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英国史上まれに見る極悪人として名高いリチャード三世の真の人物像を探ることを目的としています。
シェイクスピアの描いたリチャード三世以外のリチャード三世像があることを、一人でも多くの方に知っていただければ幸いです。
2012年9月12日、レスターのグレイフライヤーズ修道院跡からリチャード三世の遺骨が発掘されました!(2013年2月4日に調査結果が発表されました)

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"ロンドン塔の王子達"の絵画 5

"ロンドン塔の王子達"の絵画 1 > 絵画 2 > 絵画 3 > 絵画 4 > 絵画 5 |エドワード五世の肖像



The Princes in the Tower



"ロンドン塔の王子達"をモチーフにした絵画をまたみつけた。
ヴィクトリア朝時代の英国の画家ヘンリエッタ・ワード(Henrietta Ward; 1832-1924)による作品である。



ロンドン塔の王子達



ヘンリエッタ・ワード(Henrietta Ward)作
1861年


Rochdale Art Gallery(ロッチデイル、ランカシャー)所蔵



向かって左が弟王子のヨーク公リチャードと思われるが、彼の後ろにいる男性は誰なのだろう。気になる。



ヘンリエッタ・ワードの絵をみる>> (The Artchive Web Gallery)



ヘンリエッタ・ワードの絵をみる>> (Women's Art: 1893 World's Exposition)



ヘンリエッタ・ワードの絵をみる>> (Christie's)



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歴女

先月のNHK BS『COOL JAPAN』で「ヒーロー Heroes」という回があり、歴女なる人達が紹介されていた。伊達政宗のことを藤次郎と呼んだりする女性達の飲み会が映り、
楽しそうだな、いいなー、羨まし―(リアルで話せる人いないよ、私)
と思うと同時に、ある意味、我が身を見ているような気分になった



一般的に言って、いや一般的じゃなくても、オタクだよなー、彼女達。
じゃあ、他の国の500年以上前の王様に嵌まってる自分ってどんだけ(以下自粛)
非常に複雑な思いを抱かされたのであった。



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リチャード三世の指輪

Bridgeman Art Library のサイトで、リチャード三世のものとされる指輪の写真を見つけた。



King Richard's Ring (gold & precious stone)





金と貴石からなり、有名な肖像画の指輪にちょっと似ている。
 参考記事:リチャード三世の肖像 1



石の種類は分からないが、彫刻が施されているようだ。インタリオ(陰刻、沈み彫り)のように見える。これは印章指輪(signet ring)ではなかろうか。
周りのゴールドの部分にも何か刻まれている。アルファベットのような気もするが、はっきりしない。



プライベート・コレクションとのことだが、それ以上の情報はわからない。
どなたか、この指輪について何かご存じないでしょうか?





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マーガレット・オブ・ヨークの墓 [ベルギー・メッヘレン]

リチャード三世の姉マーガレット・オブ・ヨークの墓が現存しない、ということを知って唖然としたのは3年以上前のことだ。Mlle Cさんの記事(マーガレット・オブ・ヨークはどこにいる?)によると『宗教戦争の間に(マーガレットの)墓は跡形もなく破壊され』たという。



破壊された?破壊されただとー!?

何ということだ……墓壊され姉弟(号泣)





2000年10月に、Richard III Society は、マーガレット・オブ・ヨークのかつての墓所を示す銘板をベルギーのメッヘレンに設置した(10月21日に除幕)。
Society のサイトには記事は残っていないが、Internet Archive で当時の記事を見つけることができた(写真も一部見ることができる)。
 >>Mechelen Plaque Update



(左) マーガレット・オブ・ヨーク
1477年頃 ルーブル美術館所蔵





マーガレット・オブ・ヨーク(1446-1503)はメッヘレン Mechelen (当時の名は Malines)に宮廷を設けていた。
ベルギー・フランダース観光局による紹介文によると、メッヘレンは


ルーヴェンと同じくダイル川沿いに発展した町で、もともとはフランドル伯の領地でした。1473年にブルゴーニュ公シャルル豪胆王が会計院を置き、1503年にはブルゴーニュ公国の議会が設置されました。さらに1506年にネーデルラントの統治者であるオーストリアのマルガレータ王妃が王宮を定めてからは、ネーデルラントの首都として輝かしい時代を築きました。オーストリアのマルガレータはスペイン王カール五世の叔母で、カール五世もメッヘレンで育ちました。王宮がブリュッセルに移された1531年からは勢いを失いますが、17-18世紀には「メッヘレンレース」の生産によって再び活気を取り戻します。



「オーストリアのマルガレータ王妃」という言い方が引っかかるが、あまり気にしないことにする。……彼女は各国語で「オーストリアのマルグリット/マルガレーテ/マルガリータ/マルゲリータ/マルガレータ(マルハレータ)」と呼ばれるが、「オーストリアの王妃」だったことはない。彼女は、フランス王の婚約者、スペイン王太子妃(アストゥリアス公妃)、サヴォイア公妃であった。「オーストリアの」と呼ばれるのは、オーストリア大公女でもあったからだろう。
また、「王宮を定めて」とあるが、「王」宮ではないのでは?<歴史オタクはうるさい
あと、重箱の隅をつつくと、神聖ローマ皇帝カール五世は、スペイン王としてはカルロス一世になる。



マーガレット・オブ・ヨークは彼の地の人々に愛され、1503年に亡くなった際には盛大な葬儀が営まれた。彼女はフランシスコ会修道院の教会に葬られた。Society の記事には 'on the threshold of the choir' (聖歌隊席の入り口に)とあるから、教会の内陣に埋葬されたのだろう。



教会があった場所は、現在は文化センター(Cultuurcentrum Mechelen)になっているとのこと。銘板はその外壁に設置された。



Cultuurcentrum Mechelen の写真はこちら(だと思う)。



Cultuurcentrum Mechelen の地図はこちら ↓




大きな地図で見る





上記の記事には次のように書かれている。


During the wars of religion the tomb was destroyed, leaving not a trace,
宗教戦争の間に[マーガレットの]墓は跡形もなく破壊され



「宗教戦争」ってどの戦争だよ、ちゃんと書いてくれよ、と思ったが、どうも80年戦争(ネーデルラント独立戦争)のことのようだ(「オランダ独立戦争」の呼び名の方が有名かも)

戦争が始まって5年目、1572年10月に、メッヘレンの街はスペイン軍により焼かれ、略奪を受けた。当時ネーデルランド総督だった3代アルバ公フェルナンド・アルバレス・デ・トレド(1507-1582)の軍による。

また、1580年には、イングランド軍―オラニエ公ヴィレム(1533-1584)の同盟軍―により略奪が行われた(当時のイングランドの君主はエリザベス一世)。
いずれかの時に墓が壊されたのではなかろうか。メッヘレンはこの他にもスペイン軍、反乱軍双方に何度か占領されたようなので、その際に破壊されたのかもしれないが、いずれにしてもフェリペ二世(1527-1598 在位1556-1598)治世の可能性が高いように思われる。



フェーリーペー。御先祖の墓(血はつながってないけど)ちゃんと修復しろよな!
マーガレットはブルゴーニュ公国に尽くして(勿論ヨーク派の支援もしたが)、継娘亡き後も(義理の)婿のマクシミリアン一世を助けたのに。ブルゴーニュ公国がなかったら、後のハプスブルクの繁栄もなかったんだからねっ!ううっ、どうして修復してくれなかったんだよう(涙)





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レスター観光地図(リカーディアン版) 修正完了

不具合が生じていた、というかFirefoxで見られなくなっていたレスター観光地図(リカーディアン版)。昨年中途半端に修正して放っておいたら、いつの間にかIEでもまた見られなくなっていました……
先日、ようやく復旧させました。今度は(たぶん)大丈夫な筈。


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伝言板 6

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この伝言板は閲覧のみです。新たなコメントは新しい伝言板にお書きください。 (2010.7.17)



記事を利用した「伝言板」です。
「特定の記事と関係のないコメント」など、どの記事にコメントしようか迷った時は、こちらをご利用ください。

「国盗人(くにぬすびと)」 野村萬斎 演出・主演 <再放送>

「国盗人」―W.シェイクスピア「リチャード三世」より (2007年)
主演・演出 野村萬斎
脚本 河合祥一郎



NHK BS2で今週末に放送される。「国盗人」は2009年12月にも上演(再演)されたが、今回放送されるのは、2007年6月~8月にかけて上演された1回目の舞台。2007年に放送された時は録画し損ねたので、再放送されて嬉しい♪



野村萬斎師主演・演出 「国盗人」 (2007年7月)
2010年1月9日(土) 0:50~3:50 NHKBS2 ミッドナイトステージ館
◇ NHK公式サイト
http://www.nhk.or.jp/bs/mdstage/



シェイクスピアの戯曲『リチャード三世』を下敷きとし、狂言の手法を用いて演出した舞台。狂言の演者のみならず、現代演劇で活躍する俳優さんも出演している。
戦乱の世の日本を舞台とし、ばら戦争を「白薔薇家」と「赤薔薇家」の対立に置き換えている。
萬斎師が演じるのは「悪三郎(リチャード三世)」。



リチャード三世 河合祥一郎 訳

国盗人

『リチャード三世』は多数の邦訳が出ているが、『国盗人』の脚本を書かれた河合祥一郎氏による訳(注釈つき)は『新訳 リチャード三世』 角川文庫



『国盗人』の単行本も出版されました。




【主な配役】



  • リチャード三世妃アン[杏] & エドワード四世妃エリザベス[王妃] & ヘンリー六世妃マーガレット[政子] & ヨーク公未亡人=リチャード達兄弟の母[皇太后]……白石加代子

  • クラレンス公ジョージ[善二郎] & スタンリー卿[右大臣] & リッチモンド伯ヘンリー[理智門]……今井朋彦

  • バッキンガム公[久秀]……石田幸雄

  • ヘイスティングズ卿[左大臣]……大森博史

  • エドワード四世[一郎] & 市長……山野史人



『リチャード三世』における役名 [『国盗人』における役名]





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1月の出来事

1月1日(1477年)
リチャード・プランタジネット死去
[クラレンス公ジョージの次男・夭折]
1月1日(1515年)
フランス王ルイ12世崩御
1月4日(1483年)
フランシス・ラヴェル、子爵に叙される
1月5日(1477年)
ブルゴーニュ公シャルル、ナンシーの戦で戦死
1月9日(1539年)
モンタギュー卿ヘンリー・ポール処刑される
[サー・リチャード・ポールとソールズベリ女伯マーガレット・ポール(クラレンス公ジョージの長女)の長男]
1月12日(1519年)
神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世崩御
1月15日(1467年)
ブルゴーニュ公フィリップ("善良公")死去
ブルゴーニュ公シャルル("突進公")即位
1月15日(1478年)
ヨーク公リチャード(エドワード四世の次男)とノーフォーク女伯アン・モーブレイ、結婚
1月18日(1486年)
ヘンリー七世とエリザベス・オブ・ヨーク、ウエストミンスター・アベイにて結婚
1月22日(1485年)
サー・ジェイムズ・ティレル、ギーヌの副総督(Lieutenant of Guîsnes)に任命される
1月23日(1484年)
リチャード三世、議会を開催
1月28日(1457年)
ヘンリー七世、ペンブルク城で誕生
1月29日(1446年)
エドマンド・プランタジネット、ラトランド伯に叙される
[3代ヨーク公リチャード・プランタジネットの3男]





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