このサイトは

英国史上まれに見る極悪人として名高いリチャード三世の真の人物像を探ることを目的としています。
シェイクスピアの描いたリチャード三世以外のリチャード三世像があることを、一人でも多くの方に知っていただければ幸いです。
2012年9月12日、レスターのグレイフライヤーズ修道院跡からリチャード三世の遺骨が発掘されました!(2013年2月4日に調査結果が発表されました)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『リチャード三世を愛した女』 (The Reluctant Queen)

リチャード三世妃アン・ネヴィルが主人公の歴史小説



今月発売になった、もう1冊のリチャード三世関連本。立て続けに出版されるとは一体どうしたことだ(嬉しい悲鳴、というか、驚き)。こちらもMlle Cさんにご紹介いただいた。Mlle Cさん、どうもありがとうございました。



リチャード三世を愛した女  (原題 The Reluctant Queen: The Story of Anne of York 1990)リチャード三世を愛した女
ジーン・プレイディー(著)  友清 理士(訳)

ISBN: 978-4894490611; バベル・プレス 2520円(税込)

>>Amazonで見る  >>紀伊国屋で見る



本の紹介文は次の通り

キングメーカー・ウォリック伯を父にもつ少女アン・ネヴィルはグロスター公リチャードとの間に淡い思いを通わせていた。
だが、父と国王の不和をきっかけに、アンも激動の乱世の渦中に投げ込まれる―。
同盟関係がめまぐるしく変転するばら戦争の進行を、敵味方に引き裂かされながらもリチャード三世と添い遂げ、イングランド王妃にまでなったアンの視点を通して描き出す。





The Reluctant Queen: The Story of Anne of York
この小説の原題は"The Reluctant Queen"という。Reluctant というのは、いやいやながら、とか、不承不承、という意味だから、「王妃になりたくなかった王妃」というところか。でも、その邦題じゃ、「アン・オブ・ヨークの話」という副題があっても、何が何やら分からないな(日本では)。実を言うと、『リチャード三世を愛した女』という題名を知った時、微妙だ……と思ったのだが、色々考えると悪くない題名かも。



著者のジーン・プレイディー(Jean Plaidy 本名 Eleanor Hibbert, 1906-1993)は、歴史フィクションで有名な英国の作家である。
"The Reluctant Queen"は、Queens of England Series の8冊目。"The Sun in Splendour"(1982年)というエドワード四世、リチャード三世を扱った小説も書いている(Plantagenet Saga の14作目)。
注:Sharon Kay Penmanにも"The Sunne in Splendour"というリチャード三世の小説があるが、別の作品である。今までに何人もの作家がこの題名で小説を書いているようだ。



Jean Plaidyの名は以前から知っていて、作品に興味もあったのだが、8つも筆名を持ち歴史フィクションを200冊以上書いている、ということは、先日掲示板でLeiさんに教えていただいて知った。200冊!それほど多作だとは。

ちなみに、8つの筆名は、Jean Plaidyの他、Victoria Holt、 Philippa Carr、Eleanor Burford、Anna Percival、Elbur Ford、Kathleen Kellow、Ellalice Tate。



この邦訳本を買うか、それとも、この機会に原書を買って読むか、迷ったのだが、原書を注文した。未読(本)・未見(DVD)の山があるのにどうするんだ!という心の声は無視することにする(笑)



【追記】 2007.11.3



[Link]リチャード三世~歴史とフィクション (http://www.h4.dion.ne.jp/~room4me/ 内) おすすめ!



『リチャード三世を愛した女』の翻訳者 友清 理士氏のサイト。リチャード三世の「罪状」(とされるもの)と謎について、年表、史料の紹介等、とても詳しく、かつ、わかりやすくまとめられている。



こちらのサイトは、『リチャード三世を愛した女』で検索して見つけました。以前拝見したことがあるサイトだけれど、その時は確かリチャード三世の項はなかったなー、凄い凄い!と興奮しながら見ていたら、翻訳者の友清氏のサイトでした。
簡にして要を得た解説で、私がそのうち書こうと考えていた(けれど書いていない)重要ポイントもしっかり書かれており、拙ブログなど要らないのではないかと思うのですが、ブログはのろのろと続けます(^^)


Copyright(C)since2005 白い猪亭


スポンサーサイト

『リチャード三世は悪人か』

今月発売されたリチャード三世関連本の1冊。シェイクスピア劇と歴史、両面からのアプローチらしい。
Le Journal de La Princesse frivole の Mlle Cさんにご紹介いただきました。ありがとうございました!



リチャード三世は悪人か (NTT出版ライブラリーレゾナント 39)
リチャード三世は悪人か

小谷野 敦 (著)

ISBN: 978-4757141674; NTT出版 1680円(税込)

>>Amazonで詳しく見る  >>紀伊国屋で詳しく見る  >>楽天ブックスで見る


第1部 リチャード三世の真実
 百年戦争からばら戦争へ;シェイクスピアのリチャード三世;リチャード三世論争史;誰が二人の王子を殺したか;伝説から史実へ


第2部 シェイクスピア劇と史実
 『マクベス』とその史実;伝説の中のリア王;オセロウは黒人か?





NTT出版による紹介文は下記のとおり

日本でも人気の高いシェイクスピア劇『リチャード三世』。そこで描かれるリチャード三世の姿はしかし、実在のイングランド王、リチャード三世とは大きくかけ離れたものだった! 本書は『もてない男』の著者にしてすぐれた英文学者でもある小谷野敦が、当時の貴重な未邦訳文献を読み解き、真実のリチャード三世の姿に迫っていくスリリングな試み。シェイクスピアはなぜ「リチャード三世」を醜い悪人として描いたのか? そして、この「リチャード三世悪人説」はどのようにして定着していったのか? 文学作品に描かれる歴史と史実とではいかに大きな違いがあるのか、ということを明らかにしていく。第Ⅱ部では「マクベス」「リア王」「オセロ」などのシェイクスピア作品をユーモアたっぷりに読み解く。



私は未入手なのだが、「当時の貴重な未邦訳文献」というのがとても気になる。年代記とか?勅許状とか?手記とか?書簡とか?
Shangmei et 理査 さん、読了されましたら、是非御感想をお聞かせくださいね~


Copyright(C)since2005 白い猪亭


Happy Birthday Richard! ―(珍しい)肖像画―

本日はリチャード三世の555回目の誕生日です!

振り返ってみると、王様の昨年のお誕生日に、「近いうちにレスターのことを書く」つもりでいた、ようだ……1年経っても書き終えていないとは。とりあえずは、"レスター案内"を完結させるつもりでいます。お付き合いいただけますと幸いですm(__)m

さて、今回は、リチャードの珍しい肖像画をご紹介したいと思う。

Richard III, From a Painting on Glass belonging to Trinity College, Cambridge.

Paston Letters (パストン家書簡集) 挿絵

Paston letters : Original Letters, Written during the Reigns of Henry VI, Edward IV, and Richard III (1859) より
(Link先はGoogle Book Searchの該当ページ)

1840年(Charles Knight, London)および1859年(H. G. Bohn, London)発行の書籍に、この挿絵がある。

RICHARD III.
From a Painting on Glass belonging to Trinity College, Cambridge.

というキャプションがついている。



この絵を偶然みつけた時は、小躍りして喜んだ。
な、何だか、美少年ぽいではないか!……ひょっとしてエドワード五世と混同しているのではないか、という疑いをとっさに抱いてしまったのだが、鎧をつけてるからエドワード五世ということはないだろう。それでも、誰か別人と間違っているのではないか、という疑いは捨てきれないのだが。えーと、例えばリチャード二世とか。
ナショナル・ポートレート・ギャラリーの肖像画の劣化コピーとしか思えない絵は良く見かけるが、こういうのは初めてだ。

このガラス絵、実物がまだあるならば画像が見たいと思って探したのだが、さっぱり分からない。Trinity
College のどこにあったのか、いつ頃のものなのか、そもそも現存するのか。

ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジは、1546年に、ヘンリー八世により、ケンブリッジ大学の学寮の一つとして建てられた。ヘンリー八世の建てたカレッジにリチャード三世の絵が飾られていたのは不思議な気もするが、この挿絵の載っている版が出版されたのは、19世紀半ばであるから、比較的新しい絵の可能性もある。

◇ Paston Letters (パストン家書簡集) について

パストン家書簡とは、15世紀・ばら戦争下のイングランド(ノーフォーク)に暮らしたジェントリの一族(パストン家)が残した手紙・文書である。その数は膨大で、総計1000点以上にのぼる。

ジェントリ Gentry(紳士階級とか卿紳と訳されることもある)とは、物凄く単純に言うと、地主階級である。貴族 Peer ではない平民だが、平民と聞いて想像されるような庶民ではなく、準貴族とでもいうべき(下級の)支配階層であった。治安判事等の地方の行政職に就いたり、議会の庶民院を構成していたのは、彼らである。



パストン家の人々は、当時のイングランドにおいて、取り立てて重要な活躍をしたわけではないが、自分達の日常を綴った大量の書簡により、不滅の名を残すこととなった。荘園を巡る争いや訴訟問題、その他、結婚の交渉、息子の学費、買い物の指示、家族間のいさかい、といった記述の間には、見聞きした歴史上の事件の断片も記されている。
これらの書簡は、中世イングランドの社会を考える上で貴重な史料となっている。

パストン家書簡が世に知られたのは、1787年。ノーフォークのジェントリでアマチュアの歴史研究家だったジョン・フェン John Fenn が、『ヘンリー六世、エドワード四世およびリチャード三世の御代にさまざまなる貴顕の士々によって書かれた直筆書簡集』というタイトルの2巻本を出したのが最初である。もっとも、タイトルに偽りありで、書簡のほとんどは、3世代にわたるパストン家とその周囲の人々の手によるものだった。この書簡集は宮廷や文学愛好家の間で大評判になり、フェンは当時の国王ジョージ三世により、ナイトに叙された。



続いて、フェンは3巻と4巻を出版し、フェンの死後、5巻をフェンの甥が出版した。
その後、1870年代にはジェイムズ・ガードナーが3巻本を刊行(1890年代に6巻まで刊行)、1904年には同じくガードナーが新たな版を刊行した。1971~1976年にノーマン・デイヴィスが2巻本の新版を刊行し、現在はこれが標準版とされている。



第1次ばら戦争の間に、リチャード達兄弟(マーガレット、ジョージ、リチャード)は、パストン家所有の屋敷で暮らしていたことがある(母のヨーク公妃セシリィがロンドンの屋敷を借りた)。

また、Society of Antiquaries of London(ロンドン古物協会)所蔵のリチャード三世とエドワード四世の肖像画を所有していたのはパストン家である。
 リチャード三世の肖像画   エドワード四世の肖像画

【Link】 BBC - History - Paston Family Letters (英語)

《パストン家書簡に関する書籍(和書) 2点》



中世の家族―パストン家書簡で読む乱世イギリスの暮らし中世の家族―パストン家書簡で読む乱世イギリスの暮らし
(原題 A MEDIEVAL FAMILY : The Pastons of Fifteenth-Century England)


フランシス・ギース <Frances Gies>, ジョゼフ・ギース <Joseph Gies> (著)
解説:佐藤 賢一
ISBN: 4022575972; 朝日新聞社 2001年
3150円(税込) 絶版



一般の(歴史専門でない)出版社からこんな本も出ていたのか!と狂喜乱舞した1冊(知った時点で既に絶版だったが…)

中世イギリスに生きたパストン家の女性たち―同家書簡集から
中世イギリスに生きたパストン家の女性たち―同家書簡集から


社本 時子(著)
ISBN: 4422230026; 創元社 1999年
1995円(税込) 絶版




こちらも興味はあるのだが、未読
各章のタイトルは次のとおり

第1章 『パストン家書簡集』/第2章 パストン家の成立過程/第3章 気難しいアグネス/第4章 試練にたえたエリザベス/第5章 一家のヒロイン、マーガレット/第6章 初恋を貫いた長女マージョリー/第7章 パストン家に嫁いだマージョリー・ブルーズ


Copyright(C)since2005 白い猪亭


白い猪亭

秋津羽

Author:秋津羽

カテゴリ
メニュー
最新記事
バックナンバー

2015年 11月 【1件】
2014年 12月 【1件】
2014年 11月 【1件】
2014年 08月 【1件】
2014年 04月 【2件】
2014年 03月 【1件】
2014年 02月 【1件】
2014年 01月 【1件】
2013年 12月 【2件】
2013年 11月 【2件】
2013年 10月 【1件】
2013年 09月 【1件】
2013年 08月 【3件】
2013年 07月 【1件】
2013年 06月 【1件】
2013年 05月 【1件】
2013年 04月 【5件】
2013年 03月 【5件】
2013年 02月 【5件】
2013年 01月 【1件】
2012年 12月 【2件】
2012年 11月 【2件】
2012年 10月 【2件】
2012年 09月 【4件】
2012年 08月 【2件】
2012年 07月 【3件】
2012年 06月 【1件】
2012年 05月 【2件】
2012年 04月 【1件】
2012年 03月 【1件】
2012年 02月 【2件】
2012年 01月 【6件】
2011年 12月 【1件】
2011年 11月 【1件】
2011年 10月 【3件】
2011年 09月 【1件】
2011年 08月 【3件】
2011年 07月 【2件】
2011年 06月 【3件】
2011年 05月 【4件】
2011年 04月 【1件】
2011年 03月 【3件】
2011年 02月 【1件】
2011年 01月 【4件】
2010年 12月 【2件】
2010年 11月 【5件】
2010年 10月 【4件】
2010年 09月 【6件】
2010年 08月 【5件】
2010年 07月 【6件】
2010年 06月 【1件】
2010年 05月 【4件】
2010年 04月 【3件】
2010年 03月 【6件】
2010年 02月 【8件】
2010年 01月 【8件】
2009年 12月 【2件】
2009年 11月 【15件】
2009年 10月 【5件】
2009年 09月 【3件】
2009年 08月 【3件】
2009年 07月 【1件】
2009年 06月 【1件】
2009年 05月 【5件】
2009年 04月 【1件】
2009年 03月 【12件】
2009年 02月 【9件】
2009年 01月 【6件】
2008年 12月 【3件】
2008年 11月 【1件】
2008年 10月 【7件】
2008年 09月 【1件】
2008年 08月 【10件】
2008年 07月 【10件】
2008年 06月 【4件】
2008年 05月 【1件】
2008年 04月 【1件】
2008年 03月 【7件】
2008年 02月 【2件】
2008年 01月 【5件】
2007年 12月 【1件】
2007年 11月 【1件】
2007年 10月 【3件】
2007年 09月 【2件】
2007年 08月 【6件】
2007年 07月 【2件】
2007年 06月 【2件】
2007年 05月 【2件】
2007年 04月 【9件】
2007年 03月 【3件】
2007年 02月 【6件】
2007年 01月 【3件】
2006年 12月 【8件】
2006年 11月 【4件】
2006年 10月 【7件】
2006年 09月 【27件】
2006年 08月 【5件】
2006年 07月 【8件】
2006年 06月 【9件】
2006年 05月 【8件】
2006年 04月 【7件】
2006年 03月 【8件】
2006年 02月 【10件】
2006年 01月 【7件】
2005年 12月 【11件】
2005年 11月 【5件】
2005年 10月 【7件】
2005年 09月 【19件】

検索フォーム
最近のコメント
Bookmark
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。