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英国史上まれに見る極悪人として名高いリチャード三世の真の人物像を探ることを目的としています。
シェイクスピアの描いたリチャード三世以外のリチャード三世像があることを、一人でも多くの方に知っていただければ幸いです。
2012年9月12日、レスターのグレイフライヤーズ修道院跡からリチャード三世の遺骨が発掘されました!(2013年2月4日に調査結果が発表されました)

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ボズワース・フィールド Bosworth Field [ボズワース]

1485年8月22日、リチャード三世はヘンリー・テューダー率いる軍に破れ、ボズワース・フィールドに斃れた。521年前の今日である。



ボズワースの戦の行われた古戦場は、1974年から、Bosworth Battlefield Visitor Centre and Country Park として開放されている。



決戦の前夜リチャード三世が布陣したとされるアンビオン・ヒル Ambion Hill には、リチャードの白猪のスタンダード(軍旗)が翻り、その北東にサットン・チェイニー村 Sutton Cheney が見える。この村のセント・ジェイムズ教会で、リチャード三世は最後のミサを聞いたと考えられている。
アンビオン・ヒルを西南西に下った Shenton 駅近くの牧草地がヘンリー・テューダーの布陣跡とされ、ヘンリーの赤いドラゴンのスタンダードが立てられている。
古戦場には、リチャード三世が戦の最中に水を飲んだという伝承のある井戸(跡)が残されている。そして、リチャードが斃れたと伝えられる場所には石碑が建てられ、"Richard, the last Plantagenet King of England, was slain here 22nd August 1485"という銘板が取り付けられている(最も、実際の場所は異なるという説が有力らしい)。




また、Visitor Centre には、様々な展示や体験コーナーが設けられている。
毎年8月22日に近い週末には、ボズワースの戦の再現イベント(Re-enactment)が行われる。



写真 :
 Views of the Battlefield TrailsThe Richard III Society - American branch より)
 Battle of BosworthUK Battlefields Resource Centre より)



古戦場マップ :
 D. T. Williams/Battlefield Centre plan of battle
 Battlefield Centre
  (いずれも The Richard III Society - American branch より)



◇ blogzinemapで ボズワース・フィールドの場所を見る

 初期状態は衛星写真(サテライト)。右上のボタンで地図(マップ)表示に変更できる。



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死せる王のために~追悼の言葉

PLANTAGENET - Richard, great king and true friend of the rights of man, died at Bosworth Field on  August 22, 1485. Murdered  by traitors  and, dead, maligned by knaves and ignored by Laodiceans, he merits  our devoted remembrance.



プランタジネット - リチャード、偉大なる王にして、人間の権利の真の友、1485年8月22日、ボズワース・フィールドに死す。反逆者に弑され、死しては悪党に汚名を着せられ、無頓着な者には無視された。彼は我々の深い哀悼に値する。 (秋津羽 訳)


1970年8月22日に、アメリカのミステリ作家レックス・スタウトがニューヨークタイムズに出した追悼文である。
レックス・スタウトというより、探偵ネロ・ウルフの生みの親、といった方が分かりやすいだろうか。彼は熱心なリカーディアンでもあった。



1485年8月22日、ボズワースの戦で、リチャード三世は敗死した。享年32歳。
その命日にあたる8月22日、The Richard III Society(リチャード三世協会)は新聞(クォリティ・ペーパー)4誌(Daily Telegraph、Times、 Guardian、Independent)に次の追悼文を寄せるのを恒例としている。

PLANTAGENET, RICHARD
Remember before God, Richard III, King of England,
and those who fell at Bosworth Field, having kept faith,
22nd August, 1485.
'Loyaulté me Lie'.

最後の 'Loyaulté me Lie' はリチャードのモットー(motto, 銘)で、"忠誠がわれを縛る"という意味だ。



 参考Link : A History of In Memoriam NoticesThe Richard III Society - American branch



8月22日に最も近い週末に、レスターシャーの古戦場、ボズワース・フィールドでは、毎年記念イベントとして"ボズワースの戦"の再現が行われている。 ↓
 The Battle of Bosworth Re-enactment WeekendBosworth Battlefield Visitor Centre & Country Park



リチャード三世協会会員のリカーディアン達の集いも(勿論)あり、今年(2006年)は8月20日(日)にあたる。サットン・チェイニーの教会(Church of Saint James, Sutton Cheney)で礼拝も行われる。リチャード三世が戦の前夜、最後のミサを聞いたと考えられている教会である。
今年は"白猪会"が"リチャード三世協会"として再編されて50周年であり、さぞかし盛大な集いが行われていることだろう。



 Link :
 リカーディアンの集い (psyさんのCarpe diem
 Views of the Battlefield TrailsThe Richard III Society - American branch) : ボズワース・フィールドおよび近郊の写真



また、前日の8/19(土)には、ボズワース・フィールドで、別のリカーディアン団体 The Richard III Foundation の集いが行われたようだ。



 Link :Calendar of Events 2006  (The Richard III Foundation



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リチャード三世の戴冠 2

リチャード三世の戴冠 1 > 戴冠 2 > 戴冠 3



1483年5月4日朝、新国王エドワード五世は、グロースター公リチャードバッキンガム公と共に、ロンドンに到着した。二人の公爵は大軍の同行を避け、随員のうち500名だけを市内に伴った。一行は、市長(Lord Mayor)、市参事会員(aldermen)、および、数千人の市民の出迎えを受け、セント・ポール大聖堂まで行進した。



グロースター公とバッキンガム公は、辺境の所領統治のため常時出席はしないものの、国王評議会の有力な顧問官であった。この後開かれた評議会には彼らも出席することとなる。王太后の親族は除かれていた(逮捕や逃亡のため)。王太后に国璽を渡したヨーク大司教トマス・ロザラムは、大法官を解任されたが、顧問官の職は解かれなかった。




評議会では、まず、以下のことが審議・承認された。



  • エドワード五世の居住地はロンドン塔とする(5月10日決定)。ロンドン塔は王家の重要な居城のひとつであり、ロンドン随一の堅固な砦だった。


  • エドワード五世の戴冠式は6月22日とする。


  • グロースター公リチャードを正式に摂政(保護卿, Lord Protector)に任命する。摂政の期間は、当初、エドワード五世の戴冠式まで(1ヶ月と10日あまり)とされた。


その後まもなく、次のことが決定された。



  • 6月25日に議会を開催する(5月13日に召集令状が出された)。


  • グロースター公の摂政期間を、エドワード五世が成年に達するまでに延長する。


国事行為および令状・勅許状の発布は、エドワード五世が未成年の間は、グロースター公の助言に基づき国王の名で行われることとなった。高官の任命権はグロースター公が掌握し、公の支持者や公に好意的な人物が、宮廷・政府・地方統治の重要官職に配置された。その中には、バッキンガム公、ノーサンバランド伯、ハワード卿(後にノーフォーク公)、ヘイスティングズ卿らが含まれていた。



グロースター公と評議会は、エドワード五世の戴冠式の準備を進めた。6月5日には、バス騎士 Knight of the Bath に任じられるジェントリ40名に召集状が出されている(国王戴冠式に叙任する慣例だった)。



しかし、戴冠式は、スムーズには行われなかった。



リチャード三世の戴冠 1 > 戴冠 2 > 戴冠 3



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「ヨーロッパ水紀行ll 古都ヨーク」

先週末、BS日テレでヨークシャーの紹介番組をやっていた。
psyさんの記事(ヨークシャー巡り)で番組のことを知り、再放送を見ることができた。psyさん、情報ありがとうございました!

水と共に発展した街、というのがテーマのシリーズ番組らしい。

 ヨーロッパ水紀行ll (公式サイト 第9回までは画像による紹介が掲載されている
 第10回 古都ヨーク : 2006.8.9(水). 再放送 2006.8.12(土)

【追記】2008年度も放送されます!
 2008.8.5(火) 20:00~20:54 / 再放送 2008.8.10(日) 18:00~18:54
 ……追記ここまで……

  • ヨーク : シティ・ウォール(街を囲む城壁)と城門(バー)、ヨーク・ミンスターを紹介
  • ヨークシャー・デイルズ国立公園とノース・ヨーク・ムーアズ国立公園


ビデオに録画して後でゆっくり観ようと思っていたのだが、直前になって、BS録画できるように配線していなかったことが判明。実は、先日、観たかった廃盤ビデオを入手したとたんにビデオデッキが壊れ、新しいビデオ(+DVD再生)を買ったのだが、外部入力するには配線を変える必要があった……(とりあえずビデオが観れて録画もできればいいやっと、BSチューナーなしのを買ったので、外部入力しないと駄目なのだ)。

しかし、自称・"ヨークの僕"((c)psyさん)としては、これを観ないでどうする、と思い、外出前にバタバタと準備をしながら最後まで観た。

美しい映像だった。いつかはあのシティ・ウォールの上を歩き、ヨーク・ミンスターのステンド・グラスを観て、モンク・バーの中のリチャード三世博物館に行きたいものである。
ついでに周辺にも足を伸ばして……と、妄想は尽きない。

ヨーク・ミンスターの薔薇窓は、psyさん御指摘のとおり、赤薔薇とテューダー・ローズ(外側が赤、内側が白のパターン)だった。ヨークにあるんだから、白薔薇も入れてくれればよいのにと思うが、まあ、テューダー朝時代につくられたステンド・グラスだからなあ。

 >> ヨーク・ミンスター南翼廊のステンド・グラスヨーク・ミンスター公式サイトより) : 薔薇窓の画像をクリックすると拡大画像が見れる。薔薇の色の組み合わせの判別は難しいが。

[Link]

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リチャード三世のスタンダード(軍旗)

徽章(バッジ)について色々書いたので、ついでに、リチャードのスタンダードの画像をご紹介したいと思う。
スタンダード(standard)とは、細長い三角形の軍旗のことだ。先がただ細くなっているものと、ツバメの尾のように二又に分かれているものとがある。



リチャード三世のスタンダードの画像はこちら▽


リチャード三世のスタンダードの再現 : ボズワース・フィールドに掲げられているもの
The Richard III Society - American Branch より
リチャード三世のスタンダード(再現)
RICHARD III MUSEUM より

リチャード三世のスタンダード(イラスト)
The RICHARD III Foudation より

Drawings of heraldic badges
British Library Images Online より (Barker Heraldic Collections, 1549年以前の作)
解説に書かれてはいないが、この図のスタンダードはリチャード三世のものに間違いないだろうと思う。……”窮地に陥った時は獰猛に戦い、死ぬまで戦いをやめない。”(参照 : boar が象徴するもの)ようには全く見えないのだが。


地の色はヨークの色であるマリ(murrey)とブルー。murreyというのは、 紋章に使われる赤紫系統の色なのだが、具体的には深紅色・暗血色を指すようだ。サングウィン(sanguine)とも呼ばれる。
使用されている図柄は、白地に赤のSt. George's Cross(現在もイングランドの旗に使われている)。リチャード三世の白猪の徽章(バッジ)。ヨーク家の白バラと太陽の徽章( Rose en Soleil  : 画像は Yorkshire History.com より)。



St. George's Cross → St. George's Cross



▽こちらのGraham Turner氏の絵には、リチャード三世のスタンダードが描かれている。



The Battle of Bosworth by Graham Turner
The Richard III Society より (絵の解説はこちら : 英語. Studio 88 Limitedより)
中央右の人物がリチャード三世。その隣(奥)にリチャードのスタンダードを持った旗手(standard bearer)がいる。リチャードの槍に倒されているのがヘンリー・テューダーの旗手サー・ウィリアム・ブランドン。ヘンリーのスタンダードには火を吐く赤いドラゴンが描かれている。
ヘンリー・テューダーの馬が後ろ足で立ち上がっている、というから、左側の兜のない人物がヘンリーだろう(後ろにスタンダードが見える)。
静観していた(!)サー・ウィリアム・スタンリーの軍が、ヘンリーに加勢しようと近づいてくるところらしい。小さくて分かりにくいが、左奥の方に、白地に青い斜め帯の旗(の一部)らしきものが見え、青い帯の中には何か模様が書かれている。これがスタンリー軍だろうか?
この後リチャードは、寄せくる敵のなか戦い、殺されるのである……
[蛇足] Turner氏の絵では、リチャード三世は兜の上に王冠を被っている。リチャードが被っていたのは、金の輪っか、というかサークレットだと思っていたのだが、違うのだろうか?こういう王冠型(というのも妙な言い方だが)の冠は戦場では邪魔になると思うのだが。



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秋津羽

Author:秋津羽

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