このサイトは

英国史上まれに見る極悪人として名高いリチャード三世の真の人物像を探ることを目的としています。
シェイクスピアの描いたリチャード三世以外のリチャード三世像があることを、一人でも多くの方に知っていただければ幸いです。
2012年9月12日、レスターのグレイフライヤーズ修道院跡からリチャード三世の遺骨が発掘されました!(2013年2月4日に調査結果が発表されました)

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ブログ人カスタマイズ9:ファヴィコン(ファビコン)を設置

少し前から、ファヴィコンを設置しています。ファヴィコン favicon とは、"favorite icon" の略で、ブラウザの「お気に入り(ブックマーク)」リストや、アドレス欄に表示される、サイト独自のアイコンのことです。Firefox等のタブブラウザではタブにも表示されます。



こういう装飾はなるべくしないつもりだったのですが、たまたま他の方のブログで記事を拝見して面白そうだったので(笑)設置してみました。




以下の記事を参考にさせていただきました。ありがとうございました。





いずれのサイトもココログですが、ブログ人でも設置方法は基本的に変わりません。



faviconの画像サイズは16×16(ピクセル)。かなり小さいです。なので、ちょっと複雑だと、どんな画像か良く分からなくなってしまいます。なるべくシンプルで、コントラストの良い画像が良いと思います。
このサイトのfaviconはこれにしました→
文字の場合、もう少し太く、かつ、直線部分が多い方が、きれいな画像が作れると思いますが。



実は、最初は、「ヨークの白ばらのバッジ(徽章)」にしようとしたのですが、サイズを小さくすると、ばらだか何だか分からなくなってしまい断念。代わりに、アルファベットの"R"にしました。RichardのR、Rex(ラテン語で"王"の意味)のRです。



中世ヨーロッパ風Web素材でもご紹介したサイト↓から"Smaller Medieval Alphabet"という素材を使わせていただきました。
 retrokat.com medieval freebies : 中世ヨーロッパの版画や本の挿絵を元にした素材集。非商用利用。リンクウェアです。





【設置メモ】



1.favicon用の画像を用意



  • 画像の形式は gif / jpg / png のいずれか(下記のFavIcon from Picsでは bmp でもOK)。

  • 正方形の画像を用意(正方形でないときれいに画像変換されません)。

  • 画像の大きさは大きくてもかまいませんが(下記のサイトで自動的にfavicon用のサイズに変換されます)、可能なら、あらかじめ 16×16(ピクセル)にしておいた方がきれいに変換されるようです。

  • IE6(インターネットエクスプローラー6)では、png形式のアイコンは表示されないようです。アニメーションgifも表示されないようです。


2.画像をアイコン形式(.ico ファイル)に変換



 私はFavIcon from Picsを利用しました。



 《ファイル変換サイト》



  • FavIcon from Pics : ダウンロードするとzip形式で保存されます。その中の favicon.ico ファイル を使います。アニメーションアイコン作成もできます。

  • Favicon Japan


3.作成されたアイコンファイル(favicon.ico)を、サイトのホームフォルダにアップロード



例えば、このサイトでは、
http://richard111.blog.ocn.ne.jp/favicon.ico
となります



ブログ人へのアップロードは、「コントロールパネル」 >「ファイル管理」 > [新規ファイルのアップロード] で行います
 参照:ファイルをアップロードする(ブログ人ヘルプセンター)



以上で表示されるようになります。



<注意>
IEの場合は、「お気に入りに追加」した場合だけfaviconが表示されます。もともと(favicon設置前に)「お気に入り」に入れてあった場合は、もう一度「お気に入りに追加」して上書き後、IEを再起動する必要があります。
これで表示される筈ですが、インターネット一時ファイルが削除されると、faviconも消えてしまうようです。



Firefox1.5やOpera8.5(Windows)では、サイトにアクセスするだけで表示されるようです。


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『二つの薔薇 (黒い矢)』 3

二つの薔薇(黒い矢) 1 > 二つの薔薇 2 > 二つの薔薇 3 ]



設定についてなど、ちょっと考察


《物語の時間経過》



物語の最初は、ヘンリー六世の最初の治世の(おそらく)終わり頃と考えられる。前半部で、ランカスター側がヨーク側に敗退し、その後まもなくエドワード四世が王位に就いたと思われる。とすると、1461年だろう。
前半と後半の間に「多くの歳月が流れた」と書かれている。その間に、エドワード四世の亡命とヘンリー六世の復位(1470年)があったことが読み取れる。
後半部では、帰国したエドワード四世の軍がランカスター軍と戦い、勝利を納める。これは1471年春のことだ。
ちょうど10年経過していることになる。最初、ざっと読んだ時の印象では、もう少し短いかと思ったが。






《物語の場所》



主な舞台は、タンストール村 Tunstall とその近辺だ。タンストール村には「濠の館」 The Moat House があり、サー・ダニエル・ブラックリィが所有している。
村のそばには森(Tunstall Forest)があり、後半部で戦闘の行われるショアビィ Shoreby (Shoreby-on-the-Till) の町は、森から少し離れたところにある。Shoreby-on-the-Till の名の通り、ティル川 River Till のほとりにある小さな港町である。



このタンストール村、物語の冒頭で、実在の場所のように書かれている。
陶磁器で有名なスタフォードシャーのストーク・オン・トレント Stoke-on-Trent の6つの町のひとつがタンストールといい、最初、そこのことかと思った。
が、サフォークに、Tunstall Forest という、そのものずばりの名の森があることを知った。ここに違いない。そばに Tunstall という町だか村だかもある。海にも近い。



Tunstall Forest の場所 (Multimap.com)



◇ blogzinemapで タンストール の場所を見る
 初期状態は衛星写真(サテライト)。右上のボタンで地図(マップ)表示に変更できる。



なお、ショアビィの会戦は、創作だと思う。ショアビィという地名自体も見つけられなかった。小説ではショアビィの会戦がリチャードの初陣と受け取れる記述があるが、実際のリチャードの初陣は、バーネットの戦である。



『二つの薔薇 (黒い矢)』 2

二つの薔薇(黒い矢) 1 > 二つの薔薇 2 > 二つの薔薇 3



グロースター公リチャードの描写について。第五篇から引用する。



グロースター公の最初の登場場面から。



まだ暗い朝の靜かさの中に突如として喇叭の音が響き渡った。夫れはディックが是迄そんなによく響く喇叭を聞いた事がないと想った位鋭い、澄み切った音であった。一度吹かれたと想うと、直ぐまた慌しく吹かれ、夫れに續いて刀を斬り結ぶ音が聞こえた。
(中略)路上では實に激しい鬪いが行われていた。攻め掛る者は七、八人と見えたが、夫れに對して立向っている者は唯一人だった。然し非常に敏捷で機敏に立廻り、激しく突き掛っては相手を追散らし、巧みに氷の上に立っていたので、ディックが加勢しない中に早くも一人を斬り、一人を傷つけ、よく相手を抑えていた。
第五篇 第一章





ここで、ディック・シェルトン、訳も分からず加勢(笑)。

一方ディックが助けに來た其男は、一緒に鬪おうとはせずに、加勢する者が現われたと見るや、後へ跳びさがり、ディックを驚かせたあの鋭い音の喇叭をもう一度前よりも大きく急き立てる樣に吹くのであった。勿論直ぐ敵は斬りつけて行ったが、少しも怯まず、前と同じ樣に勇ましく、火の出る程激しく敏捷に、或は突き掛り、或は退き、躍り上り、突き刺し、膝をつき、刀を使うかと見れば短刀を使い、或は手を使い足を使って鬪うのであった。
第五篇 第一章



この後、グロースター公の部下達が駆けつけ、事なきを得る。
公爵様、部下をおいて一人で見張りをして、敵に囲まれて、助けを呼んだわけなのだが。
大勢いると目立つから、とか理由はあるのかもしれないが、何人か一緒に連れて行けよ。すぐそばの森に数百人の兵がいるとはいえ。ていうか、部下達もどうして一人で行かせるかな(あ、逆らったら殺されるとか?)。せめて、合図があったらすぐ飛んでいけよー。



ディック・シェルトンの見た外見の描写。

一寸體恰好が變で、一方の肩の方が他の肩より上って居り、蒼い何か苦痛を覺えている樣な歪んだ顔をしていた。然し眼は非常に澄んだ大膽な目付をして居た。
第五篇 第一章


リチャードの部下への台詞。シェイクスピア作品の冒頭の独白を思い起こさせる。

危險に身を曝らすと言うが、若しお前が自分の樣に肩の曲った醜い姿をしていて、往來で子供達にあざけり笑われたりするならば、夫れ程體を大事だとは想わず、光榮の一と時は一生にもあたると想う樣になるだろう。
第五編 第二章


このあたり、「伝統的」なリチャード三世像の影響があるのだろうと思う。外見だけでなく、性格も。しかし、邪悪さよりも、勇猛さとか峻烈さが強調されているように思う。


ディックは公の眼に對すると身が竦む想いがした。其眼の中に正氣とは思えぬ位の興奮と勇氣と殘忍さとを認め、將來を想うと怖しくなった。成程公は戰列の先登に馬を進める樣な勇武な心をもってはいるが、戰も終り、平和な時代になり自分の腹心の者に取圍まれている樣になった時にも、尚人を殺す樣な事をするのではないかと氣遣われた。
第五篇 第二章



「(前略)公は大膽な靑年で立派な兵士ですが、冷靜な時にも、興奮している時にも、萬事命令通りにさせなければ氣が濟まないのです。誰でも言う通りにしなかったり、邪魔になる樣だったら容赦なく殺して仕舞うのです」
「ええっ、夫れは本當か。よくそんな指揮者に部下が從うね」
「勿論、欣んで從うのです。罰することも嚴しい代りに、實に氣前よく褒美もくれるからです。容赦なく人をこき使う代りに、自分の體も使い、戰鬪ではいつも最先きに立って鬪い、眠るのは他の者が皆寢てから眠るという工合です。公はきっと隆盛に向われるでしょう」
第五篇 第三章



其混戰の中で一際目立つのはグロスター公の姿だった。
公は多年の後、罪を犯して評判が惡くなって仕舞ってからボズワースの會戰で戰列の中を斬って進み、方に敗れようとする勢を一時盛り返えし、英國の王位を決するかの樣に想われたが、其猛勇と腕前を早くも此ショアビィの會戰で想わせたのである。退いたり、打ち掛ったり、追い詰めたり、其強い馬を自由に操つり、巧に身を守り乍ら存分に敵を斬り殺し、先登の部下の騎士よりも遙かに先きに進み、血潮に濡れた指揮刀で敵を斬り分け乍ら、ライジンガム卿が撰り拔きの勇士を集めている處へと迫って行った。次の瞬間、二人は出合った。背の高い、立派な、名だたる戰士が、肩の曲った、生白い若者に立向かったのである。
然しディックには勝敗の數はもう分っていた。一瞬二人は鬪ったかと想うと、ライジンガム卿の姿は見えなくなった。然し尚、極く危險なので、グロスター公は其大きな馬を飛ばせ乍ら、指揮刀を揮っていた。
此樣にして、ディックが最初の攻擊に對してよく往來の入口を持耐えた爲と、七百名の援軍が折よく到着した爲に、後、リチャード三世という名で長く後世に惡名を殘す事になった若者が、其最初の重大な會戰に勝つ事が出來たのであった。
第五篇 第三章


(前略)早くもヨーク側の兵が延延たる列を爲して街道を曲り曲って進んで行くのであった。既にグロスター公の旗が擴げられ修道院の前から林立する槍に護られて進み始めて居た。
其の後に、甲冑に身を固めた騎士達に取圍まれ乍ら、大膽で邪惡で野心的なグロスター公が進んで行き、軈て短い王位を踐み、盡きぬ不名譽を殘す事になった。
第五篇 第五章


リチャードIII世研究』によると、19世紀には、ロマン主義小説家の間で、テューダー伝説懐疑論が流行したとのことで、その代表の一つとして、スティーヴンスンの『黒い矢:二つの薔薇』が挙げられている(『黒い矢印』と書かれているのはご愛嬌)。

彼らはリチャード三世については、テューダー朝伝説と十九世紀の伝説擁護論者の見解を受入れたが、ヘンリー七世をも批判する。リトン注1とジェイムズ注2はテューダー派ではなく、ランカスター派であり、スティヴンソンはヨーク派に同情的だが、リチャード三世には反感を持っていた。しかし、三者とも、テューダー朝伝説ほどリチャード三世に対して極端な取扱いはしていない。


スティーヴンスン、リチャード三世に反感を持っていたのか。 そうなのか。でも、その割には、あまりひどい書き方をしていないように思う。



『二つの薔薇 (黒い矢)』 1

[ 二つの薔薇(黒い矢) 1 > 二つの薔薇 2 > 二つの薔薇 3



ばら戦争時代のイングランドが舞台の冒険活劇。



二つの薔薇 (原題 The Black Arrow: A Tale of the Two Roses 1888)

R・L・スティーヴンスン(著) Robert Louis Stevenson

ISBN: 4003224256; 岩波文庫(赤帯) 定価 735円(税込) 版元品切

>>Amazonで詳しく見る

個人的おすすめ度: ★★★★☆


英文電子テキストはこちら▽



作者は、「宝島」や「ジキル博士とハイド氏」のスティーヴンスン。
ばら戦争を扱った小説で、グロースター公時代のリチャードが出てくると知って、是非読みたいと思った。旧字体で書かれているとのことだったが、まあ何とかなるだろう、と思い、注文した。




ちなみに、岩波文庫の第1刷は1950年。手元にあるのは、1999年の第9刷で、復刊フェアで出されたもの(私は昨年古書店で入手したが)。1950年代には「黒い矢」の題名であちこちの出版社から児童書が出版されていたらしい。



面白かった。
古くさい言い方だが“血沸き肉踊る”という形容がぴったりくる。陰謀あり、恋あり、復讐あり、の冒険活劇である。何となく、昔、デュマの三銃士(ダルタニャン物語)を読んだ時のことを思い出した。いや、内容は全く違うのだが、あのわくわくする感じ。先が読める部分もあるが、それにもかかわらず、どんどん次を読みたくなる。



旧字体の山で、字も割と小さめで、字体もあまり見やすくはない。これ、新字体に直して、字を読みやすくして出版すれば、結構売れそうな気がするのだが。……無理だろうな。こんな話が読まれないなんて勿体ない。時々(10年に一度くらいか?)昔のまま復刊されてるようだが。ほんとに面白かった。



なお、この作品は、アガサ・クリスティの『運命の裏木戸』の中で、登場人物が過去の事件を調べるきっかけとなる本として、『黒い矢 The Black Arrow』の名で使われている。


<あらすじ>



主人公はリチャード(ディック)・シェルトンという若者。
子供の頃に、父親のサー・ハリィ・シェルトンが死んで孤児となり、騎士のサー・ダニエル・ブラックリィが後見人となっている。そのため、シェルトン家の領地やそこからの収入、家臣は、後見人であるサー・ダニエルが有している。

このサー・ダニエル、紛争の度に勝者に寝返り、領地と財産を増やしている。強請、強奪も日常茶飯事で、本人も家来も恨みを買っている。
ある時、サー・ダニエルの家来が、「ジョン・アメンドールより」と書かれた黒い矢により射殺される。教会の扉には「ジョン・アメンドール」と署名された詩が張られ、サー・ダニエルと家来を殺害すると宣言されていたが、同時に、ディックの父がサー・ダニエルの部下により殺害されたことも示唆されていた……

父の死の真相を追究しようとしたディックは、サー・ダニエルに殺されそうになり、危うく館から逃げ出すことになる。前半部はそこで終わり、後半部は、復讐と恋人の奪還を誓ったディックの数年後の話となる。




リチャードは、最後の第五篇 グロスター公 "Part 5. Crookback" に出てくる。
人物造形は、シェイクスピアなどの影響を受けているが、有能かつ勇猛な若き軍司令官という感じで、これはこれで良い。ちょっと、いや、かなり、怖いが(笑)。主人公デック・シェルトンは、結構びびっている。


身体のゆがんだ若者として描かれている点は、書かれた時代が時代(1888年)なので仕様がないだろう。
第五篇のタイトル自体も原文では Crookback(せむし)だし、地の文では、Richard Crookbackと書かれている。配下の人間にも、our Crookback やら Crookback Dick o’Gloucester やら言われている(もちろん本人のいないところで)



リチャードの描写については後述



岩波書店の紹介文は次の通り。

この小説はイギリスの薔薇戦争を背景にした若き男女の恋とスリルの物語である.それは単なるロマンではなく,ゴールズワージーや「英国社会史」の著者トレヴェリアンが指摘しているように「もっとも中世を生きいきとして描いたものであり」「きわめて正確な史実」にのっとったものである.

実際、フィクションではあるし、百年以上前に書かれたものだが、全体として、当時の雰囲気をよく伝えているのではないかと思う(素人考えだが)。
この時代、貴族やジェントリの間で土地所有争いが激しく行われていたことや、後見権に非常に価値があった(金銭的に)ことを、この後、別の本で読み、サー・ダニエルのようなことやってた領主は本当にいたのではないかと思った。



Link:「二つの薔薇(黒い矢)』の感想(書評)




目次は以下の通り



序幕 ジョン・アメンドール JON AMEND-ALL
第一篇 二人の若者 The Two Lads
第二篇 濠の館 The Moat House
第三篇 フォックサム卿 My Lord Foxham
第四篇 身を窶して(やつして) The Disguise
第五篇 グロスター公 Crookback



第一篇、第二篇が前半、第三篇から第五篇が後半で、前半と後半の間に数年が経過している(史実を元にすると、10年経過していることになる >>後述)。



* 原文の電子テキストは何箇所かで無料公開されている。





* 原書





* 番外・TVアニメ(英語)





[ 二つの薔薇(黒い矢) 1 > 二つの薔薇 2 > 二つの薔薇 3


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戯曲 『Dickon』 5 Author's Notes

Dickon 1 > Dickon 2 > Dickon 3 > Dickon 4 > Dickon 5  ]



戯曲本体の読了後少ししてから、戯曲の後に掲載されている Author's Notes を読んだ。
やはり、テイ女史は、"リカーディアンの輝ける星"((c)psyさん)であった。



曰く、
「ヨーク家の全てのプリンスの中で最高の者が、テューダー伝説の悪党になった」
……抑えきれぬ憤りが文中に漂っている気がする(笑)。




以下、冒頭部分の訳。



一人の男(スタンリー)の裏切りがなければ、リチャード三世はボズワースの戦に勝っていただろう。そして、テューダー朝の歴史家の書物に現れる、悪意に満ちた傴僂の怪物が創られることは決してなかったろう。しかしボズワースは負け戦となった。若き王の死体は、放り出され、裸にされ、血を流したまま、小馬の背に乗せられて、戦場から勝者によって運ばれた。プランタジネットの地に、フランスの金と生来の厚かましさに助けられて王冠を戴いた、名もなきウェールズ人が入ってきた。



ヘンリー・テューダーは、生得の権利によって要求できなかったことを、征服によって成し遂げた(彼はジョン・オブ・ゴーントの庶出の息子の曾孫だった)ため、彼が取って代わった人物は、統治するにふさわしくないと示すことが望ましかった。つまり、暴君、簒奪者、もし可能ならば、殺人者であると示すのが望ましかった。ヘンリーはお抱えの歴史家を数名雇っていたが、最も効果的だったのはリチャードの最大の敵、ジョン・モートンだった。ヘンリーはモートンをカンタベリー大司教にした。モートンは、サー・トマス・モアの書類から見つかったために現在モアの著作として知られている話[ トマス・モアの『リチャード三世史』 ]を、書いたか、もしくは、提供した。その話は詳細で、ドラマチックだ。そして、非常に馬鹿げてもいるが、信頼され、不朽となった。まず、サー・トマス・モアの著作に敬意が払われるために、次に、ウィリアム・シェイクスピアが戯曲の素材として使用したために。そして、ヨーク家の全てのプリンスの中で最高の者が、テューダー伝説の悪党になった。



テューダーの君主達がいなくなり、再び安全に意見を発表できるようになるとすぐに、この怪物的な人物像に対する最初の疑いが出された([ サー・ジョージ・ ]バックにより、ジェイムズ一世治世に)。戯画化はあまりにもはなはだしく、理性的な人間の知性を傷つけるものだった。テューダー朝の歴史家に反論することのできる、リチャードの治世に書かれた歴史書はなかった。真実は、当時の出来事についての誰の記述―常に部分的で偏っているに違いない―でもなく、無視された大量の当時の書類の中に見つけなければならなかった。つまり、議会の議事録、開封勅許状、公布、家計簿、私信の中に。そしてこれらの無言の証人達から真実が復元された。だが、嗚呼!150年の間、テューダー神話は反対されずにあり、今日に至るまで、ホレイス・ウォルポールや彼の仲間全員が擁護を続けているにも関わらず、10人のうち9人は、リチャード三世が傴僂の殺人者だと考えているのみならず、それに反対するどんな証拠があることも知らないのだ。


()は原文のまま。[ ]内は秋津羽が記載。




この後、James Gairdner博士の著書"History of the Life And Reign of Richard the Third (リチャード三世の生涯とその治世)"(1878年)に触れ、「どんな弁明よりも説得力がある」と書いている。
『時の娘』の中で、キャラダインが、「おかしい人」「必読の価値あり」と言って、グラント警部に持ってきた本だ。

ガードナー博士はリチャードが殺人者であると頑固に信じていた。しかし、正直で常識のある人であり、公平な見かたをしているので、事実をねじ曲げるようなことはしていなかった。ガードナー博士が事実を自分の説に合わせようとしている光景は、グラントが今までに見た曲芸の中でもどれよりも面白いものだった。
(中略)博士によれば、リチャードの性格には何一つ、卑劣でいやしいものはなかった――だが、彼は罪もない子供たちの殺害者であった。敵でさえ彼の正義を信頼した――だが、彼は甥たちを殺した。彼の清廉さはたいしたものであった――だが、彼は利益のために殺人をした。
時の娘



 * History of the Life And Reign of Richard the Third to Which Is Added the Story of Perkin Warbeck from Original Documents (James Gairdner 著; ISBN: 1417946350)
  >>Amazon(日本) >>Amazon(米)  >>Amazon(英)



【追記】 2006.5.20
尾野 比左夫氏の『リチャードIII世研究』によると、James Gairdnerは19世紀におけるリチャード三世伝説擁護論の第一人者とのこと。当初はリチャード三世伝説(テューダー伝説)修正論者であったが、後に伝説擁護論をとり、その著作はヴィクトリア時代後期の一般史家に広く読まれ、悪人像=ダメージを一層拡大したとされている。
テイ女史の感想は全く違うのが何だかおかしい (^^)



このジェイムズ・ガードナーとクレメンツ・マーカム(19世紀末から20世紀初頭のリチャード三世擁護論者。テイの小説は主にマーカムの説に基づいている)は、1891年、English Historical Reveiw 誌上で大論争をやらかした。



……追記ここまで……




その後には、リチャードにきせられた汚名とそれに対する反論が、以下の8項目に渡って、長々と書き連ねられている。


  1. 背中が曲がっていた

  2. 片腕が萎縮していた

  3. 18歳の時、テュークスベリーの戦の後、エドワード・オブ・ランカスター(ヘンリー六世王太子)の殺害を冷酷に手伝った

  4. 精神を病んだヘンリー六世をロンドン塔で殺害し、兄のエドワード四世の障害を取り除いた

  5. 兄のクラレンス公をロンドン塔で殺害した

  6. 王位を簒奪した

  7. 暴君だった

  8. 甥達をロンドン塔で殺害した


6から8に対する反論が長い(笑)。
おそらく、これをもとにして、『時の娘』を書いたのだろうと思う。このメモからあのような重層性をもった魅力的な小説を作り上げるのだから、やはりテイ女史は凄い。


ここには、改竄された肖像画のことは書かれていない。
X線検査により、ロイヤル・コレクションの肖像画が描き直されていた(右肩が高い)ことが判明するのは、1973年―テイの死の21年後のことである。
当時既に改竄が判明していたら、彼女はどのように話に取り入れたろうか、と思う。何かで見つけたキャラダインが、興奮してグラント警部を訪ねてきたりしたのだろうか。



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戯曲 『Dickon』 4

Dickon 1 > Dickon 2 > Dickon 3 > Dickon 4 > Dickon 5  ]



前の記事の続き。
第1幕第1場で気になったリチャードの台詞。




ウィリアム・カクストン(キャクストン; イングランド初の印刷業者/出版者)の出した新しい本を、リチャードがエドワード四世に持ってくる(勝手に持ち出してきたらしい笑)。実はエドワードがリチャードに贈るつもりだったのだが。



珍しく、リヴァーズ伯アンソニーの翻訳ではなかったため、ちょっと驚くエドワード王。

リチャード「ウッドヴィル一族が関わっていない、イングランドで唯一のものに違いありませんよ。あなたは滑り落ちつつありますよ、アンソニー」
リヴァーズ「私の才能がなくとも、それはとても魅力的な小品だよ」

二人ともにこやかに。……陰険漫才かね、あなたたちは。いや、気になったのはこのあと。



王妃エリザベス・ウッドヴィルも、リヴァーズの翻訳でないことに反応(笑)するが、その後、こんなことを言う。



王妃:まもなく魚屋が皆、本を持つようになるでしょう。そうなれば、[本は]もはや重要なものではなくなるでしょう。
リチャード:疫病(ペスト)と同様になるでしょう。
王妃:まあ、何という事を!皆が本を1冊持ったら、本がどれだけ重大な(影響力のある)ものになるというのです?
リチャード:インクで書かれた紙の小さな束にある力を考えると、気が遠くなります。それは、王朝を創り、あるいは、損ない、国々を散らばせ、地球(大地)の表面を変えるでしょう。

確か、リチャードは、英語の出版物を奨励していたのではなかったか?この否定的な台詞はどうしたことだ、と思ったが、終盤の台詞につながっていくわけか。納得。



もっとも、リチャードが、実際に、自分の死後数百年にわたり悪名が広く伝えられると予見していたとはちょっと思えない。もし小説でこのようなことを書いたなら、リアリティが損なわれると思うが、あまり気にならないのは戯曲という形態のためだろう。



テイは、『時の娘』の終盤では、キャラダインとグラント警部に次のような会話をさせている。

「彼が逃れられた責苦が一つだけありますよ」
「なんだね」
「自分の名前が数世紀にわたって怒りと嘲笑の的になるということだけは、彼は知らずにすんだんです」
「なるほど。それを知っていたら、致命的な悲嘆の種になっていたろうな。(後略)」
時の娘



本当にそう思うよ、警部 (TT)
二人のこの会話は、テイ女史の哀しみを含んだ愛情が感じられて、私はとても好きである。



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戯曲 『Dickon』 3

Dickon 1 > Dickon 2 > Dickon 3 > Dickon 4 > Dickon 5  ]



第1幕の終わりと第2幕(終幕)の終わりについて。以下、ネタばれ。




第1幕の終わり、ロンドン塔でヘイスティングズ達を逮捕した後、リチャードとバッキンガム公が残り、今後のことを語り合う。


バッキンガムは、婚姻によってヨークとランカスターの間に和平が結ばれれば人々は喜ぶだろう、と、自分の娘とリチャードの息子との結婚をもちかける注1のだが、リチャードは既に将来の計画に心奪われ、うわの空。「それはいい思いつきだ」とか適当に返事をし、バッキンガムが「良いと思いますか?」と食いついたのにも気づかず、微笑んで言う。



「良い思いつきがとてもたくさんあるよ、ハリー。沸き立って、あふれ出ている。私がイングランドでしなければならないことを全てするには、人生の長さは充分ではない。今から千年後、保障する、人々はこう言うだろう。我々の歴史上、リチャード三世の治世ほど良い治世はなかったと。」



ここで幕切れとなり、こんな芝居を観た日には泣けてきそうなのだが、第2幕の終わり、つまり、戯曲の終わりには、全く異なる、ある意味これと対をなすような台詞がある。



ボズワースの戦の日の夜明け、リチャードの天幕にラヴェル卿がやってくる。
寝ていないにも関わらず元気一杯のラヴェルに対し、リチャードは疲れて見える。良く眠れなかったと言い夢の話をするが、シェイクスピアとは異なり、リチャードがみるのは亡霊ではなく、サンザシの茂みに転がった王冠(サークレット)注2だ(しかし、兜につけたサークレット―国王の目印になる―をはずす気は全くない)。



今度は誰が裏切り者になるかと思い続け、見えないものを恐れている、心を病んでいるのだ、と、リチャードは自分自身に手厳しい。
ラヴェルは、もっと軍が集まるまで待つこともできる、慎重になるのは恥ではない、と進言するものの、リチャードは、もう充分集まっている、慎重になるのは恥ではないが、影を恐れるのは恥だ、と答える。起こらなかったかもしれないことに支配されて残りの人生を過ごすならば、死んだ方がましだ、とも。



その後、ヘンリーがエリザベス・オブ・ヨークを嫡出扱いにして結婚した場合、弟王子二人も嫡出になる(王位継承権が上になる)のをどうするつもりなのか、とか、スタンリー卿の行動が怪しい、といった会話が交わされた後、リチャードは言う。



リチャード:私は、ずっと、人々の善に訴えれば、善が返ってくると信じてきた。私は間違っていたのかもしれない。最近、信じ続けるのが難しくなっている。(折り畳み式テーブルから本を取り上げる)もし今日我々が失敗したなら、私の運命がどうなるかわかるか?永遠の汚名だ。
ラヴェル:汚名?
リチャード:人間は自分達の嘘を永続させる方法を発見した。モートンがヘンリーのために書き、私をどう扱うか、想像できるか?


遠くの宿営地からトランペットの音が聞こえ、二人は出立の準備をする。午前8時に集合することになっている。ラヴェルは去り際に言う。


ラヴェル:もう二人きりでお会いできないかもしれません。あなたを愛している者たちのために、早まらないでください。
リチャード:たとえ私が丘の上に座していても、同じように私を愛するのか?
ラヴェル:いいえ。しかし、名誉ある撤退というものもあります。
リチャード:降伏というものもある。いや、フランシス。もし今日私が死ぬならば、私は敵に立ち向かい、イングランドの王として死ぬ。そして人々が私について書物に記すかもしれぬ何事も、決してそれを変えることはできない。では8時に。


天幕を出て、リチャードは右に、ラヴェルは左に別れる。空は明るくなり、日の出が近づく。遠くでトランペットの音が聞こえる。再び、三度、より近くでトランペットの音が聞こえる。四度目のトランペットが鳴り、幕が下りる。



本当にこんな芝居を観たら泣きそうだ。いや、叫ぶかも。ヘンリーめ!



……実は、第1幕第1場で、ちょっと突っ込みを入れたくなる台詞があった。書物に関することで、それが終盤の台詞に関連している。続きは次の記事で



二人のエリザベス(母娘)の肖像画

エドワード四世妃エリザベス・ウッドヴィルと、長女のエリザベス・オブ・ヨークの肖像画




◆ エリザベス・ウッドヴィル Elizabeth Woodville (1437?-1492):エドワード四世妃



ブロンドの大変な美人だったと伝えられている。



◇ ケンブリッジ大学クイーンズ・カレッジ所蔵


エリザベス・ウッドヴィル



当時の最新のファッションらしい。
描かれているペンダントは、本当はベルトのバックルかもしれない(誤って描かれた可能性がある)。





◇ プライベート・コレクション


エリザベス・ウッドヴィル



16世紀(1540年代)


下記の15世紀(1471-1480)のロイヤル・コレクションの作品の初期の模写と推測される。但し、ロイヤル・コレクションの肖像画にはないヴェールが描かれている。
おそらく、ヘンリー八世の治世にテューダー朝の継承を祝い、肖像画のセットの一部として注文されたと考えられる。エリザベス・ウッドヴィルはヘンリー八世の祖母である。



Newton Surmaville(サマセット)の Harbin collection の一つで、Mrs Sophia Wyndham Bates Harbin Rawlins (1908 - 2006) に相続された。彼女の死後、売却された。Harbin 家の所有していた邸宅(Newton Surmaville)自体も現在売りに出されている。



ロイヤル・コレクションの肖像画 1 15世紀(1471-80) 残されている最初期の肖像画。存命中の絵と考えられる。元々は、上がアーチ型の形だったようだ。
他の作品は、この肖像画を元にした可能性がある。
この作品にはヴェールが描かれていない。



ロイヤル・コレクションの肖像画 2 16世紀-17世紀(c.1550-1699)



ナショナル・ポートレート・ギャラリー所蔵の肖像画



* ケンブリッジ大学のクイーンズ・カレッジ Queens' College は、1448年に、ヘンリー六世妃マーガレット・オブ・アンジューにより創設された。当時は Reginale Collegium Sancte Margarete et Sancti Bernardi (Queen's College of St Margaret and St Bernard) といった。その後、1465年にエドワード四世妃エリザベス・ウッドヴィルがパトロンとなった。
このため、Queens' College と複数形で呼ばれるようになった。「王妃達のカレッジ」の意味である。もっともこのように呼ばれるようになったのは後世のことらしい。
現在の正式名称は The Queen's College of St Margaret and St Bernard, commonly called Queens' College, in the University of Cambridge という。



【関連記事】 貴賤相婚 morganatic marriage : エドワード四世とエリザベス・ウッドヴィルの結婚について





◆ エリザベス・オブ・ヨーク Elizabeth of York (1465-1503):ヘンリー七世妃



ナショナル・ポートレート・ギャラリー所蔵


エリザベス・オブ・ヨーク



ナショナル・ポートレート・ギャラリーの解説には、late 16th century (circa 1500) と書かれている。おそらく、存命中に描かれた絵を16世紀後半に複製したものなのだろう。


手にヨークの白ばらを持っている。



ロイヤル・コレクションの肖像画
 16世紀(c.1502) 存命中の絵と思われる。



最終更新日:2010.7.3


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リチャード三世の肖像 3

リチャード三世の肖像 1 > 肖像 2 > 肖像 3 > 肖像 4番外1番外2



Society of Antiquaries of London(ロンドン古物協会)所蔵の、リチャード三世の肖像 1で紹介したものとは別の肖像画について書いておこうと思う。
他の肖像画と一緒に紹介しなかったのは、画家の創作によるところが大きいと思われるためだ。





リチャード三世 Richard III (broken sword)


Richard III (broken sword)



16世紀半ばの作品。つまり、ヘンリー八世の治世の終わり頃、もしくは、エドワード六世からメアリ一世の治世―テューダー朝の中盤―に描かれたものだ。


右手に折れた剣"broken sword"を持っており、ボズワースの戦の敗北を象徴していると考えられている。


この絵では、左肩が右肩よりも上がっている。王室コレクションやナショナル・ポートレート・ギャラリーの肖像画とは逆だ。



また、X線検査により、元々は左腕がかなり短かったことが判明している。1787年にThomas Kerrich(1748-1828;ケンブリッジ大学図書館司書、古物収集家、石版画家)が質屋でこの絵を購入した時には、左腕は既に描き直され、現在の状態になっていた。描き直される前に模写されたものがあったことが知られているが、現在は所在不明らしい。


この絵は、オリジナルの(模写でない)肖像画のうち、最初から「歪んだ身体」として描かれた、現存するおそらく唯一のものである。



リチャード三世の肖像 1 > 肖像 2 > 肖像 3 > 肖像 4番外1番外2



最終更新日:2010.1.9


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