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英国史上まれに見る極悪人として名高いリチャード三世の真の人物像を探ることを目的としています。
シェイクスピアの描いたリチャード三世以外のリチャード三世像があることを、一人でも多くの方に知っていただければ幸いです。
2012年9月12日、レスターのグレイフライヤーズ修道院跡からリチャード三世の遺骨が発掘されました!(2013年2月4日に調査結果が発表されました)

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エリザベス・オブ・ヨークの婚約と結婚 1

[ エリザベスの婚約・結婚 1 > >



エドワード四世の長女エリザベス・オブ・ヨーク(1466-1503)の婚約と結婚について。



  1. ベドフォード公ジョージ・ネヴィル (婚約解消)

  2. フランス王太子(ドーファン)シャルル(後のシャルル八世) (婚約解消)

  3. ヘンリー七世


1. ベドフォード公ジョージ・ネヴィル(c. 1457 / c. 1461-1483)



エリザベス・オブ・ヨークは、1469年から1470年にかけての冬に、ノーサンバランド伯(後にモンタギュー侯ジョン・ネヴィルの嫡男ジョージと婚約した。ジョージは1470年(4月?)にベドフォード公に叙せられた。ジョン・ネヴィルは"キングメイカー" ウォーリック伯の弟であり、エリザベスとジョージは、父親同士が従兄弟という関係である。





ジョン・ネヴィルは、1461年にモンタギュー卿 Lord Montagu となり、その後、1464年5月にノーサンバランド伯に叙せられた。ノーサンバランド伯爵位は、1377年以来パーシー家のものだったが、3代伯ヘンリー・パーシーは、タウトンの戦(1461年3月)でランカスター方として戦死し、私権を剥脱された。そのため、嫡男による相続は認められず、代わりにノーサンバランド伯位はジョン・ネヴィルに与えられたのである。



婚約時、エリザベスは4歳になるかならないか、ジョージは12歳前後(もしくは9歳前後)。当時、エドワード四世には息子はなく(後のエドワード五世の誕生は1470年11月)、エリザベスが王位継承権者であった(女王即位の前例はなかったが)。
エドワード四世に息子が生まれる可能性はまだ十分あり(実際、3人の息子が生まれた―3男は夭折)、また、王には二人の弟が存命だとはいえ、エリザベスと結婚するということは、将来のイングランド女王の配偶者、ないし、国王の父になる可能性がある、ということを意味する。



この時期に、この重大な婚約を交わしたのには、もちろん訳があった。



1469年、エドワード四世擁立に最大の功績があったウォーリック伯リチャード・ネヴィルが反乱を起こし(王弟のクラレンス公ジョージも荷担したが、ジョン・ネヴィルは関わっていなかった)、一時は、国王であるエドワード四世が捕らえられるという事態にまでなった(第2次ばら戦争開始)。まもなく和解が成立したものの、エドワード四世は、ネヴィル家との繋がりを強める必要に迫られたのである。
 >>参照:リチャード三世略史1 ―少年時代・第2次ばら戦争―


しかし、ネヴィルとの確執は(全く)収まらなかった。



早くも1470年3月には、ウォーリック伯の教唆により、ランカスター派の反乱が起こっている(ルーズコートの戦)。反乱は鎮圧され、4月にはウォーリック伯とクラレンス公ジョージは国外逃亡した。亡命先のフランスで、ウォーリック伯は、かつての敵であるヘンリー六世妃マーガレットと協定を結び、イングランド侵攻とヘンリー六世の復位を計画した。



同年夏(3月とも)、エドワード四世は、3代ノーサンバランド伯の嫡男ヘンリー・パーシーを(4代)ノーサンバランド伯に叙した。これに伴い、ジョン・ネヴィルの有していた伯爵領と北東部辺境防衛司令長官(辺境守護職 Warden of the East March)の地位も、ヘンリー・パーシーに与えられた。
ジョン・ネヴィルは、新たにモンタギュー侯に叙せられたものの、その所領は爵位にみあうものではなく、彼の失ったものは大きかった。



同年9月、ウォーリック伯とクラレンス公は、軍を率いてイングランドに上陸し、国王軍を敗退させた。兄のウォーリック伯に応じ、モンタギュー侯ジョンは軍を召集している。10月には、エドワード四世ともう一人の王弟グロースター公リチャードは、姉妹のマーガレットの嫁ぎ先であるブルゴーニュ公国に亡命する羽目となってしまった。一方イングランドでは、ヘンリー六世が復位した。



翌1471年4月にエドワード四世はリチャードと共にイングランドに上陸、バーネットの戦で国王軍が勝利し、ウォーリック伯とモンタギュー侯は戦死、エドワード四世が復位した。



ウォーリック伯とモンタギュー侯は私権剥脱されたため、その所領も没収され王室領となる。国王の勅許があれば相続が認められるものの、1475年の議会で、ベドフォード公ジョージ・ネヴィルのネヴィル家所領の相続は認められないことが決定された。
この所領の相続問題は非常に複雑で、数年にわたり紛糾したが、最終的には、ウォーリック伯の所領はクラレンス公ジョージとグロースター公リチャードが保有することとなった。



エリザベスとジョージの婚約がいつ解消されたのか分からないが、おそらく立ち消えになったも同然だったと思われる。少なくとも、1475年のエドワード四世のフランス遠征前には解消されていたようだ(この遠征にはクラレンス公ジョージとグロースター公リチャードも参加している)。
ジョージ・ネヴィルは、1477年に、「栄誉ある地位を保つだけの財産がない」という理由でベドフォード公爵位を剥脱された。



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最終更新日:2008.1.19

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Elizabeth

Elizabeth: The Golden Age



エリザベス以前にちょっと書いたのだが、『エリザベス』(1998年)の続編を楽しみにしている。
アメリカでの公開は今年(2007年)10月12日。UKなどヨーロッパでの公開は11月。日本でもきっと劇場公開してくれると期待しているのだけれど。



【追記】(2008.3.20) 観に行きました! >>エリザベス:ゴールデン・エイジ



Yahoo! Movies UK でトレイラーを見つけ、喜び勇んで何度も鑑賞。
 >>Trailer (Yahoo! Movies UKより)―ちょっと重いです
 >>Trailer (Working Title Films Limited より)

 下に、motionbox.com から動画を貼り付けました





ケイト・ブランシェット演じるエリザベス一世は相変わらず威厳があって美しい。ジェフリー・ラッシュ演じるウォルシンガムはとりあえず姿が観れるだけで嬉しい(^^)
エリザベスの鎧姿もあって、全く予想していなかったので、それもまた嬉しい。
ウォルター・ローリー役のクライヴ・オーウェンは、『キング・アーサー』の時は(アーサー王にしては)地味で華がないと思ったが(ごめんなさい!)トレイラーを観る限りはなかなか良い感じ(^^)



たーのしみー♪<日本でも公開されると決めてかかっている


劇場公開の際の日本語字幕は、是非とも、前作とは違う方にお願いしたいです!切なる希望です。
『エリザベス』の「男妾」という字幕を観た時のインパクトも、それが誤訳だったと(何年も後に)知った時の衝撃も、私はどちらも忘れられない……



【画像】 



THE GOLDEN AGE   2007 > PHOTOS : Working Title Films Limited より



Yahoo! Movies(米)より





【トレイラー(予告編)】 motionbox.com より




エリザベス一世 Queen Elizabeth I  'The Ditchley portrait'
トレイラーの最後のエリザベスは、この肖像画→のイメージだろうか?細部は異なるが……



'The Ditchley portrait'
Marcus Gheeraerts the Younger 作
circa 1592
ナショナル・ポートレート・ギャラリー所蔵



この映画では、エリザベス一世とスコットランドのメアリ女王との関係も描かれるようだ。メアリ女王の処刑も出てくる。ということは、フォザリンゲイ城(現在は土塁しか残っていない)が出てくるわけですね!どんなセットなんだろう <歴史オタク



【キャスト】



  • エリザベス一世: ケイト・ブランシェット


  • サー・ウォルター・ローリー: クライヴ・オーウェン


  • エリザベス・スロックモートン(ウォルター・ローリーの妻): アビー・コーニッシュ


  • サー・フランシス・ウォルシンガム: ジェフリー・ラッシュ


  • スコットランドのメアリ女王: サマンサ・モートン


【Link】



THE GOLDEN AGE  2007 (Working Title Films Limited)~ 映画製作会社の特集サイト



Elizabeth - The Golden Age (Yahoo! Movies UK)



The Golden Age (IMDb)



最終更新日:2007.5.5

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秋津羽

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