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英国史上まれに見る極悪人として名高いリチャード三世の真の人物像を探ることを目的としています。
シェイクスピアの描いたリチャード三世以外のリチャード三世像があることを、一人でも多くの方に知っていただければ幸いです。
2012年9月12日、レスターのグレイフライヤーズ修道院跡からリチャード三世の遺骨が発掘されました!(2013年2月4日に調査結果が発表されました)

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伝言板 6

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記事を利用した「伝言板」です。
「特定の記事と関係のないコメント」など、どの記事にコメントしようか迷った時は、こちらをご利用ください。

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コメント

あけましておめでとうございます!
今年は悔いのない年にしたいと思っています(痛い目にあって心から思いました
秋津羽様の興味深いお話を楽しみにしています。
今年もよろしくお願いいたします。
昨年はお世話になりましたm(__)m
くみぞうさんのお話、楽しみにしておりますが、くれぐれも御身体はお大事になさってくださいねー
今年もよろしくお願いいたします。
こんにちは。お久しぶりです。先週、久しぶりのパリ旅行から帰ってきました。短期滞在だったので、いろいろとしたいことも多い中で厳選してパリの楽しみ方を計画しましたが、今回目玉にしていたCluny美術館は堪能しました。ところで、今回、パリ滞在中に二度ほど朝にランニングをしましたが、リュクサンブール公園でランニングしているときに、そうだ、ゴールはリュクサンブール宮殿に面した噴水まわりの女王様、聖女の皆さんに挨拶がてら回ってゴールしようと思い、Sainte Bathildeでゴールをして、その後、誰か知り合いの人はいないかな、と思いながらMary Stuartの横で運動後のストレッチをして、ふと観たら、あっ!知り合いみーつけっ!とみた銅像、Marguerite d'Anjou ! Reine d'Angleterreとあります。ディズニー長編アニメ「眠れる森の美女」に出てくるマリフィセントのような髪飾り、そして足下にしがみついているのは、あいつ!いや失礼、あの方か?Edouard, prince de Galles !子供がスカートにしがみついている像はこれだけなので、何だかとっても印象に残りました。
Leiさん、こんにちは!
パリに行ってらしたのですね。リュクサンブール公園でランニングなんて、なんて素敵。優雅な旅の過ごし方ですねー。いつもウェアとスニーカーご持参なのでしょうか?
私にはなかなか真似できそうもありません……このところ何年も海外旅行をしておりませんが、いつもパック旅行の上、フリータイムもギチギチに予定を詰めてそれを消化している、という……そういえば国内旅行(非パック)でもそんな感じです。貧乏性だわ。反省。

>足下にしがみついているのは、あいつ!いや失礼、あの方か?Edouard, prince de Galles !子供がスカートにしがみついている像はこれだけなので、何だかとっても印象に残りました。
Prince de Galles = Prince of Wales なのですね。知りませんでした。
写真を見てみたいなーと探したらありました!
http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Marguerite_d%27Anjou.JPG">http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Marguerite_d%27Anjou.JPG

Prince de Galles、意外と大きいですね(年齢)。もっと幼い頃の王子かと想像してました。
がっしりしがみついて、何があったんだ、一体。ちっちゃい子じゃないんだからそんなにママンにしがみつくんじゃありません!
……すみません。でも、あの、瞬間的にマザコン王子に見えてしまって、イメージの修正が効かなくなってしまいました (^_^;) 戦いで不穏な時期の姿をかたどったのでしょうか。ならば納得。うん、うん。
はじめまして、シェイクスピアの歴史劇のヘンリー4世、5世、6世を読んでからというもの、『ヘンリー6世』作中に出てくる
グロースター公リチャードの扱いがどうもひっかかっていたところにこちらのブログを発見しましていやっほぉぉおな気分になりました。

イングランド史関連の本を読むとリチャード3世の即位は議会でも認められた条項とありますし、たとえエドワード4世の
息子たちを殺していたのが事実だとしても(ヘンリー7世のネガキャンの一部ではないかと思うのですが)王国内で権力
を持つ議会が一旦認めたのならばリチャード3世はイングランドの正当な国王というわけで、じゃあどうして後世に「王位
簒奪者」だと汚名を着せられなくてはならなかったんだろう…と個人的に疑問をかかえていました。
肖像画を見てみてもそんなに悪人には見えないし(ヘンリー7世のほうがよっぽど…そう見えます)、なによりもブルゴーニュ
公妃マーガレット・オブ・ヨークの弟でブルゴーニュとも少なからぬつながりを持っているようですし(芸術を後援したのは姉の
嫁いでいるブルゴーニュ公国の影響では?)、だいたいエドワード4世の後ろをいつもついて回ってたというところからも普通に
兄思いのいい弟じゃね?と思いまして…いや、普通にいい人なんじゃないのリッチーさん、という感想が。

こちらのブログ記事はまだ全部読みきれていないのですが、これからイングランド史関連の本や辞典などとにらめっこしつつ
リッチーさんに関して調べてみようと考えてます。歴史上で悪い評判がついている人ほど調べたくなる性なので、リッチーさん
は個人的にかなり興味深いです。(長文になってしまい申し訳ありません。またこれからちょくちょくと訪問していいでしょうか)
みのむしさん、はじめまして。この度は御訪問&コメントありがとうございました!
実はみのむしさんのブログは以前からこっそりROMさせていただいておりました(^_^) ブルゴーニュ公シャルル・"ル・テメレール"は、マーガレット・オブ・ヨークの夫ということで興味がありまして。娘のマリーと娘婿のマクシミリアン、その子供たちにも興味があります。
あまり夫婦仲は良くなかったようで(というかマーガレット放置状態?)、その点は寂しいのですけれど。
あ、リチャードはシャルルのこと結構好きだったんじゃないかという気が何となく(おい)しています。

>普通に兄思いのいい弟じゃね?と思いまして…いや、普通にいい人なんじゃないのリッチーさん、という感想が。
わーい。ありがとうございます。ウチの王様はとかく悪者呼ばわれされがちなので、そのように思っていただけるのはとても嬉しいです。

>芸術を後援したのは姉の嫁いでいるブルゴーニュ公国の影響では?
この辺(芸術の後援)については、以前ちらっとどこかで読んだ気がするのですが、詳しくは知らないのです(単に勉強不足ともいう)。何か良い資料を御存じならお教えいただけますと幸いです。仏語は読めないので英語でお願いしますm(__)m

なかなか記事の更新ができず、重要な点について書いていなかったりするブログですが(^_^;) お時間のある時にまた御訪問いただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします。
お返事をいただきまして恐縮です!ブログのほうにもコメントをありがとうございました!
私事なのですが、教授からも「シェイクスピアのリチャード3世は面白いよ~」と言われて借りてきてしまいました。
とりあえず中世イングランド史でもややこしくて苦手な薔薇戦争を頭に叩きこんでから読もうと思います。

>リチャードはシャルルのこと結構好きだったんじゃないかという気が
きっと宮廷の豪華さとかブルゴーニュ公の公爵と思えない、国王然とした威厳に圧倒されていたかもしれませんね。
そしてマクシミリアンのように『ブルゴーニュ公は僕の理想なんだぁ』って素直に憧れてたりして…

ボズワースの戦いで、味方の寝返りもあったけれどまだまだ数で勝っているのにも関わらず「このままじゃヤバい」と焦って
少数護衛を伴い、ヘンリーを見つけるために敵陣に突撃かましたところとか古き良き中世の『一騎打ち』を連想します。
頭目同士が一騎打ちをしてどちらかが倒れた時点で戦の勝敗が決する、というアレを。
ひょっとしたらリッチーさんは「俺達が戦ってどっちかが倒れたら、それで勝負は決まりってことにしよう!正々堂々いくぞ!」
っていう感覚でヘンリーに向かっていったのかも。なのにヘンリーにたどり着く前に落馬して殺されたリッチーさん哀れすぎる。
多分、馬をくれたら王冠をやるとか言う間もなくランスとかハンマーでぶち殺されてますよね。
またのコメントありがとうございます!

>教授からも「シェイクスピアのリチャード3世は面白いよ~」と言われて借りてきてしまいました。
おお、そうでしたか。「フィクションとしては」面白いです。ただ、それが史実だと思われてしまいがちなのが個人的に嫌なだけで(苦笑)。薔薇戦争を頭に叩きこまなくても、すぐ読んでも大丈夫ですよ。主要登場人物が把握できてれば無問題なので。

>マクシミリアンのように『ブルゴーニュ公は僕の理想なんだぁ』って素直に憧れてたりして…
勤勉で、笑顔が素敵で、チェスとジョストが強くて……いいところばかりに注目して憧れてるとかありそうです、ディコン少年。

>ひょっとしたらリッチーさんは「俺達が戦ってどっちかが倒れたら、それで勝負は決まりってことにしよう!正々堂々いくぞ!」っていう感覚でヘンリーに向かっていったのかも。
わあああ、陛下っ。ヘンリーは正々堂々と一騎打ちする気なんかなかったですよ。そんなことしたら負けますからね、確実に。でも、もうちょっとでヘンリーを斃せるところだったのに。惜しいことを……

>馬をくれたら王冠をやるとか言う間もなくランスとかハンマーでぶち殺されてますよね。
よってたかって切り刻んだんですよ!(ちと言いすぎ、でも似たようなもんです、たぶん)酷い(T_T)
>「フィクションとしては」面白いです。
あっ、教授からもそのようなことを言われました!教授に『シェイクスピアのリチャード2世~ヘンリー6世を読んでる時、
中世イングランドの歴史をまとめた本を常に手元に置いて、史実とここが違うとかあそこが違うとか比べながら読んでました』
と言ったら『うん、シェイクスピアはフィクションだからね。いちいち史実史実ってツッコミ入れるとつまんないよ?』と
逆にツッコまれました。個人的には『ヘンリー5世』でのヨーク公の死に方の史実との差とか、『ヘンリー6世』作中の
ベドフォード公とグロースター公兄弟の死に方の史実との対比が面白かったんですけど…
あ、サフォーク伯はシェイクスピアの話でも史実でも「ざまぁwww」って感じでした。

>いいところばかりに注目して
マクシミリアンもブルゴーニュ公シャルルのいいところしか覚えていなかったみたいで(トリーア会談時)
シャルルの死後極端に愛するマリーの父親である『ブルゴーニュ公シャルル』を理想化していますものね。
リッチーが兄と一緒に亡命して居候していたころのブルゴーニュ公国およびブルゴーニュ公シャルルは、
スイスや神聖ローマ帝国とかち合って落ち目になる以前の最も輝いていた黄金期ですし。
そりゃもうあの大都会ブルゴーニュ!首都ブリュージュの聖母教会!ブラバントの絢爛豪華なタペストリー!
父親と兄さんを殺されて一家が生活苦に陥っていたリッチーにとっては夢のような世界だったのでは?

それでリッチーは義兄シャルルに憧れてシャルルの後ろをついて回っては、チェスを教えてもらったり
剣術を教えてもらったり…みたいな光景を妄想しました。
(すぐ女の子ナンパしに行くけど)優しい実兄に(短気だけど)大金持ちで頼りになる義兄がいて、
しっかりした姉もそばにいて、BAKAでAHOでトラブルメーカーの次兄抜きのヨーク兄弟団欒豪華生活を
楽しめていたんじゃないかと。ぶっちゃけブルゴーニュに亡命していたころが少年リッチーの一番幸せ
だった時期かもとまで思いました。ああ、実に萌える…じゃない和む光景!!

>正々堂々と一騎打ちする気なんか
さらさらなかったでしょうね~、ヘンリー野郎はw
『だって俺ウェールズの希望の星だもん!リッチー氏ねしwwww』くらいに思ってそう
超傍系のヘンリーはおとなしくウェールズにひきこもってりゃよかったのに!
ヘンリーの旗持ちを斬って捨てるまでいったのに、落馬したばっかりに…(T~T)
クラレンス公トマスも落馬させられたところをスコッチ兵によってたかって殺されるし、
リッチーもよってたかってグッサグッサ!ドッスドス!!ゴスゴスゴスッ!!て感じですよね、多分。
そしてチ●コ隠すためのお情け程度の布をかぶせられてマッパで晒し者、これはひどい。

でも義兄のブルゴーニュ公シャルルなんてマジでマッパ&しっかり冷凍&狼の食いさし状態で
遺体発見だったわけだし…布かぶせられただけ義兄よりはマシだよリッチー、と思いましたが
どう見ても彼の遺体の扱いは『国王陛下』のそれではないですね。
廃位させられポンティフラクトで餓死させられた揚句、ウェストミンスターに15年もの間マトモに
葬ってもらえなかったリチャード2世とどっちがマシなんだろうか。

長文になってしまい申し訳ございません。リチャード2世も好きですが、リチャード3世も
なんかシャルルがらみという意味で好きになってきました。それだけにシェイクスピアの
『リチャード3世』を読むのが怖いです。
この1週間ほどネット落ちしておりまして、レス遅くなりました。失礼しました。

>史実とここが違うとかあそこが違うとか比べながら
『リチャード3世』はもうお読みになったんですね。純粋にフィクションとして読むのも良いですが、史実と比較してつっこみ入れるのも、それはそれで面白いと思います。つっこみ入れ始めると止まらなくなりますが(笑)それで『ヘンリー6世』では大変な目にあいました。だって違うところ多すぎるんですものー。

リチャードはブルゴーニュに2回亡命してますが、1回目の時に当時シャロレ伯だったシャルルと交流があったのかどうか知りたいと思っています。ディコン(8歳)とシャルル(27歳)の心の交流希望。はっ、もしかして手持ちの資料のどこかに書いてあったりするのだろうか。ちゃんと読まなくちゃなー。

2回目の時は、確かシャルルはエドワード兄ちゃんの支援に最初は乗り気じゃなかったんですよね。それでマーガレットがガンガン言って説得したらしいです。男前だよ、マーガレット!シャルルが気を変えた理由には、政情の変化もあるんですけど、確か(←うろ覚え)。

>遺体の扱い
駄馬に乗せて運ぶ途中で、石橋に頭がぶつかった(ぶつけられた)、という話がまことしやかに伝えられています。ううっ(T T)
>『ヘンリー6世』では
読んでいてラトランド伯エドマンドに一番ひっかかりました。はいはいお涙頂戴、というのもですが、年齢引き下げられてるよ!という
のが一番気になりました。エドマンドが末弟になっちゃったらリチャードは幾つになるんだよぉ!

>頭がぶつかった(ぶつけられた)
ひどっ!晒し者になったリッチーの死体を見た子供達が家からナイフを持ってきて死体の腹などを引き裂きにかかり、内臓でキャッチ
ボールをしかねないくらいの嫌われっぷりですね…ていうか辱められ過ぎ、あまりにも辱められ過ぎです。仮にも国王陛下として聖油を
塗布されたお方なのにこの仕打ち(´・ω・`)

>エドワード兄ちゃんの支援に最初は乗り気じゃなかった
親父のフィリップ善良公ばりにシカトぶっここうとしてましたねw親父は『ネーデルラント継承戦争のほうが大切だもん、アングレーなんて
知らねw』ていう感じでしたが、シャルルの場合は自分の立場を決めかねてたという感じがします。自分はランカスター家の血をひいてる
けど、嫁のマーガレットはヨーク家の人だし…で長考中にエディ兄ちゃん(とリッチー)をミデルブルフに放置プレイ。これはひどい!

(;`・д・´)「ひどいっすよシャルル義兄さん!」
(*゚∀゚)ゞ「いや~、ゴメンゴメンwどうしよっかな~て思ってたら数日どころか数カ月経っちゃってぇ」
(^∀^;)「もう、こっちが待ってる間にどんだけ寒い思いをしたか…こうなったらブルゴーニュの婦人に暖めてもらってきます!」
こんにちは。日本のラガービールが世界一美味しいと思っていた私ですが、旅行以来ヨーロッパのビールに興味をもちまして、特にパリでベルギービールにはまりました。近所にベルギービールを飲ませるお店があったので、さっそく訪ねてみて、その時に気になったラベルがあり、後日、洋酒店で買い求めたのが、Duchesse de Bourgogneです。ラベルには清楚な貴婦人が描かれていて、これは、誰かなぁと思って調べましたら、Marie de Bourgogneとのこと。彼女はブリュッセル生まれなのですね。ビールと言うよりもワインに近い酸味と甘みが特徴で、flamish red aleというのに分類されるそうです。私にとっては初めての味わい。なんとなく、中世の飲み物を飲んだような気分になり、感慨にふけりました。
Burgundyつながりでいうと、現在、読んでいるMargaret Frazerのa Play of Treacheryでは、舞台が百年戦争、Henry Vの亡くなった後、Regent of FranceだったDuke of Bedford, Johnも亡くなってしまい、混乱のRouenが舞台となってます。混乱の原因の一つは、故Bedfordの亡妻Anneの兄、Philippe (Le Bon )がフランスと手を組んだところからです。故Bedfordのwidow、若妻Jacquetta of Luxembourgは、ご存じの通り、Elizabeth Woodvilleの母ですね。まだ、半分ぐらいしか読んでいないので、今のところJaquettaは未亡人ですが、読み終わりましたら、どういういきさつでRichard Woodvylleと結ばれたのかをお知らせしますね。とはいえフィクションですからどこまで真実かは分かりませんが・・・。
こんばんは!またまたレス遅くなってすみません。
『ヘンリー6世』のラトランド伯エドマンドは、かなーり年齢引き下げられてますよね。雰囲気的には、本来なら出陣しないくらいの年齢の感じ。
リチャードの年齢はですねー、かなーり引き上げられてます。
第1次セント・オールバンズの戦で、「リチャードが息子達の中で一番よく戦った」とかなんとかヨーク公が言っているのですが、史実のリチャードは当時2歳!この辺についてはこちら↓で書いたのですが、歴史を弄り過ぎですよ、御大。
http://richard111.blog.ocn.ne.jp/richard/2007/04/henry_vi.html">http://richard111.blog.ocn.ne.jp/richard/2007/04/henry_vi.html

>自分はランカスター家の血をひいてるけど、嫁のマーガレットはヨーク家の人だし…
やっぱ、それは気になったんでしょうか。ママンが、というか、ママンのママンがランカスター系(というかランカスター家出身)ですものね。
>Duchesse de Bourgogne
ワインに近い感じなのですか。私は飲んだことはないのです。アルコールに弱いもので……残念!「フルーティな味」と説明で読んだので、ひょっとしたらいけるかも、とも思うのですが。店で見かけたら買ってしまうかも。

>今のところJaquettaは未亡人ですが、読み終わりましたら、どういういきさつでRichard Woodvylleと結ばれたのかをお知らせしますね。
おお、お願いします!その辺のいきさつは以前からちょっと気になっているのですが、あまり詳しい話を読んだことはないのです。Richard WoodvylleはDuke of Bedfordに仕えたknightで、Jacquetta of Luxembourgが夫の死後にイングランドに渡った時、その護衛をしたそうなのですが。その辺りの事情が描かれているのでしょうか。
>かなーり引き上げられて
ですよねー。兄弟順をまるっと入れ替えられてるような気がしました。
あとシェイクスピアのリチャード2世~リチャード3世までを一通り読んでいて一番ひっかかったのが
『時間軸の早送りが多い!』ということです。その次が『年齢変更』。それからリチャード3世作中で
最高に気になったのが『悪いことはみんなリッチーのせいっすか!』。あることないことを通り越して
ないことないこと枝葉を付けまくっているのでもう気になって気になって。
史実のクラレンス公ジョージはどう考えても自滅だしアン・ネヴィルさんはそこまでリッチー嫌ってない
と思うんですけど。あぁ、あとなにげにエドワード・オブ・ミドゥラムがスルーされてるのがちょっと…
まぁ劇だし…フィクションだし…ていうかシェイクスピアさんやりたい放題やなと思いました。
『銀魂』的フリーダムさを感じます。

そういえばリッチーの綽名について気になってたんですが、史実ではRich・Richie系統ではなくて
Rick・Dick系統の綽名で呼ばれてたんですね。イングランド史とか事典でリチャード3世に関して
軽く調べた結果勝手にRitchie Blackmore氏とイメージをダブらせてたのですが、えぇと、なんかまた
個人的に『やっちゃった☆』感が…さしあたっては現在ブログで更新中のグロースター公リチャードが
リチャード3世として死ぬまでの生涯概観小説もどきをどないしようかとorz

ベルギービールの話題に便乗して…
デュシェス・ド・ブルゴーニュは甘口でめちゃウマですよ~(´∀`*)
マリーにつられて飲んでみてビールの世界が広がりました。あとチェリー果汁入りとかコリアンダー、
オレンジピールで香り付けしたのとかも美味しいし、あとアルコール度数が強いデュベルもこう
頭にガァン!とアルコールが直撃する感じでウマウマです♪最近飲んだものではステラ・アルトワが
とても飲みやすくて美味しかったです。
時間軸を弄るのはシェイクスピアの得意技のようですね。もっとも、私はヘンリー六世とリチャード三世しかちゃんと読んでないのですが(^_^;) 他にも、『異なる二人の人物を併せて一人にする』てのもあります。同じ称号の二人の人物をよく一緒にしちゃってるみたいです。

『リチャード二世』では、ヨーク公エドマンド・オブ・ラングリーの長男のオーマール公(後の2代ヨーク公)エドワード・オブ・ノリッジの助命嘆願をするヨーク公妃が出てくるそうですね。そのストーリー自体がシェイクスピアの創作、というのは置いておいて、史実ではこの時期のヨーク公妃は2人目のジョアン・ホランドです。でも、ストーリーからは1人目のイザベル・オブ・カスティル(オーマール公実母)に読める、という……。
時空を超えるフリーダムおやじですよ、沙翁様。

>史実のクラレンス公ジョージはどう考えても自滅だしアン・ネヴィルさんはそこまでリッチー嫌ってないと思うんですけど。あぁ、あとなにげにエドワード・オブ・ミドゥラムがスルーされてるのがちょっと…
まるっと同意です。ジョージはですねー、みのむしさんがブログにお書きになった他にも自業自得なことをやってるんですよ。妃のイザベルが死んだ時「毒殺された!」と騒いで、兄ちゃんが「重大だから、こっちでちゃんと審議するから待て」と言ってるのに聞かず、勝手に「犯人」とみなした人を処刑したりとか。

アンに関しては、はーれくいんも真っ青の伝承が残されています。テュークスベリの戦いの後に、アンがロンドンの下町に身をやつして隠れていたところを、リチャードが探し出して救出した、というもの。一説によると皿洗いをしていたとか(◎ο◎)。この話にはヴァリエーション?があって、ジョージがウォーリック伯の財産を一人占めするためにアンを隠した(アンが結婚すると財産分与問題が表面化するから)という話もあります。ネヴィル家の貴婦人が下町で皿洗いなんてありえないだろ!と思うんですが。体こわして倒れるよ、アン。

>史実ではRich・Richie系統ではなくてRick・Dick系統の綽名で呼ばれてたんですね。
そうみたいです。私は基本的に親愛の情をこめてRichardと呼び捨て、子供の頃限定でDickonと読んでます<誰も聞いてない

>チェリー果汁入りとかコリアンダー、オレンジピールで香り付けしたの
こちらもおいしそう。うーむ、酒に弱くなければ……
>この時期のヨーク公妃は2人目
えぇ、そうだったんですか!ヨークさんとこに関してはまだまだ調べかけなので、初代ヨーク公のエドマンドさんに
関する情報をお伺いできて嬉しいです。再婚してたとは知らなかった…

>他にも自業自得なことを
歪みねぇなぁ、ジョージ兄ちゃん…ある意味期待通りのDQNというかダメな子というかマダオというか。
イザベルは産後の肥立ちが悪くて亡くなってしまったんですよね。ひょっとして彼女の死のショックのあまり
酒に溺れるようになったとかだったら面白いんですが>駄目なクラレンス公ジョージ

>アンがロンドンの下町に身をやつして隠れていた
いや、アンほど高貴な身分の人なら下町に足を踏み入れた時点で病気を貰って倒れてそうな気がします…
ていうかここでもジョージ兄ちゃん颯爽と登場、しかも期待通りのダメな方向でw
アンがリッチーと結婚することでウォリック伯領の相続が兄弟で半分こになってしまうから、それが嫌で
ジョージ兄ちゃんはアンをとっ捕まえたんでしょうか。というか、いくらジョージ兄ちゃんがクズ(←おい)でも
流石にそこまではしないんじゃないかと思うんですけども。だってリッチーの片思い相手…
あ、そういえばボズワースフィールドの戦いでヘンリー・パーシーが軍を動かさなかったのは国王リッチーが
パーシー家の宿敵ネヴィル家の娘と結婚してたから、それによる反感で『協力してやんね!』となったのか?

>基本的に親愛の情をこめて
うぅん、リッチーもといディコンもといリチャード3世陛下の人生って太く短くを地で行くドラマティックな
人生ですから個人的にかなり惹かれてるところです。シェイクスピアの悪役的演出がなくても、彼の人生は
充分悲劇になりうる要素がたっぷりだと思いますよ。ただシェイクスピアはテューダーを持ち上げる必要が
あったから、どうしてもリチャードを悪役として描かねばならなかったのかもしれませんが。
>ひょっとして彼女の死のショックのあまり酒に溺れるようになったとかだったら面白いんですが>駄目なクラレンス公ジョージ
うーん、どうなんでしょうねー。ジョージなだけに<ヒドい

>いくらジョージ兄ちゃんがクズ(←おい)でも流石にそこまではしないんじゃないかと思うんですけども。だってリッチーの片思い相手…
いくらなんでも、妻の妹にそんな真似はしないと思います!でも、どこかの城に軟禁とかしないと言いきれない~

>ボズワースフィールドの戦いでヘンリー・パーシーが軍を動かさなかったのは国王リッチーがパーシー家の宿敵ネヴィル家の娘と結婚してたから、それによる反感で『協力してやんね!』となったのか?

ノーサンバランド伯との間には政治的事情が色々あったんですよね。"キングメイカー"ウォーリック伯の死後、北部統治はヘンリー・パーシーと当時グロースター公のリチャードに任されましたが、リチャードがアンと結婚したことで「グロスター公が北部の最大実力者ネヴィル家ウォーリック伯の政治的社会的相続者とみられるようになった」(『リチャードIII 世研究』)とのことです。
それに加え、1474年にリチャードとノーサンバランド伯ヘンリー・パーシーの間に主従関係が結ばれています。これは2人の間の個人的な契約で、リチャードは「伯爵の家臣・家臣団とは主従関係を持たず、伯爵の所領・官職への権力行使も出来なかった」そうですが、これ凄く嫌だったと思うよ、ノーサンバランド伯。たぶんこの契約にはエドワード兄ちゃんも関与してたんじゃないかと思いますが。

国王即位後のリチャードは、ノーサンバランド伯に北部の実質的支配権を与えなかったそうです(国境司令長官に任命はされたけど、統括範囲を制限された)。所領は増えたんですが。ここでも反感買ってたかと。
書きながら、ヤバイじゃん、リチャード、とか思ってしまいましたが……王様稼業は大変なのよ!皆が満足するようになんか、なかなかできないんだからっ(キレてみた)
中世イングランドの歴史辞典でクラレンス公ジョージの項を読んできたんですが、アン・ネヴィルさんとリッチーの結婚の件ではエディ兄ちゃん
もといエドワード4世が介入しなくちゃいけないほどの兄弟喧嘩に発展してるんですね!アンもリチャードの手で修道院にかくまわれてたとか。
ジョージ的には『ちょwww舅どのの遺産をオレがまるっともらえると思ったのにw』とはらわた煮えくりかえる思いだったっぽいですね~。
あとそのウォリック伯領問題と並行して、エドワード4世がバーネットとテュークスベリーで活躍したジョージにそれほどの見返りをあげなかった
(とジョージの目からは映った)、それからやっぱりマリー・ド・ブルゴーニュとの再婚話を阻止された(斡旋したのはマーガレット・オブ・ヨーク)
ことがジョージがエドワード4世に反抗しまくって墓穴掘り進める重大な要素になってたんですねぇ。


>ノーザンバランド伯
ヘンリー4世の轍をリチャード3世もしっかり踏みぬいてしまったわけですね…
パーシー家(と彼らに代表される北方辺境伯領の領主たち)を怒らせるとまずいことになるっていうのは100年前から実証済みだったはず。
しかもリチャード3世はアン・ネヴィルと結婚していることでパーシーさんちの心証は良くなかったはず。
エドワード4世の縁故政策が関わっていたかもしれないとはいえ、パーシーさんちを怒らせるようなことをしたらホントやばいのに~。
ヘンリー4世はパーシーさんちの処遇を誤ったせいでウェルシュのオウェン・グリンドゥルさんに王位を脅かされたんですよ!
リチャード3世もパーシーさんちに対する政策を間違ったばっかりに、あと敵味方関係なく気前よくしすぎたばっかりにナメられて反乱起こされて、
反省して危険分子を排除したはいいけどおかげで貴族層の支持を失ってボズワースフィールドであんなことに…
>中世イングランドの歴史辞典でクラレンス公ジョージの項を読んできたんですが、アン・ネヴィルさんとリッチーの結婚の件ではエディ兄ちゃんもといエドワード4世が介入しなくちゃいけないほどの兄弟喧嘩に発展してるんですね!
おお、辞典にそんなことまで書かれているんですね。凄い。
結婚に関して、エドワード兄ちゃんの許可はさして問題なくもらえたっぽいんですが、ジョージが黙っちゃいなかった訳で(笑)。遺産問題でかなーり揉めたようです。エドワード四世としては、ウォーリック伯の遺産をジョージが一人占めするのは好ましくなかったと思われ、リチャードに分けた方が良いという考えだったんじゃないかと。

>エドワード4世がバーネットとテュークスベリーで活躍したジョージにそれほどの見返りをあげなかった(とジョージの目からは映った)
"ジョージの目からは"というのがポイントですね(笑)。ジョージ以外の目にはそんな風には映ってない、たぶん、おそらく、きっと。
普通に考えたら、兄王を裏切って反乱起こして、その後戻ってきたとはいえ、お咎めなしなばかりか、舅の遺産(の半分)とご褒美貰って、ウマーな筈ですが。ジョージはそうは思わない!

エドワード兄ちゃんはジョージに所領は与えたのですが、大した役職は与えませんでした(当然っちゃ当然ですが)。一方リチャードには複数の役職が与えられ、そのうちの1つが終身のイングランド式部長官(Great Chamberlain of England)だったわけですが……ジョージがゴネたため、1年後にお兄ちゃんはこの職をジョージに与えちゃいました。ちゃんちゃん♪
このことを知った時、終身じゃなかったんかい!と突っ込み入れたくなったのは言うまでもありません。

>パーシー家(と彼らに代表される北方辺境伯領の領主たち)を怒らせるとまずいことになるっていうのは100年前から実証済みだったはず
そうなんですけどねぇ。これに関しては見通しが甘かったと言うしか……もう少し時間があれば何とかなったかもしれませんが(希望的観測)。
エドワード四世からリチャード三世の治世は、末期の封建制から絶対王政への移行期にあたり、その不安定さ、バランスのとりにくさはあったと思います。ただ、大貴族の勢力を削ぐ政策の方向性はまあ良しとしても、色々急ぎすぎたのでは、という気はします。
>結婚に関して、エドワード兄ちゃんの許可はさして問題なくもらえたっぽいんですが、ジョージが黙っちゃいなかった訳で(笑)。
流石ジョージ兄ちゃん、歪みねぇ!
アレですね、他人の家でおやつを出してもらったら全部平らげたあとに『もっと食いたいからよこせ』と言うタイプですねきっと。
あと冷蔵庫を勝手に開けて飲み物を飲み尽くすタイプ(笑)
兄王を裏切って反乱起こして~というのは辞典や関連書籍とかだとウォリック伯に手懐けられてやっちゃった☆という
感じの記述がなされていました。やっぱご褒美につられるタイプか、ジョージ兄ちゃん…

>ジョージがゴネた
まったくほんっとうにどうしようも無い子ですね、ジョージ兄ちゃん。ここまで来るといっそ清々しいです(^ω^;)
きっとウォリック伯についたことに関する反省以前に『兄を裏切った』という自覚に欠けてるとしか!
リチャードもイングランド式部長官職を「まぁこれで気が治まるなら」とジョージ兄ちゃんにあげたんでしょうね~。
まったくしょうがない兄ちゃんだ!だがそこがいい…いや、やっぱよくない。
こんな兄ちゃんがもし自分の身内だったらと思うと恐ろしいです(笑)
>他人の家でおやつを出してもらったら全部平らげたあとに『もっと食いたいからよこせ』と言うタイプですねきっと。
あと冷蔵庫を勝手に開けて飲み物を飲み尽くすタイプ(笑)
わはは。確かにそうかもー。思わず想像しちゃいました!
しかし、本当に性格の似てない兄弟だよ。

>ご褒美につられるタイプ
間違いないでしょう!手懐けられたと言うかなんと言うか、ウォーリック伯についた時のご褒美はイングランドの王冠だったわけで、見事につられました。で、ウォーリック伯がマーガレット・オブ・アンジューと手を結んで、自分に王冠が回ってこなさそうだと思っていたところに弟から誘いがあったんで、寝返り直したと。
こんな兄弟いたら嫌だ……
>本当に性格の似てない兄弟
長兄がナンパのお調子者で次兄がわがままなアル中…となると三男がしっかりするしかなくなるんでしょうか。
『私の英国史―空しき王冠』にも書いてありましたが、リチャードが長男だったら丸く収まったかもしれませんねぇ。

>ウォーリック伯についた時のご褒美
そうそう、あとイザベラ・ネヴィルさん…しかも1年経つか経たないかのうちに子供産ませてるし(笑)
ウォリック伯がマルグリット・ダンジューに協力したことでイングランドの王冠はエドワード王太子にいっちゃったんでしたっけ?
でもエドワード王太子って王位継承権放棄させられてなかったでしたっけ…うーん、ややこしくて解らなくなってきたんで勉強し直します。

長々とコメントして伝言板を占領する形になってしまい申し訳ありません。
長兄は王位に就いた頃(1回目)はナマケモノっぽくない感じなんですが、年がたつにつれ怠惰な方に流れて行ってしまったような……あれ、なんかこういう人誰かいたような……はっ、しまった。(私の嫌いな)ヘンリー八世と共通点があるかも。じい様と孫だし(げげっ)。

>イザベラ・ネヴィルさん…しかも1年経つか経たないかのうちに子供産ませてるし(笑)
あ、そういえばそう。1年経ってませんね。11か月?

>エドワード王太子って王位継承権放棄させられてなかったでしたっけ…
一応そうなんですが……えーと、ノーサンプトンの戦(1460年7月)の後、ヘンリー6世没後はヨーク公が王位を継承することを議会が承認しました(10月)。が、これに不満なマルグリット・ダンジューが軍を起こしてウェイクフィールドの戦(12月)になり、ヨーク公が戦死し、後を継いだエドワード(四世)が勝って王位に就いたわけです。
まあ、はっきり言って「勝ったもん勝ち」の状況だと思います。ランカスター側が勝てば、前の取り決めはなしね♪ということで、新たに議会に国王即位を承認させて一件落着ということになったんではないかと。エドワード王太子は血統の問題や本人の行状で継承権を失ったわけではないので、戦に勝って議会が承認すれば、王位に就くのはあまり問題なかったのではないかと思います(政治情勢が落ち着くかどうかはまた別の問題ですが)。

長いコメント歓迎ですよ~ レスが遅くて申し訳ありませんが。
ではまた。
こんばんは。一応、Margaret Frazerのa Play of Treacheryをやっとのことで読み終えたのですが・・・それほどご参考になることがないような内容でした。

>その辺のいきさつは以前からちょっと気になっているのですが、あまり詳しい話を読んだことはないのです。Richard WoodvylleはDuke of Bedfordに仕えたknightで、Jacquetta of Luxembourgが夫の死後にイングランドに渡った時、その護衛をしたそうなのですが。その辺りの事情が描かれているのでしょうか。

私が読んだFrazerのこのJoliffe the Player Mysteryシリーズは、Joliffeという旅役者が主人公で、彼は旅役者をしながらBishop Beaufortの探偵、スパイとして活躍するらしい、という話です。“らしい”というのは、私がこの人の作品を読むのが5作目のこの作品が初めてだからです。彼女がもう一つもっているシリーズ、Sister Frevisseも一応、初期薔薇戦争がらみ・・・ということですが、彼女のことは随分前にSharon Kay Penmanのオススメ本の中で知りました。
前回の投稿と重複するかもしれませんが、一応、この本の概要を言うと、物語の設定は1436年。この年はどんな年かというと、Bedfordが亡くなったのが、1435の秋。当然、寡婦となったJacquetta of Luxembourgは喪に服しているといる時。さて、Bedfordの死後、Rouenでの彼の館は、寡婦Jacquettaと叔父John IIの二世帯が住まうことになり、JoliffeはそのJacquettaのhouseholdに加わる事を指示されます。BedfordのChamberlainだったRichard Wydvilleが、この物語の中ではspymasterとなり、彼の元でイングランドからNormandyに渡ったJoliffeの探偵活動が始まります。この話の大半は、百年戦争中で今後の展開の嵐の中の静けさ的な時期に当たる1436年の政局というか、それぞれがどうコマを動かすべきか、と考えている状況が描かれます。そう言う意味でBedfordの死はイングランド側にとっては大打撃で、残されたJacquettaがpawnとしてどう使われていくかが注目される中、彼女が、Richard Wydvilleの長男、父親と同名のRichard Wydvilleと密かに結婚しているという驚愕の事実が、事件を生みます。

知っているからかも知れませんが、私にとってはJacquettaとRichardの関係がそれほど驚愕ではなかったので、もうひとつピンとこなかったけれど、結構この「秘密結婚」あのTudorの秘密結婚と同じぐらいスキャンダラスなものだったのかもしれません。

よく父親と息子のRichard Wydvilleが混同されると著者も書いていましたが、R.W父がDuke of BedfordのChamberlainで、R.W息子の方は、Hnery VのsquireからAgincourtの功績でknightに昇格し、Henry V亡き後、父親の元Bedfordのhouseholdに加わったように描かれていました。そして、Bedford存命中から、若妻Jacquettaと密かに思いを通わせるようになったとか・・・。というのは、R.W息子は"the handsomest man in England" と言われたイケメンですから。案外、そうだったかもしれないと思うのは、Elizabethを含め後の子孫の肖像画を見ても美しい人が多いからです。このカップルは、後々、いろいろと歴史にきざまれる人たちを生み出しましたね。

Jacquettaはとても微妙な立場にあり、もし、彼女がこういう選択をしなければ、またまた、England側かBurgundy側かのpawnとして再婚させられていたので、ある意味この秘密結婚も単なる恋愛ではなく何か政治的な意図が含まれていたのかもしれません。というわけで、秋津羽さんは彼女がEnglandに渡るときに「護衛」したと書かれていますが、小説では、彼女はすでにR.W息子の子を懐妊していて、夫の彼が付き添ってイングランドに渡る、というところがエンディングとなっています。
検証するとBedfordの死が1435年9月4日、Elizabethは1437年に生まれていますよね(多分)。とういわけで、小説の舞台となる1436のLentにはすでに二人は結ばれていた・・・という推測が成り立つようで・・・。
この二人がどういうキャラだったのかは、もう一つわかりませんでしが、とりあえずご報告まで。
こんばんは!詳細な設定をお教えいただきありがとうございます。

>よく父親と息子のRichard Wydvilleが混同されると著者も書いていましたが、R.W父がDuke of BedfordのChamberlainで、R.W息子の方は、Hnery VのsquireからAgincourtの功績でknightに昇格し、Henry V亡き後、父親の元Bedfordのhouseholdに加わったように描かれていました。

先日Wikipediaを見たところ、そのような記述がありました。史実をよく考慮して書かれた作品なのでしょうね。
http://en.wikipedia.org/wiki/Richard_Woodville,_1st_Earl_Rivers">http://en.wikipedia.org/wiki/Richard_Woodville,_1st_Earl_Rivers

WikiのR.Wの項を読む前に、Jacquetta of Luxembourgの項に"who had served as the late Duke's chamberlain"と書かれているのを読み、Chamberlainだったの?と思って良く読んだら、R.W父のことでした<少し落ち着け、自分。
http://en.wikipedia.org/wiki/Jacquetta_of_Luxembourg">http://en.wikipedia.org/wiki/Jacquetta_of_Luxembourg

>小説では、彼女はすでにR.W息子の子を懐妊していて、夫の彼が付き添ってイングランドに渡る、というところがエンディングとなっています。
検証するとBedfordの死が1435年9月4日、Elizabethは1437年に生まれていますよね(多分)。とういわけで、小説の舞台となる1436のLentにはすでに二人は結ばれていた・・・という推測が成り立つようで・・・。

なるほど。Elizabethの生年は1437年頃としかわかっていないと思いますが、1437年生まれとするとそういう推測が妥当ですね。今まで深く考えたことがなかったです(^_^;)

>知っているからかも知れませんが、私にとってはJacquettaとRichardの関係がそれほど驚愕ではなかったので、もうひとつピンとこなかったけれど、結構この「秘密結婚」あのTudorの秘密結婚と同じぐらいスキャンダラスなものだったのかもしれません。

私もピンとこないのですが、スキャンダラスだったようで、Richard Woodvilleは投獄されたそうです。投獄の件は、森護氏の『英国王妃物語』で読みました。私は、他では投獄の記述は読んだことはないのですが(Richardが罰金を払ったという記述は読んだことがあります)。『英国王妃物語』によると、
 「わずか一年で未亡人になったジャクェッタは、その若さと美貌もあって周囲が放っておくはずもなく、翌三十六年、夫に仕えたナイトの一人で彼女の帰国を護衛したリチャード・ウッドヴィルと結ばれ、その関係をひた隠しにしていた。しかし彼女の妊娠でやがて二人の関係が明らかになり、"身分低き者との結婚(ミゼランス)"ということでジャクェッタには罰金、リチャードには投獄の刑が科せられた。幸いリチャードは翌三十七年刑を解かれ、また同じ年(?)ジャクェッタは長女エリザベスを無事出産した。」
だそうです。
追伸です。
Oxford DNBに、彼らの結婚についての記述がありました。"shocking mésalliance"と書かれています。

The elder Richard's Lancastrian connections account for the knighting of the younger Richard by Henry VI in 1426 and for his presence in 1435 at the regent's court, where he encountered Jacquetta of Luxembourg, duchess of Bedford (d. 1472), whom, following the duke's death in 1435, he had married secretly by 1437. For Jacquetta marriage to a mere knight was a shocking mésalliance, which was disapproved of both by her Luxembourg relatives and by Henry VI. Hence Woodville was fined £1000 for marrying her without licence and for possession of her dower.

1000ポンドというのがどの位かというと……当時使われていたノーブル金貨(Noble)1枚=1/3ポンドなので、金貨3000枚分。また、1マーク(Mark)=2/3ポンドなので、1500マーク。確か、Elizabeth Woodvilleが、リチャード三世の治世にもらった年金が2000マークだったと思います。
うーん、凄い金額ということしかわかりません。knightなのにどうやって払ったんでしょうか(普通に払える金額なのか?)。ひょっとしてJacquettaが肩代わりしたんでしょうか。
こんにちは、秋津羽さん。
>史実をよく考慮して書かれた作品なのでしょうね。
結構、歴史小説家やHNS ( the Historical Novel Society )などでの彼女の評価は高いです。元々はMargaret Frazer、藤子不二雄氏のように二人の共同作業のペンネームだったことを初めて知りました。最近は一人、Gail Frazerさんのペンネームとして使われているようですが・・・。

ちょっと私の記事に間違いがあったので訂正を・・・。
「Bedfordの死後、Rouenでの彼の館は、寡婦Jacquettaと叔父John IIの二世帯が住まうことになり」
と書きましたが、彼女が同居していた叔父はJohn IIではなくその弟のLouysです。
Wikiで見ると
Louis of Luxembourg (died 18 September 1443). He was a statesman and a high-ranking churchman. His posts and clerical titles included Cardinal (1439), Archbishop of Rouen (1437), Chancellor of France (1425), Governor of Paris (1436), Bishop of Thérouanne, Administrator of Ely (1437), Bishop of Frascati (1442). He was buried in Ely Cathedral
この肩書きをみても、イングランドと縁が深いことが分かります。小説の中ではBishop of Thérouanneでした。


森護氏の『英国王妃物語』とOxford DNBの内容、教えてくださった有り難うございます。
>"身分低き者との結婚(ミゼランス)"ということでジャクェッタには罰金、リチャードには投獄の刑が科せられた。
>Hence Woodville was fined £1000 for marrying her without licence and for possession of her dower.

mésallianceで罰金が生じるのかどうか私にはよくわかりませんが、小説の中ではJacquettaがあるoathにサイン (というかswearだと思いますが)させられる場面があります。そのoathの内容は、
" never to marry without the King's or else the council's consent "というもので、これは、お金持ち(土地持ち)でまた結婚、出産可能な年齢の寡婦によく科せられるaothです。イングランド王Henry VIのbehalfとしてこのoathをせまる叔父に対してJacquettaがかなり抵抗します。そこでR.Wydville父が登場。上記の一文の中に「今後」という語彙を入れます。つまり
never to marry "from this time forth" without・・・となり、Jacquettaが納得。
この時点ですでに秘密結婚をしていたので、こういう裏技が出たという物語上の仕掛けとなっていました。
もし、このoathが実在するとならば、罰金はoathを破ったということではないでしょうか?もちろん彼女のような立場の人はthe royal consentが必要なのですが、彼女の場合、外国人ですからイングランドか実家の方かどちらがイニシアティブをとるかが問題となるでしょう。そこで、イングランドが先につばをつけた形でこのoathになったのでは?
もちろんyoung Richard君に関しては、knightという主従関係がある立場から、結婚においては主人であるKingあるいはLordのライセンス(consent)が必要な事は常識的ですので、その罰金かと。

しかし・・・人の子宝をこういうのもなんですが、16人も生むか・・・?です。
こういう家族の一人でも権力を持つと、ものすごく系図上複雑になってきます。(以前Ralph de Neville, 1st Earl of Westmorlandに腹を立てたことがありました・・・)

さて、現在、私は上記の小説の100年前ぐらいにいます。Susan HigginbothamのHugh and Bessを読み始めました。Edward III時代です。この小説でもまたまたsecret marriageの話題が出てくると思います(Joan of Kentの)
Jacquettaの叔父さん情報ありがとうございました。何となく、彼女の親族はイングランドとは縁がなかったのかと思っておりました。

oathの話、興味深いです。寡婦が再婚する際に国王の許可が必要だった、という話は読んだことがあるのですが、oathを課せられたのですね。

>もし、このoathが実在するとならば、罰金はoathを破ったということではないでしょうか?
>young Richard君に関しては、knightという主従関係がある立場から、結婚においては主人であるKingあるいはLordのライセンス(consent)が必要な事は常識的ですので、その罰金かと。
なるほど、なるほど。そう考えるとスッキリしますね。

>しかし・・・人の子宝をこういうのもなんですが、16人も生むか・・・?です。
16人ですか!成人した13人(たぶん)しか知りませんでした(13人でも十分凄いけど)。当時にしてもかなり多産ですよね、きっと。系図上複雑になって非常にややこしいのは確かなのですが、それよりも何よりも、どんだけ身体が丈夫なんだ!と思ってしまいます(失礼!)。16人中13人が成人しているというのも、結構な確率のような気がします。親に似て?丈夫な子が多かったんだろうなー。
Ralph de Neville, 1st Earl of Westmorlandの子供達はもの凄く多いですよね。1人目の奥さんの子も多いけど、2人目の奥さんの子はもっと多い……
Leiさまのレスを追っていまして、ジャクェッタに関する情報をとても興味深く拝見しておりました。
辞典で目にした情報ですがジャクェッタはベドフォード公との間の子を死産しているそうなんですよね~。
なのでこちらの新情報で「ウッドヴィル卿との間に子供ぽこぽこ出来すぎ!このままずっとウッドヴィル卿のターン!?」と驚愕しきりです。
しかも作品内でとても自然な流れでベドフォード公が寝取られ男になっているのに思わず笑いを漏らしてしまいました。
40越えたおっさんと20にもならない女の子じゃ互いに価値観の違いとか色々あるだろうし、齟齬も起きますよね(笑)

あとジャクェッタのイメージが『神聖ローマ帝国サイドの人』という漠然としたものだったので、イングランドとやたらと
縁が深いということを知って驚きました。ルクセンブルク家(リュクサンブール家)の人々はフランス側にもぼちぼち
出てきますし、ジャンヌ・ダルク関連では特に『リュクサンブール』の名に出会います。と思ったらイングランドとも
なかなか縁が深いし…フランス王妃を輩出して百合の王国を牛耳ろうとしていたバイエルンのヴィッテルスバッハ家と
いい勝負ですね。どちらも神聖ローマ帝国内(皇帝家or皇帝に近い諸公の家柄)というのがなんとも…

話を戻すとベドフォード公は対フランス戦で絶賛苦戦&連敗中でしたし、ブルゴーニュ公には切られかけているしで
さぞかし胃が痛んだことだろうなと思います。そのうえこちらの作品内では新妻がさっそく浮気(笑)
安易な憶測ですが、ベドフォード公とブルゴーニュ公の仲の取り持ちをしていたアンヌ・ド・ブルゴーニュさんがもっと
長生きしていたらイングランドもここまで追い詰められることは無かったかも?
結果的にジャクェッタさんと結婚したことでブルゴーニュ公には『せっかく今まで色々協力してやったのに神聖ローマ帝国に
協力するのか!じゃあ俺イングランドへの援助やーめた』と離れられてしまうし、ベドフォード公とジャクェッタさんに
関しては再婚のタイミングが政治的にちょっとよろしくなかった…といえるかもしれません。
いつもながら(^_^;)レスが遅くなりすみません。

>ジャクェッタはベドフォード公との間の子を死産しているそうなんですよね~。
えー。知りませんでしたー。びっくりです。

>ルクセンブルク家(リュクサンブール家)の人々はフランス側にもぼちぼち出てきますし、ジャンヌ・ダルク関連では特に『リュクサンブール』の名に出会います。
そうなんですね。私はフランスの事情にはとんと疎くて……リュクサンブール家、侮れんですね。いや、別に侮っていたわけではないのですが、ただあまり興味がなかっただけで(おい)

>ベドフォード公とブルゴーニュ公の仲の取り持ちをしていたアンヌ・ド・ブルゴーニュさんがもっと長生きしていたらイングランドもここまで追い詰められることは無かったかも?
私もそう思いますです。ジャクェッタの父サン・ポール伯とブルゴーニュ公の関係はよくなかったそうですね。そのこともブルゴーニュ公が離れてしまった原因の一つなんでしょうね。
白い猪亭

秋津羽

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