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英国史上まれに見る極悪人として名高いリチャード三世の真の人物像を探ることを目的としています。
シェイクスピアの描いたリチャード三世以外のリチャード三世像があることを、一人でも多くの方に知っていただければ幸いです。
2012年9月12日、レスターのグレイフライヤーズ修道院跡からリチャード三世の遺骨が発掘されました!(2013年2月4日に調査結果が発表されました)

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アン・オブ・ヨークの婚約と結婚

エドワード四世の5女アン・オブ・ヨーク(1475-1511)の婚約と結婚について。



  1. オーストリア大公・神聖ローマ皇帝嫡孫 / ブルゴーニュ女公嫡男 フィリップ(フィリップ美公)  (婚約解消)


  2. サリー伯嫡男トマス・ハワード(後の3代ノーフォーク公)


アンが、最初、フィリップ美公と婚約して(させられて)いたというのを、先日Mlle Cさんのブログ(コメント欄)で教えていただいた。Mlle Cさん、いつもありがとうございます!

こういう「成就しなかった縁談」を追いかけるのも面白いかもしれませんね。
アングロ=ブルギニョン同盟の一環として、1479年にはフィリップ美公とエドワード四世の娘アンの婚約も交わされていますが(マーガレットが積極的にまとめたらしい)、その後エドワードが亡くなったりしてそれどころじゃなくなったんでしょうね、いつのまにか立ち消えになってます。


フィリップ美公 Philippe le Beauフィリップ美公 Philippe le Beau は、ハプスブルク家のマクシミリアン(オーストリア大公にして神聖ローマ皇帝マクシミリアン一世―当時は即位前)と、ブルゴーニュ女公マリーの長男である。
マリーの父は、シャルル・"ル・テメレール"(突進公)。マリーは、シャルルの2人目の妃イザベル(ブルボン公女)との間の子で、エドワード四世の妹マーガレット・オブ・ヨーク(シャルルの3人目の妃)は、マリーにとって義母、アンにとっては叔母に当たる。
マーガレットは、姪と、義理の孫との結婚をまとめた、ということになる。



アンとフィリップの婚約が交わされたのは1479年8月5日。それに先立ち、7月18日に、フィリップが3年間はアン以外とは婚約しないという同意が、マクシミリアンとエドワード四世の間でなされている。
当時、アン・オブ・ヨーク(1475-1511)3歳、フィリップ(1478-1506)は1歳。思いっきり政略結婚(婚約)である。しかし、この婚約は立ち消えになった。



 >>参考 : Privy Purse Expenses of Elizabeth of York: Wardrobe Accounts of Edward IV by Nicholas Harris Nicolas, Esq.(1830年)
Part II: Remarks on the Privy Purse Expenses of Elizabeth of York & "Memoirs."
Richard III Society - American Branch より)



なお、アンの婚約と同じ年に、すぐ下の妹のキャサリン(1479-1527)が、カスティーリャとアラゴンの王太子(カトリック両王の嫡男)フアン(1478-1497)と婚約している。この婚約も、アンの婚約同様、立ち消えとなった。
 >>キャサリン・オブ・ヨークの婚約と結婚





アン・オブ・ヨークは、1495年に、サリー伯(後の2代ノーフォーク公)トマスの嫡男トマス・ハワード(後に2代サリー伯, 3代ノーフォーク公, 1473-1554)と結婚した。



同じ年に、アンの妹キャサリンは、デヴォン伯嫡男(後にデヴォン伯)ウィリアム・コートニーと結婚している。
 >>キャサリン・オブ・ヨークの婚約と結婚



アンとトマスの間には4人の子が生まれるが、いずれも幼くして世を去っている。アンの死後、トマスは3代バッキンガム公の長女エリザベスと再婚した。



3代ノーフォーク公 Thomas Howard, 3rd Duke of Norfolk, by Hans Holbein

Thomas Howard, Prince of Norfolk
3代ノーフォーク公 トマス・ハワード



ハンス・ホルバイン(Hans Holbein the Younger, 1497-1543)作
1539-1540年
ロイヤル・コレクション(ウィンザー城 所蔵)


ガーター勲章(頚章)をつけ、右手にEarl Marshal * の職杖、左手にLord High Treasurer(大蔵卿)の職杖を持っている



* Earl Marshal(軍務伯) は、中世においては、Constable of England(イングランド武官長)の下位の軍指揮官であった。その後、紋章に関する訴訟を扱う Court of Chivalry(騎士裁判所, 紋章裁判所)の裁判長、そして、宮廷行事を司る役割を担うようになった。Earl Marshal(現在は紋章院総裁)は1672年以来ノーフォーク公の世襲となっている。



>> Royal Collection e-Gallery   >> Web Gallery of Art  いずれも、リンク先の画像をクリックすると高解像度の絵が見れます





フィリップ美公は、1496年に、カトリック両王(イサベル一世とフェルナンド二世)の次女フアナ・"ラ・ロカ"と結婚した。1497年には、フィリップ美公の妹マルグリットが、フアナの兄フアン(カスティーリャおよびアラゴンの王太子)と2回目の結婚をした(が、まもなく死別)。いわゆる二重結婚であった。



アンとフィリップの婚約が立ち消えになったのは、婚約から4年たらずで1483年4月にエドワード四世が死去したことが少なからず関係しているだろうと思う。
さらに、同年、エドワード五世の廃位とリチャード三世の即位、その2年後にリチャードを斃したヘンリー・テューダー(ヘンリー七世)によるテューダー朝樹立、と、状況が変化したのが決定的だったのだろう、と思った。マーガレットが、(義理の)孫で、マリーの死後その養育をまかされたフィリップ(マリーは1482年に落馬事故で死去した)と、テューダー朝下のアン(ヘンリー七世の義妹)との結婚に同意するとは思えない。



が、ちょっと違ったらしい



海保 眞夫氏の『イギリスの大貴族』に、次のような記述を見つけた。

ハワード一族とリチャード三世との交渉で興味をそそられるのは、治世二年目の一四八四年、ジョン・ハワードの嫡孫トマスが王の姪でエドワード四世の五女アンと婚約したことである。二人ともまだ幼く、結婚が実現するのは一四九五年であるが、当時、婚約はほとんど結婚に等しい法律上の意味を持っていた。

それでは、1484年には、アンとフィリップの婚約は流れていたのだろう。エドワード四世の死去とリチャード三世の即位に伴い、アンが王の娘ではなく、王の姪となり、しかも庶子であるとされた(ティトゥルス・レギウス Titulus Regius による)ことが関係しているかもしれない。国王の”庶出扱いの”姪では、フィリップの配偶者としてふさわしくないと判断されたということは十分あり得る。あるいは、イングランドの政情が不安定になったことも関係しているだろうか。



なお、ここで書かれている”ジョン・ハワード”とは初代ノーフォーク公のことで、”嫡孫トマス”とは後の3代ノーフォーク公である。3代ノーフォーク公の父は、初代ノーフォーク公の嫡男で、後に2代ノーフォーク公となる(当時サリー伯)トマス・ハワードである。



エリザベス・ウッドヴィルと娘達がウェストミンスター・アベイの庇護所から出たのは1484年3月である。アンとトマス・ハワードとの婚約はそれより後のことだ。当時、アンは8歳か9歳、トマス(後の3代ノーフォーク公)は10歳か11歳だった。



『イギリスの大貴族』からさらに引用する。

 一四八四年当時の王位継承問題を考えるとき、トマス・ハワードとアンの婚約は重要な意味を持つことが理解されよう。というのは、同じ年の四月にリチャード三世の一人息子エドワードが死去しており、王妃アン・ネヴィルも翌一四八五年三月に世を去るからである。リチャード三世には、ハワード一族を王位継承者の一員とする意図があったのだろうか。それともこの婚約はハワード側から求めたのだろうか。
 一四八三年の王の即位後は、ハワード父子は側近として活動しているが、治世の二年目に入ってあまり宮廷に出仕しなくなったという記録がある。リチャード三世はなにかの理由で機嫌をそこねたらしい二人をこの婚約で宥めようと考えたのだろうか。トマス・ハワードとアン・プランタジュネットの婚約が持つ政治的意味は小さくなかったはずであるが、やはり歴史家は説明していない。

アンの他にもエドワード四世の娘(エリザベス・オブ・ヨークの妹達)はいたし、そもそも、彼女達は、ティトゥルス・レギウス Titulus Regius によって庶出とされていたので、王位継承からは外される。また、他にもリチャード三世の兄姉の子供達が大勢いた。だから、当時アンと結婚することが直接王位継承につながるわけではなかった。
しかし、(たとえ庶出扱いにされたとしても)ずっと王女として遇されてきた現王の姪との婚姻は、ハワード家にとって大きな意味があったろう。ジョン・ハワードが初代ノーフォーク公に叙されたものの、そもそもは彼はジェントリ(の最上層)出身であり、当時のハワード家の家格・勢力は他の有力貴族―パーシー家やスタンリー家―と比べると、まだまだ低いものであった―初代ノーフォーク公の母方は、先祖をたどればエドワード一世につながる家系ではあったけれども。
王家と血縁関係を持つことは、当時のハワード家にとって非常に重要な意味があったのだ。



なお、アンの姉セシリィ(1469-1507)の最初の結婚(レイフ・スクロープと結婚したが、1486年に婚姻無効とされた)は、おそらく、アンとトマス・ハワードの婚約と同じ頃と思われる。
 >>セシリィ・オブ・ヨークの婚約と結婚


最終更新日:2008.2.27


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カスティーリャ女王イサベルとグロースター公リチャード

Mlle Cさんのブログ(コメント欄)で、グロースター公時代のリチャードが、即位前のイサベル一世(カスティーリャ女王、"カトリック両王"の一人)の花婿候補の一人だった、というのを読んで仰天した。初耳だ~ 年齢的には全然おかしくないが。



イサベル一世 Isabel I la Católica


結婚話、あったそうなんですよー>イサベルとリチャード
と、イサベルの評伝には書いてありました。
それによると、17歳当時のイサベルの花婿候補として名前が挙がっていたのは、ポルトガル王アフォンソ、ギュイエンヌ公シャルル、アラゴン王太子フェルナンド、そしてグロスター公リチャードの四人。
ただ、リチャードはこの中ではあまり有力な候補ではなかったようです。
イベルは王位を継承することが確実視されていたので、どうせ外国から夫を迎えるならば、言語や血縁の上でより近しいアラゴンかポルトガル出身者のほうが混乱が少ないと判断されたのでしょう。



イサベル女王(当時は王女)17歳というと1468年。リチャードは15歳か16歳。
エドワード四世と、従兄弟の"キングメイカー"ウォーリック伯との関係が、着々と悪化していた頃だ。当時、リチャードはウォーリック伯の後見の下、北部で教育を受けていたが、翌1469年初頭には、エドワード四世はリチャードを宮廷に呼び戻している。そして、同年7月、ウォーリック伯の最初の反乱が起こっている(第2次ばら戦争開始)。



なお、1468年7月には、リチャードの姉マーガレット・オブ・ヨークが、ブルゴーニュ公シャルル・"ル・テメレール"と結婚している(シャルルの3人目の妃)。
マーガレットは、リチャード達兄弟の唯一の未婚の姉妹であり、彼女の結婚相手の選択はイングランドの外交政策上非常に重要だった。……はっきり言って、当時のエドワード四世にとって、政略結婚に使える駒は多くはなかったのだ。上の2人の姉妹(エクセター公妃アンとサフォーク公妃エリザベス)の子は何人かいたし、エドワード自身の娘も2人いたが幼かった(エリザベスとメアリ―2歳と1歳)。
存命の弟(ジョージとリチャード)は2人とも未婚だったが、最大の駒である筈のエドワード四世自身の結婚相手は、国内の下級貴族の娘(しかも、内乱時の敵方、年上の未亡人で2人の子持ち)で、政略的には全く無意味、というより、むしろ、無駄に混乱を招くものであった。
途中フランス王ルイ11世から横槍が入ったりしてすんなりとは進まなかったものの、マーガレット・オブ・ヨークはシャルル・ル・テメレールと結婚し、エドワード四世の対フランス・親ブルゴーニュ体制を強めることとなった。



イサベル(王女)の花婿候補としてリチャードの名が挙がっていた頃は、エドワード四世は、マーガレットとシャルルの結婚を無事成立させ、ブルゴーニュ公国と同盟を結ぶのに力を注いでいたろうと思われる。
その後は、エドワードとキングメイカーの関係が更に悪化し、クラレンスはキングメイカーの長女と勝手に結婚し、エドワードはキングメイカーに捕らえられた後に釈放され、と、ゴタゴタ続きである。1470年秋には、エドワードとリチャードは、ブルゴーニュ公国に亡命する羽目になっている。
……リチャードの結婚話どころではないかも。この状況で、リチャードに(良い条件で)政略結婚を申し込んでくる国はちょっとないだろうし。
気の毒だ、リチャード。王弟殿下なのに。まあ、最終的には幼なじみの親戚("キングメイカー"の次女アン・ネヴィル)と結婚できて良かったけれどね。




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Happy Birthday Thewlis!

シューリスさん、お誕生日おめでとうございます!
3月20日はデイヴィッド・シューリスさんの44回目のお誕生日です。今一番好きな俳優さんです。私と誕生日が近くてちょっと嬉しい (^^)



今年は1月から、ラジー賞ノミネート(最悪助演男優賞)というニュースに目が点になりましたが、めでたくも受賞を免れ、何よりでございます。
一体何をどうしたらそういうことになるのかと、頭の中が疑問符で一杯になりましたが、演技自体は悪い評判は見かけないので、やはり、ご出演なさった映画(ラジー賞総なめの"氷の微笑 2"と、「怖くない」という評判の"オーメン666")が問題としか……
私はこの2作未見なので、そのうちDVDで観させていただきます。シューリスさんは格好よさそうなので (^^)



《シューリスさんのお仕事で楽しみにしているもの色々》


◆脚本・監督も手がけた"Cheeky" (2003) : UK版DVD(リージョン2, PAL)発売済!



Cheeky [2003]シューリスさんは主人公Harry Sankey役。



英仏合作映画だったんですね、これ。フランスのサイトで、トレイラー発見、したものの何言ってるのか分からないよー。北部イングランド方言なんでしょうねー、これ。
面白そうなんだけど、DVDにはどうも字幕がついてないっぽい。英語字幕ついていればすぐ注文するんだけどなー。
イアン・ハート氏も出てるんですね、シューリスさんと仲いいんでしょうか。ハリポタのルーピン役のオファーが来たときも、イアンさんが「いい役だよ」と勧めてくれたというし。



* Trailer が EuropaCorp のサイトで観れます(最初の読み込みに時間がかかる…)
左のメニューの BANDES ANNONCES をクリック → 検索欄(RECHERCHE)に Cheeky と入力してOKをクリック →  MEDIUM, LARGE, X-LRAGE から選択



ドラゴンハート◆"ドラゴンハート" (1996) : 日本版DVD(廉価版)再発売 4月1日



アイノン王役。若い暴君 (^_^;) 
→購入しました。面白かった。主役のデニス・クエイドも頑張ってたけど、ドラゴン役(声)のショーン・コネリーが秀逸。坊さん役のピート・ポスルスウェイトも良かった。シューリスの乗馬姿は◎



Trailer (英語)



音声: 英語(5.1ch) / 日本語(ドルビーサラウンド)
字幕: 日本語 / 英語



◆"Dandelion Dead" (1994) : UK版DVD(リージョン2, PAL)発売 4月2日



Dandelion DeadOswald Martin役。毒殺におびえる弁護士。
UKのTVドラマ。マイク・ホッジス監督。



米版DVD(リージョン1, NTSC)は以前に発売されていて、日本のAmazonでも入手できる(しかも安い)が、字幕がないということ(CC:Closed Captionはついている)なので、UK版に英語字幕がついてるといいなーと期待。



◆"それでも生きる子供たちへ" (2005) : 日本劇場公開 初夏
原題 "All the Invisible Children"



7人の監督による短篇オムニバス形式の映画。
シューリスさんは、ジョーダン・スコット&リドリー・スコット版に出演。戦場カメラマンJonathan役。
→映画館で鑑賞。普段あまり観ないタイプの映画だけれど、観にいって良かった。



公式サイト(日本)



・ 英語版公式サイトは一部残っています >> All the Invisible Children :: Jonathan



◆"ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団" (2007) : 劇場公開 7月
原題"Harry Potter and the Order of the Phoenix"



勿論ルーピン役。



公式サイト(日本)



公式サイト(英語)



◆"The Inner Life of Martin Frost" (2007) : New Directors Film Festival (3/21-4/1)で上映



作家Martin Frost役。
ポール・オースター脚本・監督作品。



ポール・オースター氏自身の小説 "The Book of Illusions"(2002年) に出てくる架空の映画を実際に映画化したもののようだ。



これはきっと日本でも観れるに違いないと勝手に確信している。もしも劇場公開されなくてもDVDにはなるに違いない。
なぜかというと、ポール・オースター氏が日本でも人気のある作家だから。私は最近のアメリカの作家の本はほとんど読まないけれど、それでも名前だけは知っている。これまで関わった映画も日本で公開されているようだし―"ルル・オン・ザ・ブリッジ"とか。未見だけれど。



【ペーパーバック】
The Inner Life of Martin Frost
The Inner Life of Martin Frost by Paul Auster


←表紙はシューリスさんと、Claire Martin役のイレーヌ・ジャコブさん(だと思います)。128ページ。



The Inner Life of Martin FrostThe Inner Life of Martin Frost


←こちらのペーパーバックは、artist/printmakerのGlenn Thomas氏とのコラボレーションで、graphic arts project とのこと。40ページ。
このサイトで紹介されているのは、2003年に出版された限定版ではないかと思います。



The Late Hector Kipling



シューリスさんの小説
UKのAmazonでは9月7日発売予定になっている。
何年も前に発売予告されて、ずーっと延期になっていたようですが、とうとう出版されるんでしょうか。UKのAmazonで検索すると、同じ題名で3つもヒットするんですが……
→米版購入済み。UK版は表紙が怖い(^_^;) 未読。




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