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英国史上まれに見る極悪人として名高いリチャード三世の真の人物像を探ることを目的としています。
シェイクスピアの描いたリチャード三世以外のリチャード三世像があることを、一人でも多くの方に知っていただければ幸いです。
2012年9月12日、レスターのグレイフライヤーズ修道院跡からリチャード三世の遺骨が発掘されました!(2013年2月4日に調査結果が発表されました)

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Kindle + PB 多読 10

[関連記事] Kindleで読める多読用書籍 -LR・GR・その他(児童書中心)-



2011年5月の読書



  1. The History of England by Jane Austen
    3,459語

    "Love and Freindship and Other Early Works" 所収 >>Project Gutenberg からダウンロード


  2. I, Robot by Isaac Asimov (retold by Rowena Akinyemi)

    OBW5 22,500語 YL4.5

    Retold 版。邦題は『われはロボット』。


  3. But Was it Murder? by Jania Barrell

    CER4 17,184語 YL4.5


  4. Wizard's Children by Penelope Love

    Headlights 4 19,000語 YL4.0


  5. The Problem of Cell 13 by Jacques Futrelle (retold by Graeme and Silvia Thomson)

    BCT5 15,581語 YL4.5

    Retold 版。邦題は『十三号独房の問題』。


  6. The Tuesday Night Club by Agatha Christie

    4,700語(概算) YL7.5位

    邦題は「火曜クラブ」。

    "The Thirteen Problems(邦題は『火曜クラブ』)"所収 "アガサ・クリスティ短編集―Agatha Christie’s Best Stories" (講談社英語文庫)所収


  7. The Thumb Mark of St. Peter by Agatha Christie

    5,000語(概算) YL7.5位

    邦題は「聖ペテロの指のあと」。

    "The Thirteen Problems(邦題は『火曜クラブ』)"所収 "アガサ・クリスティ短編集―Agatha Christie’s Best Stories" (講談社英語文庫)所収


今月の合計 7点 87,424語
これまでの合計 1,867,503語
180万語通過






先月は絵本と児童書に疲れて読書ペースが落ちたようだったので、今月はレベル4のGRを中心に読んだ。比較的スムーズに読めたので、やはり、絵本と児童書が原因だったらしい。にも関わらず語数が少ないのは、後半失速したからである。後半に読んだのは、クリスティの短編2編と、PGR4の "The Canterville Ghost and Other Stories" の表題作のみ。まあ、こういう事もあるでしょう。粛々と多読は続けていきます。



************************************

OBW5: Oxford Bookworms Stage 5 1800語レベル 総語数18,000-24,000語

CER4: Cambridge English Readers Level 4 1900語レベル 語数17,000-20,000語

Headlights 4: RIC Headlights 4 2000語レベル

BCT5: Black Cat Reading & Training Step 5

PGR4: Penguin Readers Level 4 1700語レベル 総語数12000-41000語

OBW4: Oxford Bookworms Stage 4 1400語レベル 総語数14000-22000語





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伝言板 8

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この伝言板は閲覧のみです。新たなコメントは新しい伝言板にお書きください。 (2012.5.3)



記事を利用した「伝言板」です。
「特定の記事と関係のないコメント」など、どの記事にコメントしようか迷った時は、こちらをご利用ください。

エドワード四世の遺髪を納めた指輪、展示中

以前、エドワード四世の遺髪を納めた指輪について書いた(エドワード四世の髪と、ある指輪)が、この指輪が、現在銀座ミキモト本店の展覧会で展示されているとのこと。
Blanc Sanglier のじゅりーさんからTBでお知らせいただきました。どうもありがとうございました!



[Link] エドワード4世の髪入り指輪@銀座ミキモト本店(Blanc Sanglier):じゅりーさん



「指輪-その饒舌なる小宇宙の物語」古代エジプトから現代まで

ミキモト公式サイト

場所:ミキモト本店6階・ミキモトホール 東京都中央区銀座4-5-5 TEL:03-3535-4611

期間:2011/5/13(金)~5/29(日)

時間:11:00~19:00
入場料金:無料



「世界有数の指輪コレクターである橋本貫志(かんし)氏が所蔵する約850点の指輪の中から約60点を厳選し、4つの時代(1900B.C.~A.D.1400年代/1500~1600年代/1700~1930年代/1945年~現代)に分けて展示」、「約4000年前の古代エジプトの指輪、王妃マリー・アントワネットの髪が入った指輪など歴史的なものから現代の作品まで」展示とのこと。

私は残念ながら観に行くことはできないが(遠いので)、お近くにお住まいで、御興味のある方は、是非どうぞ!なかなかない機会だと思いますので。



なお、今回展示されている指輪は『指輪88―四千年を語る小さな文化遺産たち』(宝官優夫・諏訪恭一 監修 淡交社 2,100円)に掲載されているとのこと。5/24刊行とのことだったが、すでに発売中かも。複数のネット書店で「在庫あり」表示になっている。



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早速注文した (^_^) 楽しみ~





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3代ヨーク公リチャード・プランタジネットとアイルランドの関わりについて

以前、みのむしさんに次のようなコメントをいただいた。





史劇の『リチャード3世』で気になった部分があったんですが、リチャードが「ルージュモントの城が云々」と言ってるところがありますよね?

アイルランド人に予言されていた、と台詞中にありましたが、何でもアリな劇はともかく史実のリチャード自身アイルランドと関わりを持っていたのでしょうか。
(中略)
リチャード3世のほうは敵のリッチモンド伯(自称)ハリィ・テュードゥルの出自はウェールズですし、アイルランドとの関連性なんて毛ほどもなかったはずではないだろうかと疑問に思ってます。



「ルージュモントの城が云々」は、第四幕 第二場のリチャード三世の台詞である。


Richmond! When last I was at Exeter,
The mayor in courtesy show'd me the castle,
And call'd it Rougemont: at which name I started,
Because a bard of Ireland told me once
I should not live long after I saw Richmond.



この史劇の台詞については、Leiさんが示唆に富むコメントをしてくださっている。Leiさん、ありがとうございました!



[追記]『NHKシェークスピア劇場 リチャード三世』(解説・補注:冨原芳彰)では、bard of Ireland に「アイルランドのケルト族の吟遊詩人.占いの能力があるとされた」と注釈がつけられている。
……追記ここまで……



史実でリチャード三世がアイルランドと関係があったかどうかは良く分からない(私の調査不足)。だが、リチャード三世の父、3代ヨーク公リチャード (1411-1460)は、アイルランドとの関わりが深い。
今回は、ヨーク公とアイルランドの関わりについて書こうと思う。





ヨーク公リチャードはアルスター伯でもあり、アイルランドに地所を持っていた。母方の叔父である5代マーチ伯エドマンド・モーティマーから継いだタイトルである。もっとも、他の所領も大きかった。



また、1447年にはヨーク公はアイルランド総督に任命された(はっきり言って、干されて飛ばされた)。もっとも実際に赴任したのは1449年の6月で、翌年にはイングランドに戻って来た。この時、妃のセシリィ・ネヴィルも一緒にアイルランドに赴いている。クラレンス公ジョージが生まれたのはこの頃である(1449年10月)。






その後、1450年と1452年にヨーク公は兵を集めてロンドンに向かったが、最終的には撤退した。これにより、ヨーク公の立場は非常に悪くなっていたが、1453年8月にヘンリー六世の精神疾患が明らかとなり、翌1454年にヨーク公は保護卿に就任し、有利な立場となった。だが、1455年にヘンリー六世が回復すると、その地位は奪われた。



そして、同年5月、ヨーク公は挙兵し、勝利を収めた(第1次セント・オールバンズの戦)。ばら戦争のはじまりである。もっとも、この時(戦のない長い時期をはさみ)30年にわたり戦が行われると考えた者はいなかっただろう。
この勝利の後、ヨーク公はイングランド武官長(Constable of England)に就任し、ヨーク公妃の甥ウォーリック伯リチャード・ネヴィル("キング・メイカー")はカレー総督に就任した。
また、ヘンリー六世の精神病再発に伴い、ヨーク公は保護卿に再就任したが、ヘンリー六世が回復したため、4か月ほどで解任された。
なお、ヨーク公は再び、アイルランド総督の地位に就いた。



1459年、王妃マーガレット・オブ・アンジューが派兵した(ブロア・ヒースの戦)。この戦はヨーク派が勝利したが、続くラドフォド・ブリッジの戦では、ヨーク派が敗れ、ヨーク公はアイルランドに逃亡した。この時、ラトランド伯エドマンドも同行した。ソールズベリ伯リチャード・ネヴィル(ヨーク公妃の兄)、その嫡男ウォーリック伯リチャード・ネヴィル、およびヨーク公嫡男エドワード(マーチ伯)は、カレーに逃亡した。議会において、ヨーク公とその支持者は権利を剥奪された。



なお、アイルランド議会はヨーク公を支持し、軍事的・資金的な援助を申し出た。アイルランド貴族は、ヨーク派というか、ヨーク贔屓が多く、ばら戦争の際は、アイルランドは基本的にヨーク家を支持していた。



翌1460年、ウォーリック伯は、ソールズベリ伯およびマーチ伯エドワードと共に、カレー守備隊を率いてイングランドに上陸。更に、ロンドンに入場した。その後、ヨーク派はノーサンプトンの戦に勝利し、国王ヘンリー六世を捕えた。王妃マーガレットと王太子エドワードは、逃亡した。



2ヶ月後、ヨーク公はアイルランドからイングランドに帰還。翌月、ロンドンに入場した。
同月に開催された議会で、前年に決議されたヨーク公および支持者の権利剥奪は無効とされた。
ヨーク公は保護卿に就任し(三度目)、更に、ヘンリー六世没後は、ヨーク公(およびその後継者)が王位を継承することを議会が承認した。ヨーク公の地位は安定したかのように見えたが、わずか2カ月後、ウェイクフィールドで敗死することとなった。





ちなみに、ヘンリー七世はアイルランドとの繋がりはなかった筈。なので、アイルランドの扱いには苦労したようだ。
ヘンリー七世治世に事実上アイルランドを統治していたのは、8代キルデア伯ジェラルド・フィッツジェラルドであるが、ストーク・フィールドの戦の際、彼はランバート・シムネルを支援した。



<おまけ>
クラレンス公ジョージは、エドワード四世戴冠後にアイルランド総督に任命された。が、何か仕事したかどうかは不明(笑)。少なくとも少年時は名のみの総督だったのは間違いないだろうけれど。



最終更新日:2011.5.6




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