyさんによる翻訳!



【TB先】 リチャード三世ソサエティCarpe diem


Copyright(C)since2005 白い猪亭


系図・系譜 [リンク]

イギリスの王家の詳細な系図・系譜のあるサイト




◆国内サイト



  • 世界帝王事典 : ヨーロッパを中心とした王家・諸侯家の膨大な系譜データベース。日本語の系図・系譜サイトでは最も詳細と思います。人名対照表、称号対照表も便利。


  • 系図の迷宮 : ヨーロッパ諸国の王族の系図。君主や直系の人物のみの略系図の他、個々の人物の詳しい系図があり、見やすいです。


  • ラインの王族 : ヨーロッパ諸国の王族の詳細な系譜。個々人の生没年や称号、戴冠年、結婚年等のデータもあります。各国語の人名対照表、称号一覧も。


◆国外サイト(英語)



  • Directory of Royal Genealogical Data : ヨーロッパ諸国の王族の系譜。非常に膨大なデータベースです。イングランド王家は"Monarchs of England"の項から。


  • thePeerage.com : イングランドの王家・諸侯家およびヨーロッパの王家の系譜データベース。検索機能が便利。


  • Royal Genealogies : イギリスの王家の系譜データベース。


  • PLANTAGENET FAMILY : プランタジネット王家の系譜。テューダー朝に関するサイト"Tudor Place"のHomeページ下方の"Tudor ancestors"の項からリンクしています。ランカスター家、ヨーク家、ボーフォート家等の系譜へのリンクも同じ場所にあります(ちょっと場所が分かりにくいですが)。


  • RoyaList Online : イギリスの王族を中心とした系譜データベース。検索機能が便利。


Copyright(C)since2005 白い猪亭


白い猪亭

秋津羽

Author:秋津羽

カテゴリ
メニュー
最新記事
バックナンバー

2015年 11月 【1件】
2014年 12月 【1件】
2014年 11月 【1件】
2014年 08月 【1件】
2014年 04月 【2件】
2014年 03月 【1件】
2014年 02月 【1件】
2014年 01月 【1件】
2013年 12月 【2件】
2013年 11月 【2件】
2013年 10月 【1件】
2013年 09月 【1件】
2013年 08月 【3件】
2013年 07月 【1件】
2013年 06月 【1件】
2013年 05月 【1件】
2013年 04月 【5件】
2013年 03月 【5件】
2013年 02月 【5件】
2013年 01月 【1件】
2012年 12月 【2件】
2012年 11月 【2件】
2012年 10月 【2件】
2012年 09月 【4件】
2012年 08月 【2件】
2012年 07月 【3件】
2012年 06月 【1件】
2012年 05月 【2件】
2012年 04月 【1件】
2012年 03月 【1件】
2012年 02月 【2件】
2012年 01月 【6件】
2011年 12月 【1件】
2011年 11月 【1件】
2011年 10月 【3件】
2011年 09月 【1件】
2011年 08月 【3件】
2011年 07月 【2件】
2011年 06月 【3件】
2011年 05月 【4件】
2011年 04月 【1件】
2011年 03月 【3件】
2011年 02月 【1件】
2011年 01月 【4件】
2010年 12月 【2件】
2010年 11月 【5件】
2010年 10月 【4件】
2010年 09月 【6件】
2010年 08月 【5件】
2010年 07月 【6件】
2010年 06月 【1件】
2010年 05月 【4件】
2010年 04月 【3件】
2010年 03月 【6件】
2010年 02月 【8件】
2010年 01月 【8件】
2009年 12月 【2件】
2009年 11月 【15件】
2009年 10月 【5件】
2009年 09月 【3件】
2009年 08月 【3件】
2009年 07月 【1件】
2009年 06月 【1件】
2009年 05月 【5件】
2009年 04月 【1件】
2009年 03月 【12件】
2009年 02月 【9件】
2009年 01月 【6件】
2008年 12月 【3件】
2008年 11月 【1件】
2008年 10月 【7件】
2008年 09月 【1件】
2008年 08月 【10件】
2008年 07月 【10件】
2008年 06月 【4件】
2008年 05月 【1件】
2008年 04月 【1件】
2008年 03月 【7件】
2008年 02月 【2件】
2008年 01月 【5件】
2007年 12月 【1件】
2007年 11月 【1件】
2007年 10月 【3件】
2007年 09月 【2件】
2007年 08月 【6件】
2007年 07月 【2件】
2007年 06月 【2件】
2007年 05月 【2件】
2007年 04月 【9件】
2007年 03月 【3件】
2007年 02月 【6件】
2007年 01月 【3件】
2006年 12月 【8件】
2006年 11月 【4件】
2006年 10月 【7件】
2006年 09月 【27件】
2006年 08月 【5件】
2006年 07月 【8件】
2006年 06月 【9件】
2006年 05月 【8件】
2006年 04月 【7件】
2006年 03月 【8件】
2006年 02月 【10件】
2006年 01月 【7件】
2005年 12月 【11件】
2005年 11月 【5件】
2005年 10月 【7件】
2005年 09月 【19件】

検索フォーム
最近のコメント
Bookmark
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。