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英国史上まれに見る極悪人として名高いリチャード三世の真の人物像を探ることを目的としています。
シェイクスピアの描いたリチャード三世以外のリチャード三世像があることを、一人でも多くの方に知っていただければ幸いです。
2012年9月12日、レスターのグレイフライヤーズ修道院跡からリチャード三世の遺骨が発掘されました!(2013年2月4日に調査結果が発表されました)

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本当のボズワース・フィールド

陛下の命日(8月22日)にこの記事をUPするつもりだったのだが、フライングして1ヶ月前にUPすることにした。



1485年8月22日、リチャード三世はボズワースの戦に敗れ、戦死した。
この戦場の位置については、これまで議論が行われてきたが、2010年2月、実際に戦が行われた場所が特定されたと発表された。従来考えられていた場所―アンビオン・ヒル付近―よりも3km南西である。



 ◇従来考えられていた場所について:ボズワース・フィールド Bosworth Field [ボズワース]



The Battlefield's Trust は、2005年から100万ドル以上かけ近隣の土地の発掘調査を行っていた。そして、2009年の10月、考古学者の Glenn Foard 博士が、戦場は従来考えられていた場所ではなかったと発表した。大まかな場所は明かされたが、盗掘を危惧し、その正確な場所は秘された。2010年2月、古戦場は、フェン・レーン Fenn Lane と呼ばれるローマ時代の道をまたぐ場所で、Alf Oliver 氏所有 のFenn Lane Farmであると発表された。Fenn Lane Farm は、1957年以来、Oliver 家が所有している。






発掘により、30mm~94mmのサイズの砲弾や弾丸が見つかった。その数は、15世紀および16世紀のヨーロッパの古戦場で見つかった全ての砲弾・弾丸を集めた数よりも多い。また、15世紀ブルゴーニュ公国の銀貨や、エドワード四世の銀貨、鎧の一部、銀製の剣の鍔の一部なども見つかっている。



特筆すべきが、Fen Hole と呼ばれる場所の端で発見された、1.5インチ(約3.81cm)の大きさの猪のバッジ(徽章) である。白い猪はリチャード三世のバッジであった。
銀メッキされていることから、リチャードの最後の突撃に従った、王の扈従のナイトが身に着けていたものと推測されている。1470年から1485年に作られたと思われ、1483年のリチャードの即位を祝って作成されたものかもしれない。
大英博物館所蔵のリチャードのバッジ、"The Chiddingly Boar"に割と似ている("The Chiddingly Boar"の画像は大英博物館のサイトで)。



Fen Hole は中世には沼地だった場所で、現在でも季節によりぬかるむらしい。Oliver 氏が冬小麦の栽培に使っている土地とのこと。



なお、ヘンリー七世が戦の後に戴冠した場所は、Fenn Lane Farm 近く(南東)の小さな丘、Stoke Golding の Crown Hill と推測されている。ヘンリー七世が戴冠したという逸話のあった場所である。



新たに発見された古戦場(現在のFenn Lane Farm)の地図 ▽ 中心がFen Hole付近
Fenn Lane Farm, Fenn Lane, Upton, Nuneaton, Warwickshire CV13 6BL, United Kingdom




大きな地図で見る



【リンク】



Bosworth Battlefield - Archaeological Finds



Bosworth Battlefield - Battlefield Found!



Bosworth Battlefield - Statement by Glenn Foard (Oct 2009)



Real location of Richard III's Battle of Bosworth found after 500 years | Mail Online (2010.2.20)



Archaeologists pinpoint site of Battle of Bosworth | Science | guardian.co.uk



Alf's field is official Battle of Bosworth site | This is Leicestershire



Battle boar declared treasure | This is Leicestershire



How Bosworth boar has helped to rewrite history | This is Leicestershire



最終更新日:2010.7.23




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伝言板 7

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この伝言板は閲覧のみです。新たなコメントは新しい伝言板にお書きください。 (2011.5.21)



記事を利用した「伝言板」です。
「特定の記事と関係のないコメント」など、どの記事にコメントしようか迷った時は、こちらをご利用ください。

リチャード三世の非嫡出子

リチャード三世と妃アン・ネヴィルとの間には嫡出子が一人生まれた。エドワード・オブ・ミドゥラム(ミドルハム)である。その他にリチャード三世には3名(もしくは2名)の非嫡出子がいたとされている。



  • ジョン・オブ・グロースター (c.1470-1491/1499)

  • キャサリン・プランタジネット (-b.1487)

  • リチャード・プランタジネット  (1469-1550)


いずれも結婚(1472年)前の子供と考えられる。





1. ジョン・オブ・グロースター John of Gloucester (John of Pomfret) (c.1470-1491/1499)



もっともよく知られている非嫡出子。
彼は、1485年3月11日にカレー総督 Captain of Calais に任命された。しかし、それより前、1484年11月には既にカレーにいたことが知られている。
ヘンリー七世即位後の1486年に、年20ポンドの年金を認められた。しかし、アイルランドでの反逆行為に関与したとの名目で、1491年(1499年という説あり)に処刑された。処刑前の数年間は投獄されていたと考えられている。



2. キャサリン・プランタジネット Katherine Plantagenet (-b.1487)



生母は不明だが、Katherine Haute という侍女が母だという説がある。この説のもととなっているのは、当時の年金の記録と、リチャードの非嫡出子の一人の名前がキャサリンである点である。Haute 家はウッドヴィル家の親族である。

キャサリン・プランタジネットは、1484年5月以前(1483年?)に、ハンティンドン伯ウィリアム・ハーバート(c.1455-1491)と結婚した。なお、彼の最初の妻はエリザベス・ウッドヴィルの妹メアリである。リチャード三世はこの結婚の費用を全て出し、彼らに所領を与えた。彼女は1487年11月以前に亡くなった。二人の間に子供はいなかった。



3. リチャード・プランタジネット Richard Plantagenet (Richard of Eastwell) (1469-1550)



上記の2人の他に、リチャードという非嫡出子がいたと推測されているが、詳細は謎に包まれている。
彼については別記事 リチャード・プランタジネット(リチャード・オブ・イーストウェル)で。



最終更新日:2012.1.30




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Lord Darcy(ダーシー卿シリーズ) 2

Lord Darcy 1 > Lord Darcy 2 ]



主人公のダーシー卿とワトソン役のマスター・ショーンをはじめとして、登場人物のキャラが立っている。



ダーシー卿は、王弟ノルマンディ公爵の主任捜査官である。初登場時には「三十代の背の高い、茶色い髪の男で、細面の、なかなかハンサムな顔立ち」で「英仏語を話したが、イギリス[イングランド]の強いなまりがあった」と描写されている([ ]内は秋津羽。「藍色の死体」(『
術師を探せ!
』所収)では「国王は三十歳でダーシー卿より数歳若いだけ」という記述がある(39年戦争時にダーシー卿18歳とすると、1963年時に41-42歳の筈だが……)。ダーシー卿には<タレント>はなく魔術は使えないが、推理力に優れ、マスター・ショーン曰く「是認されていない仮説から必然的結論へと一足とびにとびうつる能力」をもっている。



マスター・ショーンは、教会に認可されたマスター魔術師で、専門は法廷魔術。ノルマンディ公爵の主任法廷魔術師であり、捜査の証拠固めをするのは彼である。背の低い「赤ら顔に微笑をうかべた、ずんぐりした男」で、魔術について説明する時は「教師ぶった口調」になり、アイルランド訛りが消える。



脇役では、国王兄弟が凄く良い♥ 国王ジョン四世は『藍色の死体』時に30歳、王弟ノルマンディ公爵リチャードは10歳年下だから20歳。別に、長身・金髪・美形の兄弟だからではなく、言動が良い。
臣下(ダーシー卿)があとずさりして部屋を出なくてすむように背を向ける、ジョン四世陛下萌え。「わが兄、国王は、今回の件以上に重要な国家機密を託せるほどに、ダーシー卿を信頼している」と、答えなくてもよいことまで答えるリチャード殿下萌え。



印象的なのが『魔術師が多すぎる』に出てくるダーシー卿の従兄弟、ロンドン侯爵だ。
すごく肥満していて、体重は20ストーン(約152キロ)もあり、(ダーシー卿によると)怠惰でけちんぼう。めったに邸を離れることはなく、犯罪捜査のために邸を出たことはただの一度もない。すばらしい推理力を持ち、主任捜査官の口頭の報告を聞いただけで、とても複雑な事件を、ぴたりと解決することがある。植物の栽培に情熱をかけており、邸に植木室を持っている。
邸を離れないロンドン侯爵の代わりに行動し、彼の目となり耳となっているのが、侯爵の主任捜査官ポントリオンフィ卿。かなり長身の、どちらかといえば美男子で、なかなかもてるらしい。話術にたけ、記憶力が良い。
探偵ネロ・ウルフと助手のアーチーを髣髴とさせる設定である。ネロ・ウルフのパロディ、と言うか、オマージュなのだろう。作品のタイトル『魔術師が多すぎる(Too Many Magicians)』も、ネロ・ウルフものの『料理長が多すぎる
(Too Many Cooks)』を思い起こさせる。



【作品リスト】 ()内は発表年



  • その眼は見た The Eyes Have It (1964):1963年の設定

    魔術師を探せ!』所収


  • シェルブールの呪い A Case of Identity (1964):1964年1月の設定

    魔術師を探せ!』所収


  • 藍色の死体 The Muddle of The Woad (1965):1964年5月の設定

    魔術師を探せ!』所収


  • 魔術師が多すぎる』 Too Many Magicians (1967):1966年10月の設定


  • 想像力の問題 Stretch of the Imagination (1973):1972年10月の設定

    別冊奇想天外13号「SF MYSTERY大全集」所収


  • 重力の問題 A Matter of Gravity (1974):1974年4月の設定

    『SFミステリ傑作選』(講談社文庫 風見潤編)所収


  • イプスウィッチの瓶 The Ipswich Phial (1976):1975年 or 1976年の設定

    『SF九つの犯罪』(新潮文庫)所収


  • 十六個の鍵 The Sixteen Keys (1976)

    ハヤカワミステリマガジン(2006年2月号)所収


  • 苦い結末 The Bitter End (1978)

    SF宝石(1980年2月号)所収


  • ナポリ急行 The Napoli Express (1979):「十六個の鍵」の後日譚

    SF宝石(1981年4月号)所収


  • The Spell of War (1979):1939年秋の設定(チャールズ三世治世) ダーシー卿18歳
    未訳


Lord Darcy 1 > Lord Darcy 2 ]





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Lord Darcy(ダーシー卿シリーズ) 1

[ Lord Darcy 1 > Lord Darcy 2



科学の代わりに魔術が発達したパラレルワールドのヨーロッパを舞台としたミステリ




Lord Darcy

Lord Darcy

Randall Garrett (著)

シリーズ全作を収録


Amazon(日本)  
Amazon(米)  
Amazon(UK)



独特な用語があるが(世界観も独特!)英文自体は平易でとても読みやすい。未邦訳の短編が1編あり、邦訳のあるものも入手困難なものが多いので、興味のある方は是非原書でどうぞ。

なお、第1作 "The Eyes Have It" (邦題:その眼は見た)は Project Gutenbergからダウンロードできる。



魔術師を探せ!

魔術師を探せ!

ランドル・ギャレット (著)

短編集
「その眼は見た」「シェルブールの呪い」「藍色の死体」

ハヤカワ文庫 絶版(2005年に再版されたが、再び絶版となっている)


魔術師が多すぎる

魔術師が多すぎる

ランドル・ギャレット (著)

シリーズ唯一の長編

ハヤカワ文庫 / ハヤカワポケミス 絶版


一種の歴史改変物、パラレルワールド物であり、本格ミステリでもある。
英国とフランスが一つの大国となっており(英仏帝国)、もう一つの大国ポーランド(王国)との間にスパイ合戦が繰り広げられている。
主人公のダーシー卿は、王弟殿下ノルマンディー公リチャードの主任捜査官。彼は、腹心の法廷魔術師マスター・ショーン・オー・ロクレーンと共に、様々な事件を解決していく。



このパラレルワールドでは、<タレント>と呼ばれる特殊能力を持った者が訓練を受け、魔術師となる。魔術は法則に則って行われ、限界もあり、魔術で何でもできるというわけではない。
ストーリー上、魔術はミスディレクションとして使われていることが多く、ダーシー卿の推理は論理的に進められている。




ミステリとしての魅力もさることながら、歴史オタクにとっては、物語の設定も非常に興味深い。





舞台となっているのは、イングランド、フランス、スコットランド、アイルランドが一つとなった英仏帝国(the Anglo-French Empire)である。公用語はアングロ-ノルマン語(Anglo-Norman)ならぬ、英仏語(Anglo-French)。
統治しているのはプランタジネット王家だ。


 プランタジネットの一族は、八百年にわたって、努力と苦難の道を歩んできたのだった。血と汗と涙の八世紀であった。領土を確保し、拡大するため、剣や銃や見事な外交によって帝国の敵との戦いにあけくれた八世紀であった。
 帝国は耐えた。そして、すべての責務が国王ひとりの肩にかかり、もはやこれ以上耐えることができない、と全臣民が悟るまで、帝国は耐え続けるだろう。帝国は全臣民に、おのれの義務をつくすことを要求している。

「シェルブールの呪い」 『魔術師を探せ!』所収



8世紀にわたり存続するプランタジネット王家!なんて素敵!想像しただけでうっとりする(ちょっとおかしいという自覚はある、一応)。



「我々の」歴史では、"獅子心王"リチャード一世(1157年-1199年)は1199年にフランスのChalus(シャリュ)の城を攻撃中にクロスボウで受けた傷が元で死亡した。その後、弟の"欠地王"ジョン(1167年-1216年)が即位し、彼の子孫が王位を継承した。
しかし、このパラレルワールドでは、リチャード一世は Chaluz の包囲戦で負傷したが、九死に一生を得た。その後、王国を立派に統治し(Chaluz 以前は王国を顧みなかった)、領土を拡大し、1215年にはフランス・カペー朝を滅ぼした。リチャード一世が1219年に亡くなった時には、末弟のジョンは既に他界しており、32歳の甥(弟ジェフリーの息子)アーサーが即位し、善政を敷いた("アーサー善王"と呼ばれる)。それ以降も領土を拡大し、プランタジネット家が国を治めている。
……フランス人が読んだら激怒するだろう設定ではある。



  • 現在の国王はジョン四世。父はチャールズ三世、母はヘルガ王妃。弟はノルマンディー公リチャード。


  • ジョン四世の称号は、英語では、
    John IV, by the Grace of God, King and Emperor of England, France, Scotland, Ireland, New England, and New France, Defender of the Faith, ....
    (ジョン四世、神の恩寵により、イングランド、フランス、スコットランド、アイルランド、ニューイングランド、ニューフランスの国王にして皇帝、信仰の擁護者、……)


  • ニューイングランド、ニューフランスは、それぞれ北アメリカ大陸、南アメリカ大陸に相当する。


  • ジョン四世は神聖ローマ皇帝でもある。神聖ローマ帝国にはドイツとイタリアが含まれるが、皇帝の権力は限定されており、実際には統治しているとは言えない。イタリアでは議会の力が強い。


  • これまでの国王達は、ノルウェーやデンマークの王女達と数世紀に渡り婚姻を結んできた。


  • リチャード王はこれまで七名いた(七世まで)。


  • 国王の長男の帯びる称号はウェールズ公(Prince of Wales)ではなく、ブリテン公(Prince of Britain)。


  • 王位は長子相続制ではない。ジョン四世の死後は、彼の2人の息子(ブリテン公とランカスター公 Duke of Lancaster)と王弟ノルマンディー公リチャードの3名の中から、議会が国王を選ぶことになっている。


[ Lord Darcy 1 > Lord
Darcy 2





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7 月の出来事


7月2日(1492年)

エリザベス・テューダー誕生
[ヘンリー七世次女・夭折]


7月3日(1468年)

ブルゴーニュ公シャルルとマーガレット・オブ・ヨーク、結婚


7月4日(1471年)

グロースター公リチャード、ランカスター公領の主任家令(Chief Steward)に任ぜられる


7月6日(1483年)

リチャード三世、ウェストミンスター・アべイにて戴冠
アン・ネヴィル、王妃として戴冠


7月7日(1447年)

ウィリアム・プランタジネット、フォザリンゲイ城で誕生
[3代ヨーク公リチャード・プランタジネットの4男・夭折]


7月8日(1479年)

エドワード・オブ・サンクチュアリー(エドワード四世王太子)、マーチ伯、ペンブルク伯に叙される(18日という説も)


7月10日(1460年)

ノーサンプトンの戦


7月11日(1469年)

クラレンス公ジョージとイザベル・ネヴィル、カレーで結婚


7月16日(1486年)

サー・ジェイムズ・ティレル、ヘンリー七世の恩赦を受ける(2回目の記録)


7月17日(1471年)

エドワード・オブ・サンクチュアリー(エドワード四世王太子)、コーンウォール公に叙される


7月17日(1483年)

ロバート・ブラッケンベリー、ロンドン塔長官(Constable of the Tower of London)に任命される


7月21日(1483年)

リチャード三世、随行団を率いて巡幸を開始


7月22日(1455年)

アルスラ・プランタジネット、フォザリンゲイ城で誕生
[3代ヨーク公リチャード・プランタジネットの5女・夭折]


7月26日(1469年)

エッジコートの戦


7月29日(1504年)

初代ダービー伯トマス・スタンリー死去






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秋津羽

Author:秋津羽

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