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英国史上まれに見る極悪人として名高いリチャード三世の真の人物像を探ることを目的としています。
シェイクスピアの描いたリチャード三世以外のリチャード三世像があることを、一人でも多くの方に知っていただければ幸いです。
2012年9月12日、レスターのグレイフライヤーズ修道院跡からリチャード三世の遺骨が発掘されました!(2013年2月4日に調査結果が発表されました)

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伝言板 8

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この伝言板は閲覧のみです。新たなコメントは新しい伝言板にお書きください。 (2012.5.3)



記事を利用した「伝言板」です。
「特定の記事と関係のないコメント」など、どの記事にコメントしようか迷った時は、こちらをご利用ください。

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コメント

 横レスしようと思ったら伝言板が次に移っていて、ちょっとドキドキしつつ。
 横レス失礼します。

>みのむしさん
 フランシス・ラヴェル子爵については、私はOxford Dictionary of National Biographyや、大学図書館にあったイギリスの人名辞典?系で基本情報を得ました。
 どちらもWikiを詳しくした感じでしょうか。個人的なときめきポイントは、フランシス君が1481年(ないしは80年)の8月22日に、リチャードによってknightedされているという情報だったりします。ええ、ボズワースの戦いと同じ8月22日なんですよ!なんという運命の日!(←アピール)
 日本語で読めるもので、彼についてそこそこ言及があったのは、石原孝哉氏の「グロスター公リチャードの北部イングランド掌握」http://wwwelib.komazawa-u.ac.jp/cgi-bin/retrieve/sr_bookview.cgi/U_CHARSET.utf-8/XC00920124/Body/link/rgs006-05.pdfでしょうか。歴史畑の方ではないのでいろいろ怪しいところや想像と感傷で埋めているようなところが多々ありますが(汗)、読み物として面白いです。">http://wwwelib.komazawa-u.ac.jp/cgi-bin/retrieve/sr_bookview.cgi/U_CHARSET.utf-8/XC00920124/Body/link/rgs006-05.pdfでしょうか。歴史畑の方ではないのでいろいろ怪しいところや想像と感傷で埋めているようなところが多々ありますが(汗)、読み物として面白いです。
 ちなみにこの石原孝哉氏の著書『幽霊のいる英国史』では、Minster Lovellにはフランシス君の幽霊が出てゴースト・スポットになっているという地元エピソードが読めます。

 フランシス君がアンナ・フィッツヒューさんと結婚させられたのは、遅くとも1466年2月14日なので、年齢的にも力関係からいっても断ることは不可能だったでしょうね……(^-^;)
 ちなみに、孫引きになりますが、ScofieldとKendallという研究者によると"Warwick was granted, in Michaelmas term 1465, £1000 towards the cost of Richard's maintenance from the wardship and marriage of Lord Lovell's heir"なのだと、RossのRichard IIIに書いてありました。
 リチャードの養育費としてフランシス君の後見権(=後見人として収入)をもらっていたということでしょうか。アンナさんとの結婚も、たぶんウォリック伯にとっては、姪っ子に裕福な結婚相手をあてがわせてやってうはうは状態だったのではと……。

 ちなみにフランシス君とスタンレー家には、素敵な因縁がありますよ。
 フランシス君の父John Lovellが1465年に死んだあと、未亡人になったフランシス君の母Joan, daughter of the first Viscount Beaumontさんが再婚した相手がウィリアム・スタンレー(スタンレー卿の弟)です。
 しかも1465年11月12日にウィリアムと再婚したJoanさん、なぜか翌年の8月5日に早々とお亡くなりになるというおまけ付きです……。

 ……はっ。当方フランシス君贔屓につき、つい長々と。
 既にご存じの情報も混じっていたかと思いますが、なにかお役に立てていれば幸いです。
 それでは。
UWAAAAAA!フランシス君情報ありがとうございます!

>フランシス君がアンナ・フィッツヒューさんと結婚させられたのは、遅くとも1466年2月14日
11歳!?(゚д゚;)いやでもバッキンガムのヘンリーもそれくらいで結婚させられてたから当時はそういう結婚がかなり普通に行われていた
はずだからびっくりしちゃいけないんだと頭ではわかっているんですが、なんか無理やり感の否めない縁談だと思いました!
ネヴィルさん…恐ろしい子!

>リチャードの養育費としてフランシス君の後見権(=後見人として収入)をもらっていた
ウォリック伯のネヴィルさん、タダで従弟を引き取って育ててやってたというわけでもないのですね。
土地も金もある北部の大貴族だからこころよくリチャードを引き取って(厳しく・恩着せがましく)育てているのかとばかり思ってました。
ギヴアンドテイクの精神ですね!後年ジョージ兄ちゃんはよくしてもらった従兄のネヴィルさんについたのにリチャードがエディ兄ちゃんに
ついていってブルゴーニュまでお供したのが改めてとても勇気ある行動に思えてきました。
ネヴィルさん的には「恩を仇で返しやがって」かもしれないけど(笑)

>なぜか翌年の8月5日に早々とお亡くなりになる
スタンリーさん(弟)が短い間だけどフランシス君の義父だったとは…フランシス君のお母さんの死因ははっきりとわかってないのですね、
事故死なのか自然死なのかとか記録に残ってればなぁ。でもフランシス君のはっきりした生没年もわからないんですよね(´・ω・`)
スタンリーさん(弟)がなんかやったんじゃね?とか下世話なことを考えたくなってしまいますね。スタンリーさんの兄弟はただでさえ動きが読めないので。
こんにちは。いくつかコメントしたいことがありますので、こちらにまとめて書きますね。
まず、ミキモト本店の「指輪-その饒舌なる小宇宙の物語」古代エジプトから現代までー展の情報有り難うございました。私はとても行けそうにもなかったのですが、うちの執事(別の呼び名は夫)を派遣しましたら、いたく感動して、お土産にHistoric Rings「指輪88」(淡交社、監修 宝官優夫 諏訪恭一、2011年6月2日初版発行)を買ってきてくれました。写真ではありますが、Nedの髪の毛をちらっとでも観ることが出来、幸せです。

伝言板7でMlle Cさんが「ジョニデと英国王室の縁戚関係が判明」という記事をご紹介くださって、その中に出てきた「Who Do You Think You Are?」という番組に興味を持ち、you tubeや別の動画で、J. IronsとGwyneth Paltrowを観ました。面白い番組で、ついつい最後まで観てしまいます。ちょうどIrons氏のを観ているときに、彼のgreat great grandfather (だったと思います)が、失職した理由に「ビールの飲み過ぎ」というのがあり、ナレーションで19世紀のロンドンは、(汚い)水を飲むよりビールを飲む方が遙かに安全(健康的に)だった、というようなコメントをきいて、秋津羽さんが伝言板で「当時、何歳位から普通にワインを飲ませてたんでしょうか」と書かれていたのを思い出しました。19世紀でさえそうですから、中世は更に水は危険(?)。私が小説の中で接している中世の生活では、案外早くからアルコールを飲んでいる印象で、なぜならばそれは日本のように綺麗な水に恵まれないような環境だったからではないかと思います。中世の生活に関するサイトで
The people of the Middle Ages enjoyed to drink, and as water was often unclean, it was a necessity.
とあり、the poor drank ale, mead or cider and the rich were able to drink many different types of wines.
また別のサイトですが
The water from a river was unpleasant to drink and the milk did not stay fresh for long. The main drink in a medieval village was ale.
とありました。
同じ伝言板でみのむしさんが
「マルムジーワイン伝説を見ていて気になったのですが、ジョージ兄ちゃんはいつごろ
どこでマルムジーワインの存在を知ったのでしょう?」と言われていましたが、
12.3世紀では、まだ、イギリスでvineが育っていたようです。14世紀になって気候が寒冷化して、イギリスでは育たなくなり、輸入にたよることになったようです。ドイツ、フランスのワインの他、地中海の方面からも輸入するようになり、その中で Malvasia-based winesをMalmseyと呼ぶ、とあります。が、別の記事では
Generally, the Malmsey was an artificial preparation, which had neither the colour nor taste of the Cyprian wine. Malmsey wine was made with water, honey, clary juice, beer grounds, and brandy. At first the same name was used for the natural wine, mulled and spiced, which was produced in the island of Madeira from the grapes which the Portuguese brought there from Cyprus in 1420.
と紹介されています。またまた本の中でですが、よくクスリとしてmulled wineを飲ませるようなことを読みますので、George君は早くからこのワインを口にしていた可能性はあるかな?と。

ついでに、またイングランド王の英語の話になりますが、現在、私が遅々と読んでおりますSir A.C.Doyleのthe White Companyで、Edward IIIの言語に触れた部分がありました。この小説の時代背景としては、1366年、7年辺りなんですが、Robin Hoodの時代ならともかく、Norman Conquestから約300年たっても、まだSaxonとNormanの精神的な確執が残っていることがよく描かれています。主人公達はSaxon出身です。居酒屋でのたわいないやりとりですが、Edward IIIについて一人の労働者の男が
what sort of English king is it who cannot lay his tongue to a word of English.
といい、Edwardをどこかの門で見かけたときに、Ouvre !と叫び、門があいたらMerciと言っていたエピソードが披露されます。それをきいたケンブリッジの学者風男が
I do not marvel at it ... it (English ) is not a tongue for men so sweet birth and delicate upbringing
と。中世の王侯貴族の言語が、ある時、突然フランス語から英語に変わったのではなく、Henry Vあたりから徐々に徐々に英語を喋る人の数が増えていったのではないかと推測します。
Doyleさんのこの小説、フランス語はしょっちゅう、ラテン語も時々、平然と出てきます(何の解説もないので・・・)。私が分かる程度ですから特に難しいことは言わないのですが、当時の彼の読者なら、それぐらいは分かって当たり前だったのでしょうか?

>ラテン語習得なんて高度なことはしようとした事がないので、実際どうなのかは知りませんが……。
今はどうか分かりませんが、1970年、80年代ぐらいまでは、イギリスの大学入試の多くにラテン語が科目として含まれていたような記憶です。だから、イギリス人でこの年代の人たちは、ラテン語に苦しめられた人も多いのではないかな。苦しんだか楽しんだか分かりませんが、J.K.Rowlingさんもその一人かも知れませんね。私は小学校6年生の時に英語もまだまったく出来ないのに友達につられてラテン語の授業に受験生たちと一緒になって出席していました。若い頃に触れたせいか(実は大学でも一年やっていはいますが、こちらはほとんど身につかず)何となくその当時から覚えている単語がちらほらあります。ラテン語について調べていたら、また、イギリスではラテン語教育が見直されているようで、その教材としてMinimus Pupil's Book
こんにちは。フランシス君情報、ありがとうございました。
やはり8月22日は重要ですね。ええ。

>石原孝哉氏の「グロスター公リチャードの北部イングランド掌握」
御紹介ありがとうございます。結構ボリュームがあって、まだ読めていないのですが。このpaper、前に見かけたような気がするのですが、おっしゃる通り歴史畑の方でないのでスルーしてしまったように思います。時間のある時に読んでみます。

>ScofieldとKendallという研究者によると"Warwick was granted, in Michaelmas term 1465, £1000 towards the cost of Richard's maintenance from the wardship and marriage of Lord Lovell's heir"なのだと、RossのRichard IIIに書いてありました。
ああ、RossのRichard III!随分前に入手して、放置状態です……
それにしても、フランシス君の後見権からリチャードの養育費が出ていたとは。当時の後見権てかなり実入りの良いものだったらしいですけど。

フランシス君のお母さんの再婚の件は全く知りませんでした。両親とも早くに亡くしたというのは知ってたのですが。

ところで、何度もコメント投稿してくださったようで、申し訳ありませんでした。
spam疑いで除けられてしまったのです。どうも、長い英文があるとspam疑いで除けられてしまうようです。設定を変えれないかと探したのですが、どうにもできませんでした。すみません。
「スパムコメント対策のため、このコメントは非公開の状態で受け付けました。記事投稿者が内容の確認を行います。」というメッセージが出た場合、非公開の状態(コメントが読めない状態)で受けつけられています。私の方で、内容確認後に手動で公開することになります。ただ、その場合、ブログの管理画面をみないと、コメントを投稿していただいたことがわかりません。お手数おかけしますが「コメントが非公開になってしまった」とか何か一言、別にコメントしていただけると早く気づくことができると思います。よろしくお願いいたします。

それでは、また。
こんにちは。

早い結婚といえば、エドワード四世の次男のヨーク公リチャードが結婚したのは4歳の時ですね。相手のノーフォーク女伯アン・モーブレイは5歳。

ウォーリック伯は、リチャードの養育費はもらってるだろうと思っていたのですが(土地も金もあっても、もらえるものはもらうぜ!って感じで)、それがフランシス君の後見権から出ていたというのにはびっくりしました。

>ネヴィルさん的には「恩を仇で返しやがって」かもしれないけど(笑)
たぶん、そうでしょうねー。ここでリチャードを味方につけれなかったのは、ウォーリック伯にはちょっと痛かったかもしれない。

>スタンリーさん(弟)が短い間だけどフランシス君の義父だったとは
これ、驚きました。しかも、ウィリアム・スタンリーの方は初婚だったんですよね。1437年生まれ?とすると、1465年に28歳。意外と結婚が遅いような。嫡男でないとはいえ、スタンリー家のような大貴族なら、結婚相手には困らなかったんじゃないかという気がするんですが。
こんにちは。
「指輪-その饒舌なる小宇宙の物語」執事さん(^_^)が行かれましたか。「指輪88」の本は私も購入しました。実物とは比ぶべくもないでしょうが、写真が綺麗で見ごたえがありますね。

>ナレーションで19世紀のロンドンは、(汚い)水を飲むよりビールを飲む方が遙かに安全(健康的に)だった、というようなコメントをきいて、秋津羽さんが伝言板で「当時、何歳位から普通にワインを飲ませてたんでしょうか」と書かれていたのを思い出しました。19世紀でさえそうですから、中世は更に水は危険(?)。私が小説の中で接している中世の生活では、案外早くからアルコールを飲んでいる印象で、なぜならばそれは日本のように綺麗な水に恵まれないような環境だったからではないかと思います。

確かに生水は飲用に適していなかった感じですね。英文の引用もありがとうございます。何かで、中世(近世もかも)のワインは現在のものよりかなり薄かった(ので、ガブ飲みしても、今ほど酔っぱらわなかった)と読んだ事があるのですが、どこで読んだのか忘れてしまいました……

>12.3世紀では、まだ、イギリスでvineが育っていたようです。14世紀になって気候が寒冷化して、イギリスでは育たなくなり、輸入にたよることになったようです。
じゃあ、リチャード一世とかジョン王とかヘンリー三世の頃は、もっと暖かかったのですね。

>Sir A.C.Doyleのthe White Companyで、Edward IIIの言語に触れた部分がありました。
興味深い記述ですね。私もそのうち読まなきゃ(日本語で)。

>今はどうか分かりませんが、1970年、80年代ぐらいまでは、イギリスの大学入試の多くにラテン語が科目として含まれていたような記憶です。
そうなのですね。イギリスの大学入試は、GCE A-level の試験を3科目受けるそうですが、きっとラテン語必須のところもあるのでしょうね。

>イギリスではラテン語教育が見直されているようで、その教材としてMinimus Pupil's Book
Amazon で中身をちょっと見てみました。可愛い。漫画仕立てになってるんですね。確かに小学校低学年から取り組めそう。ちょっと惹かれましたが、注文はやめにしておきました。あっという間に放置状態になりそうなので(苦笑)
はじめまして!

BBCシェイクスピアDVDをamazon UKで買おうか迷っており、でも海外のDVDって確か普通のDVDプレーヤーじゃ見られなかったよなぁ・・・・・・
と検索をかけてみたら此方にヒットしました。
とても助かりました。プレーヤーって2000円程度からでもあるのですね。

こんな素敵なブログがあっただなんて!!

リチャード三世、いいですよね。
私もシェイクスピア劇から好きになりましたが、『時の娘』とか、『リチャード三世を愛した女』だとか、あとフィリッパ・グレゴリーの小説が好きです。
あとまだトマス・モアの『リチャード三世』を読んでいないので読んでみたいなと思っています。

申し遅れましたが、シェイクスピアが好きすぎて大学院にまで進んでしまった者です。

まだ過去記事幾つかしか拝見していませんが、これから徐々に読ませていただきたいと思っています。
宜しくお願い致します。
arixsさん、はじめまして。拙ブログへの御訪問&コメントありがとうございます。
レスが非常に遅くなり、申し訳ありません。
大学院で英文学を専攻なさってるのですね。素敵。

海外DVD関連の記事、お役にたったようで良かったです(^_^)
BBCシェイクスピアのDVDは日本盤もありますが、恐ろしく高額で、個人でおいそれと購入できるものではないですよね。
それに、米・英のDVDで、日本で発売されてない作品はたくさんありますものねー。
本当、リージョン・コードはどうにかして欲しいです。全てのリージョンを出す予定がないなら、オール・リージョンにして欲しいなー。新作映画ならまだしも、古い作品は特に。

>私もシェイクスピア劇から好きになりましたが、『時の娘』とか、『リチャード三世を愛した女』だとか、あとフィリッパ・グレゴリーの小説が好きです。

私は『時の娘』でリチャード三世に嵌ってしまいました。その後、シェイクスピアの原作(の邦訳)や、映画・演劇のDVDを観てそちらも好きになりました。史実とは別のお楽しみということで。
リチャード三世についての日本語のサイトを誰か作ってくださるだろう、と思っていたのですが、何年経っても作られなかったので、自分で作ってしまいました。今は以前よりも、web上に日本語の情報がありますけれど。

『リチャード三世を愛した女(Reluctant Queen)』は、原書で読もう!と思い購入したものの、未読です(^_^;)。英語力をアップさせて必ず読みます!

フィリッパ・グレゴリーは『ブーリン家の姉妹』を飛ばし読みしただけなのですが、実を申しますと、あまり好みではありませんでした(なので飛ばし読みしてしまったのですが)。arixsさんがお好きなのに、こんなこと書いてすみません。
「アンが姉でメアリーが妹」というのも少々引っかかったのですが(一般的な歴史書では逆のことが多いので)まあ、それは良しとして。1つには、メアリーの性格?設定が気になったのです。フランス宮廷で数々の浮名を流し、美しい浮気女として知られている女性なのに(フランス国王は彼女を"The English Mare(イングランドの雌馬)"と呼んだそうです)、『ブーリン家の姉妹』では全然違うー。

他にも色々気になることがあり、ストーリーに集中できなかったというのが正しいかもしれません。
お話自体は面白いと思うのですが、一般的に史実とされていることと異なっている部分があり、(フィクションなので異なっていても良いのですが)その変更に必然性が感じられなかった、作者の都合で変えているかのように見えてしまった、のが好きになれなかった理由だと思います。
歴史オタクなので、史実はどうだったのかと気になりだすと止まらなくなってしまうんですよね (^_^;)

色々書いてしまいましたが、先日『白薔薇の女王』が図書館に収蔵予定なのを見つけ、予約しました。楽しみにしています。

>あとまだトマス・モアの『リチャード三世』を読んでいないので読んでみたいなと思っています。
私は邦訳をざっと読みました。『リチャード三世伝』(藤原博 訳,出版者 千城)と、『ユートピアと権力と死 -トマス・モア没後450年記念』(日本トマス・モア協会 編)に収められているものです。
なんというか、あまりまとまりがなく、かつ、尻切れトンボです。未完なので仕方ないのですが。リカーディアン的には突っ込みどころ満載でもあります(笑)。
大学の図書館にあるでしょうか? ↓

http://webcat.nii.ac.jp/cgi-bin/shsproc?id=BN00812588">http://webcat.nii.ac.jp/cgi-bin/shsproc?id=BN00812588

http://webcat.nii.ac.jp/cgi-bin/shsproc?id=BN00900470">http://webcat.nii.ac.jp/cgi-bin/shsproc?id=BN00900470

最近更新が滞っていますが、また御訪問いただけると嬉しいです。
arixsさんのブログ、まだ少ししか拝見していないのですが、ちょっとずつ読ませていただきますね。
この度はありがとうございました。
こんにちは。
9月にまとまった休みが取れそうなので、いっちょエゲレスに行こうかと企画中です。
一応テーマは「プランタジネット&テューダー」ということにしているのですが(←頼まれたわけでもないのに一人でテーマ設定するオタク)、ちょっと壮大すぎるのか対象とする時代が長すぎるのか、とりとめがない感じになっちゃって全然まとまりません(;∀;)

とりあえずロンドンとヨークとレスターは絶対行くとして、あとはミドゥラム、シェリフ・ハットン(エドワード・オブ・ミドゥラムのお墓?参り)、ピーターバラ(キャサリン・オブ・アラゴンのお墓参り)、キングスラングリー(初代ヨーク公夫妻のお墓参り)あたりを考えております。
ロンドンから足をのばしてラドロー城とウスター大聖堂(アーサー・テューダーのお墓参り)にも行きたいなあ。
墓ばっかりですいません。

秋津羽さんやpsyさんのブログで勉強してなんとか9月までには計画を立てるつもりですが、リカーディアンの皆さま、「ここだけは行っておけよ」というのがあったらぜひアドバイスお願いします!
英国行ったことなくて土地勘がぜんぜんないのがネックです…
こんばんは!
エゲレス旅行いいですねー。楽しんできて下さいね。

>一応テーマは「プランタジネット&テューダー」ということにしているのですが(←頼まれたわけでもないのに一人でテーマ設定するオタク)、ちょっと壮大すぎるのか対象とする時代が長すぎるのか、とりとめがない感じになっちゃって全然まとまりません(;∀;)
テーマを設定するところがさすがです!Mlle Cさん。
12世紀から16世紀ですから、長いと言えば長いですね。

>とりあえずロンドンとヨークとレスターは絶対行くとして、あとはミドゥラム、シェリフ・ハットン(エドワード・オブ・ミドゥラムのお墓?参り)、ピーターバラ(キャサリン・オブ・アラゴンのお墓参り)、キングスラングリー(初代ヨーク公夫妻のお墓参り)あたりを考えております。
ロンドンから足をのばしてラドロー城とウスター大聖堂(アーサー・テューダーのお墓参り)にも行きたいなあ。

結構広範囲な気がするのですが、交通の便などはどうなのでしょう。
私はロンドン・パリのパック旅行に一度行っただけなので、現地の事情はほとんど知らないのです。ごめんなさいm(__)m 役に立ちません……

psyさんのブログは情報が多いと思います。2008年の「リチャード三世紀行」はかなり御参考になるのでは。あと、もう1つご紹介を。
青さんの旅行ブログで、シェリフ・ハットンのリチャードゆかりの場所の写真が見れます↓
http://4travel.jp/traveler/bonniejackdaw/album/10424717/">http://4travel.jp/traveler/bonniejackdaw/album/10424717/

予定なさっていない場所で、リカーディアン的お勧めというと、ボズワース・フィールド(Bosworth Battlefield Heritage Centre and Country Park)くらいでしょうか。

あと、個人的にぜひ観たいのが、国会議事堂の彫像です。
psyさんのブログのコメント欄に書かれてますが↓ リチャードの像はお薦めとのことでした。国王だけでなく王妃の彫像もあるそうで、楽しいのではないかと。オペラグラス持参推奨とのことです。
http://blog.goo.ne.jp/psy_culero/e/0a9b847263ce32e535cd990a84f946f3">http://blog.goo.ne.jp/psy_culero/e/0a9b847263ce32e535cd990a84f946f3

他に何か思いついたらご連絡しますね。それではまた。
秋津羽さん、ありがとうございます!
交通の便はよくわからないのですが(汗)、鉄道の国なので、なんとかなるのではないかと…(適当) あとはバスですね。

青さんのブログ拝見しました。
シェリフ・ハットン、良さそうな場所なのでぜひぜひ訪れたいです。

ボズワースは「最寄りのバス停から3マイル歩いてね^^」とか書いてあって怖気づいていたのですが、せっかくレスターまで行くのだから、行ったほうが良いですよね。
あるいみ「プランタジネット&テューダー」の山場だし。
国会議事堂もちょうど公開期間中にあたるらしいので王たちの姿をチェックしてみます!

話は変わりますが、先日フィリッパ・グレゴリーの「白薔薇の女王」を読みました。
例によってつっこみどころは多々あるのですが、リチャードは思ったほど悪く書かれていませんでしたよ。
主人公(エリザベス・ウッドヴィル)に敵対する立場ではあるのですが、そもそも主人公があんまり応援したくない感じの人なので、相対的にリチャードが悪く見えないというか…
「ハンサム」「端正な顔立ち」と書かれてましたし^^
ただアン・ネヴィルの扱い(というかリチャードとアンの関係)はちょっと不満だったかな。
あと、結末が超尻切れトンボで「えっ… これで終わり?」って感じでした。
エリザベス・オブ・ヨークを主人公にした続編を用意中らしいので、そこで語られるのかもしれませんが、翻訳されるのかな… 原書買ってまで読む気力はないです。
>ボズワースは「最寄りのバス停から3マイル歩いてね^^」とか書いてあって怖気づいていたのですが、せっかくレスターまで行くのだから、行ったほうが良いですよね。

交通の便を考えると、どのくらいお勧めしてよいものかわからないのですが。基本的には野っ原なんじゃないかと思うんですよね。リチャードが最後に水を飲んだ井戸、とかもありますが、ホントかよって感じで(^_^;) 
レスターからマーケット・ボズワースまでバスがあって、そこから3マイルなんですね。以前に地図を見た時、鉄道は近くを走ってなかったんですよ。ていうか、線路はあったけど、すごーく短い観光用かなんかの線路で。
このバスみたいですが↓
http://www.arrivabus.co.uk/serviceInformation.aspx?id=2437">http://www.arrivabus.co.uk/serviceInformation.aspx?id=2437

「白薔薇の女王」読まれましたか。図書館に入ったというので、貸出予約しました。原書買ってまで読む気力は私もなくて。で、先程図書館から「用意できたよ」メールが届いたのですが……下巻のみ。どうしよう。上巻を読み終わってから下巻の予約をすべきだったか……

>そもそも主人公があんまり応援したくない感じの人なので、相対的にリチャードが悪く見えないというか…
うーん。喜んで良いのかどうか。
続編を用意中なのですね。出版されたらきっと翻訳されるんじゃないでしょうか。
twitterのつぶやき、読ませていただきました。

>フィリッパ・グレゴリー「白薔薇の女王」を読み始めたが、エリザベス・ウッドヴィルがメリュジーヌの末裔で魔女で予知能力者という設定に早くもくじけそう になってる…。この作家、話を都合よく進めるためにつかなくてもいい嘘をつくんだよなー。他にも色々気になる点が。分かってて読むなって話だが
http://twitter.com/#!/agneaudor/status/95462132224753664">http://twitter.com/#!/agneaudor/status/95462132224753664

そういう設定が好きなんでしょうかね、この方。
それならいっそのこと、ファンタジックなパラレルワールドの話にしてくれた方がいいんですが。個人的には。

>訳も微妙。「ブルゴーニュ公国王家」ってなんだよ。
http://twitter.com/#!/agneaudor/status/95462349087055872">http://twitter.com/#!/agneaudor/status/95462349087055872
下巻のみ orz 図書館から借りてきました。訳者あとがきと、冒頭の系図だけ目をとおしたのですが、系図を見ただけで訳にちょっと不安を感じましたよ……

マーガレット・ボーシャンとあって、Margaret Beauchamp のことだけれど、日本語表記としてはビーチャムが一般的。
あと、ラルフ・ネヴィル(Ralph Neville)は間違いではないけれど、レイフが良いと思います。アメリカだとラルフだろうけど、英国なので。

続編はあと2冊予定されてるのですね。ジャクェッタ・オブ・ルクセンブルクが主人公のと、エリザベス・オブ・ヨークが主人公のと。邦訳されたらきっと読むと思いますけれど。
横レス失礼します
>メリュジーヌの末裔で魔女で予知能力者という設定
うおおおお別の意味で気になる…というかその設定チートな気がしないでもないんですが、お話の進行にあたって差し障りとかないんでしょうか。
てか…ブルゴーニュ公国は公家DAROOOOH!ハーメルンのバイオリン弾きでもスフォルツェンド公国なのに「女王」が統治とかあってアレーと思いましたが
公国王家ってなんかすごいダイナミックな誤訳ですね!いや王家の血を引いてるっていう意味では間違ってないの?

ボーシャンとかモーティマー、パーシー、ネヴィルなどなどのノルマン貴族系の家名に関して気になったのですが、こういった明らかにノルマン=フランス系
家名ですよ~といった場合は原語に則ってフランス語読みでいくべきか、それともイングランドに定着したんだから英語読みにすべきなのかと悩んでます。
たとえばド・ラ・ポールさんとこやド・ヴィアさんとこのようにフランス語の定冠詞つけっぱなし、という例があるかと思ったらド・パーシー→パーシーみたいに
定冠詞取っちゃった!な例もあったりして、家によってまちまちでよくわかりません。
こんにちは。暑中お見舞い申し上げます。
なかなか集中力がたもてないこの頃ですが、その中でも一番ダメなのが読書です。200万語突破おめでとうございます。なんだか天文学的な数字にも思えますが、ただただ尊敬です。
さて、久しぶりなので、横レスからちょっと参加したいと思います。
ファンの方には申し訳ないのですが、Pグレゴリーさんは、正直を言うと私の中では二度と読みたくない作家の一人です。
>エリザベス・ウッドヴィルがメリュジーヌの末裔で魔女で予知能力者という設定
これは、案外、いろいろな小説でささやかれる設定です、特に彼女Jacquetta of Luxembourgの母親が魔女の疑いをうけたこともあり、もちろん、彼女の立場だと政治的な意図があるaccusationだとは思いますが、Susan Higginbothamさん調べでは
Other than the accusations of her enemies, there is no reason to disbelieve Jacquetta. It should be noted that Jacquetta did own a copy of an “ancestral romance” entitled Mélusine, featuring a legendary figure who was associated both with the houses of Luxembourg and Lusignan,
とあります。
>http://www.susanhigginbotham.com/subpages/jacqwoodville.htm">http://www.susanhigginbotham.com/subpages/jacqwoodville.htm

ご存じAngevin (→Plantagenet )は、Melusineの末裔といわれる家系です。この家柄が"From the Devil they came and to the Devil they will return"と言われる経緯は、始祖Fulk of AnjouがJerusalemから連れ帰った妻がMelusineだったという伝説からきています。もう一方で有名なのがLusignan家ですが、こちらは、Lusignanの始祖がMelusineの力を借りという伝説が残っており、Sir Walter Scottが収集したballadの中に
The fairy Melusina, also, who married Guy de Lusignan, Count of Poitou, under condition that he should never attempt to intrude upon her privacy,
とあります。ちょっと鶴の恩返しみたいなエピソード(ちがうかな?)
Melusine伝説は私が知っているだけでもけっこう沢山の人に(Richard IIIもこの血筋だから・・・みたいな言われ方をしますよね)かかわっているので、もちろんグレゴリーさんはご存じの上でかかれているわけですが、それとチートと思われるか、へ〜と思われるかは・・・読者それぞれでしょうね。

話変わって、先月ですが、やっとthe White Companyを読み終わりました。この小説の面白さは、歴史小説のダイナミックな作品というよりも、当時の風俗、文化、風習などがうまく編み込まれていて、その上で歴史活劇的な楽しさがある、というところだと思います。文体はちょっと古くさいところがありますが、読んでよかった作品です。
イギリス旅行計画を立てているところに暴動のニュースが…
墓参りさえジャマされなければ暴動でもなんでも起こしててくれて構わないんですが、万が一交通がマヒしたりしたらやっぱり困ります。
あと墓を壊す者がいたら許さん。

フィリッパ・グレゴリーは読むとイライラすることが経験上分かってるんですが、あの時代を扱った小説(の邦訳)に飢えている弱みといいますか、誘惑に負けて買ってしまいました…
エリザベス・ウッドヴィルとその母(あとジェイン・ショア)が魔術を使った疑惑、というのはシェイクスピアも出してる話ですのでそれ自体目新しさはないんですが、この小説だとエリザベス母子がガチで魔女という設定で、それが物語の行方に大きく関わってくるのがちょっと……いやかなり……気になるところです。

そして二言目には「ブルゴーニュ公国王家」、これです。
「私の母ジャクェッタはブルゴーニュ公国王家の血をひいている」
 (そりゃ多少の血縁はあるだろうがそんなに言うほど近い関係でしたっけ?)
「ブルゴーニュ公国王家はメリュジーヌの末裔と言われている」
 (Leiさんがおっしゃるように、メリュジーヌといえばリュジニャンかプランタジネットでは!?)
「だからわたしも母もメリュジーヌの末裔、魔法を使います」
 (だったらブルゴーニュ公の直系のマリー・ド・ブルゴーニュなんかはどんだけ凄い魔女なんですか)

ともう読み進めるごとに頭の中にクエスチョンマークが飛び交いまくりなんですよ。
メリュジーヌ伝説を小説にからめることに大した意味は多分なくて、主人公にミステリアスな雰囲気を与えるために利用しているに過ぎないんだろうとは思います。
そういうところがあまり好きになれないんですよね、この作家さん。

ところでブルゴーニュ公国といえば、ヘンリー七世が金羊毛騎士団章をつけているのが昔からすんごい気になってます。
http://en.wikipedia.org/wiki/List_of_Knights_of_the_Golden_Fleece#Knights_of_the_Burgundian_Golden_Fleece">http://en.wikipedia.org/wiki/List_of_Knights_of_the_Golden_Fleece#Knights_of_the_Burgundian_Golden_Fleece
↑1491年に叙任されたとのことで、マーガレット・オブ・ヨークの存命中なんですよねえ。
(騎士団長はフィリップ美公ですけど、当時彼はまだ12歳なのでお飾り団長だったはず)
なんかちょっと腑に落ちないんですが、なんであげたんでしょうね(汗
騎士団の叙任システムがよくわかってないもので…
こんばんは!

>ハーメルンのバイオリン弾きでもスフォルツェンド公国なのに「女王」が統治とかあってアレーと思いましたが
10年以上前にTVアニメ版を何度か見たことがありますw そういう設定だったのですね。

リアルでは、グレース・ケリーがモナコ「王妃」と書かれることが多いですよね。公国だから公妃が正しい筈ですが。

>こういった明らかにノルマン=フランス系家名ですよ~といった場合は原語に則ってフランス語読みでいくべきか、それともイングランドに定着したんだから英語読みにすべきなのかと悩んでます。

えー、私はサクッと英語読みにしていますw 例えば、Bourchier → バウチャー。
マジレスすると、おそらく、どこかの時点でイングランド内ではフランス語読みから英語読みに変わっていったんじゃないかと思うんですよね。一斉にではなく、徐々に。15世紀には、定冠詞のありなしを別にして、だいたい英語読みになってたんじゃないかと。……私が勝手に思ってるだけですが(^_^;)

本人が「うちの家名はこう読むんで。よろしく!」とか宣言したんだろうか(向こうの人が "Call me XX." と言って、自分の呼び名を指定するみたいに)とか想像するのですが、実際はどうだったんだろう。

定冠詞の"ド"は、同じ家名でも、ついてたり、ついてなかったりして、良く分かりません。ずっとつけっぱなしの家はまだ分かりやすいんですが、元々はついていたけれど途中で取っちゃった!場合は、いつ取ったものやら。
こんばんは!毎日暑いですね。
とは言っても、私は北国に住んでいるので、他の地域の方に比べれば大したことない筈なのですが。部屋の中30℃程度でへばっていちゃいかんと思うのですが、暑いです。

>200万語突破おめでとうございます。
ありがとうございます。でも全然大したことないんですよー。Leiさんの普段お読みになってる本は、たぶん1冊15万語以上あると思います。だから1年でかなりの語数を読まれてる筈ですよ。それに、本の英文の難易度が全然違いますし。私は今、簡単な本しか読んでませんから。

>これは、案外、いろいろな小説でささやかれる設定です
ああ、そうなのですね。
そういう伝承があることは一応知っていたのですが、小説でよく使われる設定とは知りませんでした。思い返してみると、この辺の時代の小説はほとんど読んでいません。邦訳は凄く少ないし、英語本は(英語力不足のために)読むのが大変だしで。
まあ、そういう設定がされていても良いのですが、それを前面に出されると(この本はそうらしいのですが)嫌だなーと。歴史ファンタジーなら、それでも良いのですけれど。

>ご存じAngevin (→Plantagenet )は、Melusineの末裔といわれる家系です。この家柄が"From the Devil they came and to the Devil they will return"と言われる経緯は、始祖Fulk of AnjouがJerusalemから連れ帰った妻がMelusineだったという伝説からきています。
この辺をちゃんと調べた事がなかったので、調べようとしたのですが、混乱してしまいました。どうも、どの Fulk of Anjou かがはっきりしない、というか、"Fulk the Black (Fulk III)"と"Fulk the Younger (Fulk V)"が混ざっているような感じです。

>ちょっと鶴の恩返しみたいなエピソード
「決して中を覗いてはいけません」ですね。

>Richard IIIもこの血筋だから・・・みたいな言われ方をしますよね
あ、そうでしたか……気がついてませんでした(^_^;) 確かに言われてもおかしくはないですね。

The White Company 読み終えられたのですね。私も邦訳本を読まなくちゃ。
ちなみに、Amazon によるとこの本は151,436語だそうですよ ↓
http://www.amazon.com/dp/sitb-next/0688078176">http://www.amazon.com/dp/sitb-next/0688078176
>イギリス旅行計画を立てているところに暴動のニュースが…
大変なことになってますね。早く落ち着いてくれると良いのですが。

>メリュジーヌ伝説を小説にからめることに大した意味は多分なくて、主人公にミステリアスな雰囲気を与えるために利用しているに過ぎないんだろうとは思います。
うーむ。微妙ですね。「白薔薇の女王」は、先日借りた下巻を返して、上巻が借りられるのを待ちます。が、不安だ……

ヘンリー七世の金羊毛騎士団章については、あまり気にしてませんでした。1491年の叙任なんですね。

>なんかちょっと腑に落ちないんですが、なんであげたんでしょうね(汗
良く分かりませんが、きっと政治的事情なんでしょうね。金羊毛騎士団は世俗騎士団なので、名誉メンバー的な意味合いが大きかったんじゃないかと思います。特に外国人の場合は。……違ってたらごめんなさい。
1491年というと、マックスがシャルル8世と大ゲンカしてた時期ですから、イングランドと手を結びたかったとか?
こんにちは。
>私は今、簡単な本しか読んでませんから。
いや、どんな本でも続けて読まれるという継続の根気に感心します。去年あたりから、子供の音読をみていますが、継続的にやるとやはり効果が出てきます。(ちょっと今サボりがち・・・受験生なので内容は大学受験の長文などです)ただ、驚くのは、シャドーイングの手本部分を私がするのですけれど、自分自身にも音読の効果があります。なんというか、正確に確実に読めるようになるというか。秋になったらもう少し頑張って本を読む時間を作りたいと考えています。

>まあ、そういう設定がされていても良いのですが、それを前面に出されると(この本はそうらしいのですが)嫌だなーと。
>(Mlle Cさん)エリザベス母子がガチで魔女という設定で、それが物語の行方に大きく関わってくるのがちょっと……いやかなり……気になるところです。
この作家さん、私は一冊読んだだけなので、批判していいかどうかは分かりませんが、かなりイライラしました。おっしゃる様な歴史をねじまげてごり押しなところ私が読んだ本でもありましたね。だから、読まれた方の???はお察しします。それでも結構ファンが多いので翻訳が出るのでしょうね。

>どうも、どの Fulk of Anjou かがはっきりしない、というか、"Fulk the Black (Fulk III)"と"Fulk the Younger (Fulk V)"が混ざっているような感じです。
Melusineと結婚した伝説パターンは大きく3つあって(もっとあるとは思いますが)、Count Fulk of Anjou バージョン(Gerald of Wales)、Lusignan バージョン(Jean d'Arras)、 Count Siegfried of the Ardennes(Luxembourg )バージョンです。その中でCount FulkバージョンのFulkはFulk Vのようです。この家系の中でFulkという名前の人すこぶる評判が悪いのですが、その中でも極悪(?)人扱いがFulk the Black (Fulk III)です。実は、この人の作ったLoches城に20年ほど前に行ったことがあります。その当時は、Fulkの事はまったく知らなくて、Jeanne D'Arcが関わったお城として観ました。Fulkはこのお城を初めとして、いくつもの牢獄を目的とした(?)お城を建設したと言われていますが、何となくそう言われてみれば、入り口からいきなり、罪人を入れる篭があったような・・・。

いろんな小説読んでは読んだ尻から忘れていく、というのが哀しいのですが、その時々にメモなどを残すことにしているので、後から、それをみて思い出すこともあります。Melusineはどの時に調べたかというと、Sharon Kay PenmanのDevil's Broodという本を読んでいた時だと思います。Count Fulkの子孫、つまりPlantagenetが彼女の末裔と知ったと同時にLusignanの伝説もこの時に読みました。LusignanはEleanor of Aquitaineの故郷Poitouの貴族です。Aquitaineを継承したRichard Iにとっては目の上のたんこぶのようなトラブルメーカーです。一旦、Richard IがここからLusignan兄弟を追い出したのですが、また、生き残り、その後、Lusiginanと長い間抗争関係にあったAngoulemeとの関係修復の為、LusignanのHugh IXとAngoulemeのIsabellaの婚約が整います。が、John Lacklandが、Isabellaに一目惚れをしHughから彼女を奪い結婚。Angouleme家にとっても、一伯爵に娘を嫁にやるよりもイギリス王家との結びつきの方が遙かによかったわけですし、Johnにとっても、AngoulemeとLusignanの結びつきは危険です。だから一目惚れと同時にpoliticalな意味があったのかもしれません。ところが、IsabellaはJohnの死後、大陸に戻り、Lusignan IXの嫡男Lusignan Xと再婚します。(元彼の息子!?みたいな?)ということで、Henry IIIとLusignanの子供達はstep brothersとなり、Lusignan一族がが権力を欲しいままにした事が、Simon de Montfortを中心とするBarons' rebellionの一因となります。
こうやってみてみると、悪魔的な血が流れていると言われても何となくそうかも・・・と納得してしまう家系ですね、

長くなってすみません。では、また。
こんばんは。
えげれす旅行の旅程がだいぶ固まってきました。
が、諸般の事情によりミドゥラムは諦めることになりそうです。
諸般の事情というか……端的にいうと交通の便が悪すぎるからなんですが。
陛下、なんであんな辺鄙な所に住んでたんですか。
都会が嫌いなのは分かりますが、もうちょっとこう、後世のオタクのことも考えて欲しかったです……
(愛と根性が足りないといわれればそれまでですが)

で、今は「リチャード三世を愛した女」を読んでいます。
これ読んでるとミドゥラムに行きたくなるんですけどね(涙)
アン・ビーチャムが「エドワード3世にあんなに何人も息子がいなければ王位を要求する人が続出して国が混乱するようなこともなかっただろうに」みたいなことを言っていて、本当にそうだよなあああああと思いました。
こんばんは。相変わらずレスが遅くて申し訳ありません。

>どんな本でも続けて読まれるという継続の根気に感心します。
えへへ、ありがとうございます♪やる気が出ます。読みたい本を抵抗なくよめるようになるために、もう少し早く読めるようになりたいんですけれど、今のところ読速はあがってません。割とサクサク読めた本で測ってみたら150words/min位だったんですよねー。簡単な本を早く読む練習をするべきなのか……頑張ります。

>去年あたりから、子供の音読をみていますが、継続的にやるとやはり効果が出てきます。(ちょっと今サボりがち・・・受験生なので内容は大学受験の長文などです)ただ、驚くのは、シャドーイングの手本部分を私がするのですけれど、自分自身にも音読の効果があります。

おお、なんていいお母さんでしょう。
やはり音読は効果あるのですね。やった方が良いだろうと思いつつ、面倒で手を出していませんでした。最近、たまーに、超!やさしい本で音読を試みていますが、もう少し頑張ろうかな。

先週末に「白薔薇の女王」上巻を借りてきました(下巻は予約中)。これから読みます。図書館の貸出票というのか、返却期限が書いてある紙の挟まっていたページを開いたところ、「エリザベス母子がガチで魔女」である旨ウォーリック伯が話していて、ちょっと萎えました。やはり、この方の作品は苦手かも。
Loches城はジャンヌ=ダルクがシャルル7世に戴冠を薦めた城なのですね。知りませんでした。

>Fulkはこのお城を初めとして、いくつもの牢獄を目的とした(?)お城を建設したと言われていますが、何となくそう言われてみれば、入り口からいきなり、罪人を入れる篭があったような・・・。
罪人を入れる篭ですか。それはまた凄いですね。ロンドン塔とどっちが凄いだろう。

Lusignan 一族のお話、ありがとうございました。Melusine と結婚した話を何となく知っていているくらいで、あとは、Guy de Lusignan (Richard I に追い出された兄弟の一人ですね)がエルサレム王のちキプロス王だったくらいしか知りませんでした。
Plantagenet 王家との間にそんな因縁があったとは。悪魔的な血が流れていると言われても、無理ないかも。

>Sharon Kay PenmanのDevil's Brood
Henry II と Eleanor of Aquitaine の話ですね。私が読めるようになるのは大分先だと思いますけれど……

先月、Eleanor of Aquitaine の小説を読みました。感想を書こうと思いつつ書いていないのですが(汗)。E. L. Konigsburg の A Proud Taste for Scarlet and Miniver です。短い(32,929語)児童書なのですが、これは良かったです。
舞台は天国で(!)Eleanor は Henry II の昇天の審査が終わるのを待っています(Thomas Becket 暗殺事件のせいで、ずっと地獄から昇天できなかった)。その間に、Abbot Suger (Suger de Saint-Denis)、Empress Matilda、William Marshall、そして、Eleanor 本人が、Eleanor の人生を振り返って語ります。
Eleanor が非常に魅力的に生き生きと描かれていて、好意を持たずにいられません。彼女について他の本も読みたくなりました。

それではまた。
こんばんは。レスが遅くてすみません。

ミドゥラム、やはり交通の便が悪いですか。そうですよね。
残念ですが仕方ないですねー。他にも歴史オタク的見どころはたくさんあると思いますので、楽しんできて下さい。

>陛下、なんであんな辺鄙な所に住んでたんですか。
>都会が嫌いなのは分かりますが、もうちょっとこう、後世のオタクのことも考えて欲しかったです……
わはは。マジレスすると、スコットランド国境でごたごたがあった時に、早く駆けつけられるように、という意味があったんじゃないかと思いますが。あと、北部の有力貴族を牽制するためとか。

「リチャード三世を愛した女」は原書積読のまま、早数年……すでに熟成しきってるような(汗)今年中に読めるかな……(<目標が低い)

>アン・ビーチャムが「エドワード3世にあんなに何人も息子がいなければ王位を要求する人が続出して国が混乱するようなこともなかっただろうに」みたいなことを言っていて、本当にそうだよなあああああと思いました。
確かにそうなんですが(笑)。息子が少なくて早死にしたりすると、それはそれで困るし。難しいですね。
こんにちは。先日英国旅行より帰国しました。
なんか振り返ってみるともはやリチャード紀行と言っても過言ではないくらいのリチャード率の高さです。
おかしい… 私リカーディアンじゃないはずなのに…(多分まだ)

ヨークシャーは良いところでした。
好きになりすぎてロンドンに移動するのが悲しかったです。
ロンドンも楽しい街なんですが、大都会だし人は多いしなんか東京を思い出しちゃってぐったりしました。
ウエストミンスター寺院も混み混みで何がなんだか…(あ、でもアン・ネヴィルのメモリアルは確認できました)
ヘンリー7世の墓所はほんとにきらびやかで荘厳でした。
グレイフライヤーズは駐車場だしソア川なんてゴミが浮いてたのにっ。なんだこの差は! キー!

やっぱりミドゥラムにも行けばよかったなーとちょっと後悔です。
次に行くことがあったらロンドン滞在を減らして地方中心に回りたいですね。
フォザリンゲイにも行ってみたいし。
Mlle Cさん、おかえりなさい!お楽しみになられたようで良かったです(^_^)

>リチャード紀行と言っても過言ではないくらいのリチャード率の高さ
本当、レスター、ボズワース、ヨーク、シェリフ・ハットンと、リカーディアンとしか思えませんよー。

ウエストミンスター寺院、やっぱり混み混みでしたか。アン・ネヴィルのメモリアルを確認できたとのことで良かったです。

>ソア川なんてゴミが浮いてたのにっ
あうっ。汚い川なのか……

>ミドゥラムにも行けばよかったなーとちょっと後悔です
是非、リベンジを。私も行きたいなー。

先日はメールいただき、今回はコメントもいただいて、ありがとうございました。
それではまた。
あけましたおめでとうございました。相変わらずLoyalty(ryを全然読めてなくて自分の英語力の低さに寒気を覚えております。
そういえば「私の英国史」内に気になる引用がありまして、ヴェネツィア公使の手紙に『ヘンリー6世が従者のふりをして、イングランドに到着したマルグリット王妃に
手紙を渡しに行った(サフォーク公同伴で)』という内容のがあって「ちょwwwwwアンリくん意外とアクティヴwww」と思ったのですがここで気になる疑問が
・国王陛下がそのような行動をとることって当時のヨーロッパではよくあることだったのか
・手紙でわざわざ報告してるくらいだからやっぱり当時でも稀な出来ごとだったのか
ということで、というかなんでわざわざ陛下おん自らお出ましになる必要が 事前にマルグリットが美人だと聞いていて自分の目で確かめたくなっちゃったのか?
女に目が無いシャルル叔父さんでもそこまでしないぞ?と彼の行動について大変疑問に思えてきました。
すごく下らない疑問なのですが読んでいて「はい?」と引っかかりを覚えましたゆえ…
あけましておめでとうございました。今年もよろしくお願いします。
私は、年末に滑り込みで、リチャード関連本をなんとか1冊読みましたが(juvenile もの)、年明けから読みだした Young Adult ものに予想外に苦戦しています。中学生向けの小説でノロノロしか読めないなんて情けない。もっとサクサク読めるかと思ったのにorz 1章読んでちょっと疲れたので(全然大した内容じゃないんですけどねー)ゆるゆると読みますです。

>「私の英国史」内に気になる引用がありまして、ヴェネツィア公使の手紙に『ヘンリー6世が従者のふりをして、イングランドに到着したマルグリット王妃に手紙を渡しに行った(サフォーク公同伴で)』という内容のがあって「ちょwwwwwアンリくん意外とアクティヴwww」と思ったのですがここで気になる疑問が

『私の英国史』入手したものの、ほとんど読んでません(汗)。ええー、そんな記述が!と慌てて確認しました。
「ヴェニス公使 ラファエロ・デ・ネグラの手紙」ですね。
ちょっと調べたんですが、長くなりそうなので、後ほど記事に書きますね。

>国王陛下がそのような行動をとることって当時のヨーロッパではよくあることだったのか
ないと思います!いえ、良く知らないけど……ないですよね?(ちょっと不安)。
周りの者に全力で止められそうな気がしますけど。

[追記]
記事UPしました。
http://richard111.blog.ocn.ne.jp/richard/2012/01/henry-vi-margar.html">http://richard111.blog.ocn.ne.jp/richard/2012/01/henry-vi-margar.html
『私の英国史』内にはロンドン塔に閉じ込められていたころに作成した詩も掲載されてますが、当時のアンリくんって詩が作れるほど精神状態良好
だったんでしょうか(なんせ体を壊してるくらいだし)とか疑問が尽きませんね。あとものすごい下らないことなんですがマルグリット王妃の髪の色に
関して気になってシャルル7世ファンサイトの方に伺ってみたら「アンジュー家の人は黒髪ですよ~」とのお答えをいただき、じゃあwikipediaとか歴史
関連の本によく掲載されてるイルミネーション(ジョン・タルボット卿が本を献上する挿絵)のやつ嘘やんとか、まああれを信用しすぎちゃダメですね

イルミネーションを信用しすぎちゃと言いましたがベドフォード公の時禱書に関してはなんせブルゴーニュ公→フランドルの工房が関わってる一大企画
だしというわけで、そこに描かれたアンリくん戴冠のイルミネーションについては信頼がおけると勝手に思ってます(´∀`*)
あとアンリくんはフランス語できたのかうんぬんの件を蒸し返すようなことになってしまうのですが、彼が1430~31年にルーアン、パリに滞在している
ことを鑑みると多少は出来なきゃおかしいだろう(滞在期間的に考えて)と考えられますよね。
相変わらず超絶レスの遅い秋津羽です。

>『私の英国史』内にはロンドン塔に閉じ込められていたころに作成した詩も掲載されてますが、当時のアンリくんって詩が作れるほど精神状態良好だったんでしょうか(なんせ体を壊してるくらいだし)とか疑問が尽きませんね。

みのむしさんのコメントを読んで、件の詩の部分を読んでみました(詩が掲載されているのに全然気づいてなかったw)。
当時の彼の精神状態については私も良く分からないのですが、5年の間には状態の良いこともあったんじゃないでしょうか。それ以前も症状の悪化と改善を何度か繰り返していますよね。意思疎通困難になったり、回復したり。彼は統合失調症だったと推測されています(祖父のシャルル六世も同様)が、結構、波があったようなので、調子の良い時に詩を作ってても個人的には不思議には思いません。

ちなみに、『私の英国史』では、「1464年から69年までの5年間」の幽閉の間に作成された詩、と書かれていましたが、1465年から1470年だと思います。
ヘンリー六世は、1465年7月に Ribblesdale で捕えられ、ロンドン塔に送られました。解放されたのは1470年10月です。
1471年、エドワード四世が亡命から戻り、4月にヘンリー六世は再びロンドン塔に送られます。そして、4月14日のバーネットの戦の戦場に連れ出され、戦の後にまたロンドン塔に幽閉され、おそらく5月21日に殺されました。

>シャルル7世ファンサイトの方に伺ってみたら「アンジュー家の人は黒髪ですよ~」とのお答えをいただき、wikipediaとか歴史関連の本によく掲載されてるイルミネーション(ジョン・タルボット卿が本を献上する挿絵)のやつ嘘やんとか、まああれを信用しすぎちゃダメですね
えー、黒髪なんですか。
本当、当時の写本の挿絵は信用ならないですよねー。髪の色くらい、正確に描いてほしいもんです。肖像画の場合はある程度信用できるんじゃないかと思ってるんですけれど。

マーガレット王妃の外見についてですが、ミラノの大使 Raffaelo de Negra がミラノ公妃(女公)に宛てた、信憑性の怪しい例の手紙に記載がありました。それについて、歴史小説家の方がご自身のブログで考察していました。後日、記事にしたいと思います。しばしお待ちを。

ヘンリー六世、フランス語は話せたと思います。根拠は何もないのですが(おい!)、当時の王族の教養として、フランス語とラテン語は子供の頃からある程度やらされた筈。
これについても、ちょっと記事にする予定です。エドマンド・キング著の『中世のイギリス』の記述の件。

では、また。
>彼は統合失調症だったと推測されています(祖父のシャルル六世も同様)
シャルル6世のように剣を振り回すなどして人を傷つける方向に行かなかったのは症状としてはましな方なのかもしれませんが、やっぱ戦闘中に
木の下で歌いだしたりされるのは味方の将帥も相当戦闘意欲殺がれると…思います…。あと彼の人生後半ほぼロンドン塔暮らしで嫌すぎます…

>フランス語とラテン語は子供の頃からある程度やらされた筈
辞典でそのような記述を見つけました!父親と叔父さんたちが習得していて本人は未習というのは不自然ですものね。
ということはマルグリット王妃とのコミュニケーションもフランス語を用いていたという推測でおkっぽいですね…
じゃあ『中世のイギリス』内のフランス語全然ダメですといわんばかりのあの記述はなんだったのだろうか(・ω・ )
>やっぱ戦闘中に木の下で歌いだしたりされるのは味方の将帥も相当戦闘意欲殺がれると…思います…。
う、確かに……。病気だから仕方ないんだけど、それでもねー。

ロンドン塔幽閉時、訪問者は許されていたそうですが、幽閉から解放された時、あまり清潔な状態ではなかった(という意味だと思います)と Oxford DNB にありました。
But on his release in October 1470 it was observed that he was ‘not worschipfully arayed as a prince, and not so clenly kepte as schuld seme such a Prynce’

>『中世のイギリス』内のフランス語全然ダメですといわんばかりのあの記述はなんだったのだろうか
記事にを書きましたのでご覧ください
http://richard111.blog.ocn.ne.jp/richard/2012/01/henry-vi-french.html">http://richard111.blog.ocn.ne.jp/richard/2012/01/henry-vi-french.html
病理科学等が発達した現代でも手に負えない病気(完全には治癒しない)のだから中世末期なんてそりゃ悪くなる一方だったのではないかと…
悪魔憑き扱いされても文句言えないですよね…(あくまで中世ヨーロッパ基準で)
祖父の因果(シャルル6世、ヘンリー4世的意味で)が孫に報いとか思われたのだろうか。

>and not so clenly kepte as schuld seme such a Prynce
ひどい…いやシャルル6世よりはましか…いやでも「最悪」と引き比べてましなんて言ってもなぁ……
廃位されたから、ということで扱いがぞんざいだったとか?
当時は治療法もなかったでしょうし、それどころか、病気についてのちゃんとした概念もなかったでしょうしね……悪化したり、一時的に回復したりしながら、だんだん悪くなっていったんだろうなー。

>祖父の因果(シャルル6世、ヘンリー4世的意味で)が孫に報いとか思われたのだろうか。
絶対言われてそうです (>_<)

>ひどい…いやシャルル6世よりはましか…いやでも「最悪」と引き比べてましなんて言ってもなぁ……
>廃位されたから、ということで扱いがぞんざいだったとか?
前王としてふさわしい扱いはされてなかった、みたいなニュアンスですよね、あの文。
シャルル六世の状況は「最悪」だったんですか?私、ほとんど知らないんです。「シャルル六世を慰めるために作られたタロット」と言われてるものの画像は見たことがあるんですが、実際はシャルル六世のものじゃなかったらしいと書いてありました(違ったんかい)。
>シャルル六世の状況
ジュール・ミシュレの本で見かけた記述では確かひげも爪も髪の毛も切ってもらえず、垢まみれで放置というひどい有様だったとかなんとか…
風呂に入れるのも一苦労だったそうです。「悪魔が来るよ!」と召使いが脅してやっとお風呂に入ってくれたとかいう話も別の本で見かけました。
本当にひどい扱いだと思います。最初に症状が現れたときに妄想にとりつかれて同伴の貴族を斬り殺したり散々暴れた国王をベリー公だかオルレアン公だか
がやっとのことで止めたみたいなことがあったそうです。武術に長けた人だったそうですがこんなところで裏目になって表れているのを鑑みるとアンリくん
が武術とか興味持たない人でよかったというか…しかし治療手段もなくだんだん夫がおかしくなっていく有様を見ていることしかできないマルグリット王妃
の心情を思うとやりきれませんな。
みのむしさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。

>ジュール・ミシュレの本で見かけた記述では確かひげも爪も髪の毛も切ってもらえず、垢まみれで放置というひどい有様だったとかなんとか…
>風呂に入れるのも一苦労だったそうです。「悪魔が来るよ!」と召使いが脅してやっとお風呂に入ってくれたとかいう話も別の本で見かけました。
工エエェェ(´д`)ェェエエ工 ひ、悲惨だ……

>最初に症状が現れたときに妄想にとりつかれて同伴の貴族を斬り殺したり散々暴れた国王をベリー公だかオルレアン公だかがやっとのことで止めたみたいなことがあったそうです。

Wikipedia にはブルゴーニュ公フィリップ・ル・アルディがオルレアン公に「逃げろ、甥よ」と声をかけた、と書かれてました。英語版やフランス語版には何故かそういう記述はなかったんですが、何か記録があるんですね。
しかし、武芸に長けた若い男性に武器持って大暴れされたら堪りませんよね……
ヘンリー六世は周りの者にも自分自身にも危害を加えることはなかっただけ良かったと考えるべきなんだろうなぁ。
先のレスで参照したシャルル6世の病状は「フランスの歴史をつくった女たち」の記述だったかもしれません。引用が適当で申し訳ありません…
それにしても一国の王様にする扱いではないですよね。
ジュール・ミシュレのほうはだいぶオブラートに包んだ感じで記述されてます。オルレアン公に斬りかかろうとしたところを他の誰かが止めた、みたいな記述で
誰が止めたかまでは書かれてませんです…でも止めるまでに4人斬り殺したそうです。怖い!
Wikipediaではフィリップ・ル・アルディが止めたという記述があったんですね!ブルゴーニュ公ファンブログとしてはすごい情けないっす…
フィリップ豪胆公ぶっちゃけ興味持てないとかどちらかというとシャルル突進公に愛を注ぐブログだとか言い訳するにしても情けない限りですorz

>ヘンリー六世は周りの者にも自分自身にも危害を加えることはなかっただけ良かった
それでも廃位されて利用されて殺されちゃう中世末期イングランドの乱世は恐ろしい…
マルグリット王妃のがんばりは一体何だったのか、とかいろいろ考えてしまいますね。ていうかこうなったのって全部婚約お膳立てしたシャルル7世のせいじゃね?
>Wikipediaではフィリップ・ル・アルディが止めたという記述があったんですね!
あ゛あ゛あ゛、紛らわしい書き方をしてすみませんm(__)m 日本語版と英語版、あと、フランス語版の該当部分を英語に機械翻訳して読んだんですが、誰が止めたかは書かれてませんでした。なので、みのむしさんがショック受ける必要なかったんです……

Wikipedia日本版には
『この時、同行していた叔父フィリップ豪胆公は、後に対立することになる王弟オルレアン公ルイに「逃げろ、甥よ」と声をかけたといわれる。』
と書かれてました。英語版やフランス語版にはその記述はないんですが。Wikipediaには出典は書かれていなくて、ちょっとだけ日本語と英語でググったんですがわかりませんでした。

Wikipediaは便利で重宝しているんですが、歴史関係に関しては、というか、学術関係に関しては、参考程度に考えています。特に日本語版は。前にも書いたような気がするんですけれど。
専門家の間で一般的になっている考えと、そうでないものが混在していると、素人には見分けるのが極めて困難なんですよね。それでも英語版は個人的には割と信用してますが。執筆者の数が多いせいもあるのか、比較的修正が利いているように感じます。サブカルチャーに関しては日本語版Wikipediaは結構充実しているような気がするんですけど。

>こうなったのって全部婚約お膳立てしたシャルル7世のせいじゃね?
そうだと思います!
>『この時、同行していた叔父フィリップ豪胆公は~
今まで読んできたブルゴーニュ関連の資料とか「ブルゴーニュ公国の大公たち」にも記述がないのでソースが知りたいですね~。
どこから得た情報なんだろう…

Wikipedia英語版もなかなか変な記述があったようですwこれとか→ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-3893.html(現在はそれなりに修正されているみたいです)
>今まで読んできたブルゴーニュ関連の資料とか「ブルゴーニュ公国の大公たち」にも記述がないのでソースが知りたいですね~。
ああ、そうなんですね。情報源どこなんでしょうね。

Ōtomo clan凄い!何、このカオスw
履歴を見ると、2006年8月から2010年10月まで "from the Yamato period through the Sengoku period" になってたようですね。4年以上……
てか、今も、
Its members include:
Ōtomo no Kuronushi
って記述が残ってるんですが……
やっぱ英語版も危険だなあ。英語圏のことならこうはならないかな。
ブルゴーニュ公フィリップがシャルル6世を止めた云々に関しては、これが事実なら絶対ブルゴーニュ関連の文献に言及があるはずなのに(ブルゴーニュ
公はこんなにすごい的な意味で)それがない、ということは民間伝承とかそういうレベルの話なのかもしれないですね。
「この中に裏切り者がいる!」とわめいて周りの人を斬り殺す→他の人に止められたというのは確実ぽいんですけど…

そういえばヘンリー6世は近代に入ってステンドグラスが作られてたりイートン校に彫像が建てられてたりしてて、肖像画があっても墓碑像すらないフィリップ・
ル・ボンとかと比べて待遇がいいよなぁと思います。ホットスパーのヘンリー・パーシーなんてアニック城に2つも彫像建ててもらってるしなんてうらやましい。

ここまで清々しく混ざってるともう…しかも恐ろしいのは参考文献が提示されていてこれだという。
大友黒主は違うだろ…と思いながら見てましたが面白いからいいかってもうゆるく考えてますw英語圏の人が日本史に関して学ぶ機会も少ないだろうし、
極東の歴史について詳細を知るのはかなり難しいんだろうな~と。でもこんなカオスを4年もツッコミ皆無で放置はさすがにあんまりなのではwwwww
しかしあれですね、日本語版も西洋史に関してはこういう「おい!」と突っ込まれるような箇所があるのかなと思うと…
>ブルゴーニュ公フィリップがシャルル6世を止めた云々に関しては、これが事実なら絶対ブルゴーニュ関連の文献に言及があるはずなのに(ブルゴーニュ公はこんなにすごい的な意味で)
日本版Wkipediaには「ブルゴーニュ公が止めた」とまでは書かれてなかったんですよ。なので、オルレアン公に声をかけて先に逃がした後に、自分も逃げたという解釈もできますw
紛らわしい書き方で重ね重ねすみません m(__)m
誰が止めたのかは、ちょっと調べた程度ではわかりませんでした。でも、止めた人の名前が広まっていないところをみると、きっとあまり大物じゃなかったんじゃないでしょうか。

>肖像画があっても墓碑像すらないフィリップ・ル・ボンとかと比べて待遇がいいよなぁと思います。
ええ、そうなんですか?可哀そう。
学校の創立者の彫像は建てますよね、やっぱ。フィリップ・ル・ボンも学校建ててれば、きっと彫像造ってくれたのに。でも、国がなくなっちゃったら無理か。

参考文献に関しては、文献自体がアレなのか、文献を読んだ人が激しく勘違いしたのか、どっちなんでしょう。
米 Amazon で同じ著者の本のタイトルとか経歴とか見た感じではマトモそうなんですが。

>Sansom, George (1961). "A History of Japan
http://www.amazon.com/dp/0804705259/">http://www.amazon.com/dp/0804705259/

>Turnbull, Stephen (1998). 'The Samurai Sourcebook'. London
http://www.amazon.com/dp/1854095234/">http://www.amazon.com/dp/1854095234/

>日本語版も西洋史に関してはこういう「おい!」と突っ込まれるような箇所があるのかなと思うと…
たくさんあるんだろうなあ……
>止めた人の名前が広まっていないところをみると、きっとあまり大物じゃなかったんじゃないでしょうか
武芸に秀でた若い国王が剣を振り回すのを危険を顧みず制止したという点を考えるともっと評価されるべき…というか歴史に名前残ってもいいんじゃないかと
思うんですが(´・ω・`)ていうかブルゴーニュ公は結構な齢だったし20代の国王を止めるのは物理的に無理がありますね、そもそも。

>フィリップ・ル・ボンも学校建ててれば、きっと彫像造ってくれたのに。
絵画などでちょこちょこ描かれてますが、やっぱ立体物がないのはちょっとしょんぼりしますね。
アニック城でのヘンリー・パーシーの人気っぷりには驚きました。名高いウォリック伯の彫像とかを見ないのはエドワード4世に逆らった戦犯扱いされたからでしょうか。
マルグリット・ダンジューとプランス・エドゥアールだって後世に彫像作ってもらっているというのに。あの彫像は最初見たとき「ちょwwwパパ仲間はずれwww」
と思いました。後世の立体物でまで一家離散させなくてもさぁ!
そういえばイートン校ではヘンリー6世の命日にきちんと追悼ミサをあげるとかなんとか聞きましたが本当かしら。リスペクトされてるんですねぇ。
リチャード3世もぼちぼち立体化されてていいな~大人気ですやんとひとり羨ましがってます。シャルル・ル・テメレールも教会に寄進した彫像つきの聖遺物函
(在世中に作られたもの)があったりしますが、こういったイングランド史のハイライトを飾った人物たちに比べると少ないですし。

シャルル・ル・テメレールが母の没後にディジョンまで父母の遺体を移送したそうなんですが、ブルゴーニュ戦争のゴタゴタで墓碑が作れずじまいだったそうで。
シャルル陣没→フィリップ・ル・ボン夫妻の墓碑事業頓挫という流れらしいですよ。自分は娘と一緒に金箔張りの豪華な墓碑像作ってもらってるくせに←
こんばんは!

>武芸に秀でた若い国王が剣を振り回すのを危険を顧みず制止したという点を考えるともっと評価されるべき…というか歴史に名前残ってもいいんじゃないかと
本当、なんで名前が伝わってないんでしょうね。

>アニック城でのヘンリー・パーシーの人気っぷり
ひょっとして、シェイクスピア先生の影響でしょうか?

古い彫像がこれ↓
http://www.flickr.com/photos/setsuyostar/3437485830/">http://www.flickr.com/photos/setsuyostar/3437485830/

で、2010年の新しいのがこれですね↓
"memorial garden at Pottergate in Alnwick" にあるそうで、Alnwick Castle のそばみたいですね。
http://www.journallive.co.uk/northumberland-sites/alnwick-northumberland/alnwick-news/2010/08/21/duke-of-northumberland-unveils-harry-hotspur-statue-61634-27119357/">http://www.journallive.co.uk/northumberland-sites/alnwick-northumberland/alnwick-news/2010/08/21/duke-of-northumberland-unveils-harry-hotspur-statue-61634-27119357/

上の記事には、パーシー家が Alnwick に来てから2009年で700年なのを記念して作成されたと書かれてました。ノーサンバランド公が資金援助したそうです。現在のノーサンバランド公はパーシーさんなので、当然と言えば当然ですね。彫像の顔を作る時にノーサンバランド公の長男で後継者の Earl Percy がポーズをとったとか。
3枚目の写真の向かって左がノーサンバランド公で、右側が Earl Percy じゃないかと思うんですが、写真が小さくて良く分かりません。

ウォーリック伯は……確かに名高いけれども、人気があるかと言われるとどうなんでしょうねー。あと、ネヴィル家の子孫ているのかなー。調べたことがないのでわかりませんが、ネヴィルを名乗っている子孫はいないんじゃないでしょうか。もちろん、血を引いている人はいるでしょうが、結構薄まっているんじゃないかと。

>あの彫像は最初見たとき「ちょwwwパパ仲間はずれwww」と思いました。後世の立体物でまで一家離散させなくてもさぁ!
それは思いつかなかった。でも、確かに。リュクサンブール公園の母子像ですよね。イギリス人の像なんていらん!と思われたとかw

>シャルル・ル・テメレールも教会に寄進した彫像つきの聖遺物函(在世中に作られたもの)があったりしますが、こういったイングランド史のハイライトを飾った人物たちに比べると少ないですし。
ちょっとしてイギリス人て彫像を作るのが好きとか?

>シャルル・ル・テメレールが母の没後にディジョンまで父母の遺体を移送したそうなんですが、ブルゴーニュ戦争のゴタゴタで墓碑が作れずじまいだったそうで。
>シャルル陣没→フィリップ・ル・ボン夫妻の墓碑事業頓挫という流れらしいですよ。
ああ、そうなんですね。ありがちな展開だ……
>ひょっとして、シェイクスピア先生の影響でしょうか?
シェイクスピアの影響ならもっと若々しく作るのでは(専制版ホットスパーはどうみてもミドルティーン~ハイティーンくらいなんで)…と思いましたがリチャード3世も
マジでせむ○しのち○んばに作ってる彫像はないですしそれ(フィクション)はそれこれ(史実)はこれという感じで両方のいいとこ取りしてるのかも。

>ウォーリック伯は……確かに名高いけれども、人気があるかと言われるとどうなんでしょうね
「騎士道の導きの星」とかいわれるほど当時の市民人気と影響力は絶大だったと聞いたんですが、ひょっとしてシェイクスピアの創作のせいで人気落ちたとか
なんてことは…ウォリック伯エドワードとマーガレット姉弟の処刑でお家断絶してますがソールズベリー伯リチャード・ネヴィルの兄弟姉妹とかウォリック伯
リチャードの兄弟姉妹とかで枝分かれしたり他の貴族に接ぎ木したりとかで残ってませんかね~。イングランド貴族は疎いのでさっぱりです…
だいたい国土狭いくせに家が多すぎると思います

>イギリス人の像なんていらん!と思われたとかw
母親はフランス人なんだから作ってあげてもいいじゃんwと思うんですがイングランド王の肩書きがよくないの!?
歴史的には認めてもらえなかったけど一応フランス王として戴冠した人なのよ!!!やっぱり戴冠はランスじゃないとダメなんですか!

シャルル・ル・テメレールはフィリップ・ル・ボンとイザベル・ド・ポルテュガルの墓をちゃんと作ってから戦死するべきだったよね(´・ω・`)
マリー・ド・ブルゴーニュの治世はルイ11世にちょっかいかけられてそれどころじゃないし…カール5世が作ってあげればよかったのに。
こんにちは。
>>アニック城でのヘンリー・パーシーの人気っぷり
ひょっとして、シェイクスピア先生の影響でしょうか?
>彫像の顔を作る時にノーサンバランド公の長男で後継者の Earl Percy がポーズをとったとか。
個人的な意見ですが、変人、嫌われ者が多いPercy家の中でHotspurだけがヒロイックに好感度高いです。私の読んだ本の中では、Edith Pargeter (CadfaelシリーズのEllis Peters )A Bloody Field by Shrewsbury の中に出てくるHotspurが格好良かったです!確か、Nigel TranterのBruce Trilogyの中でもちらっと出てきた彼はすごく若かったですけれど、これも好印象でした。思い出してみれば、(前に伝言板に書きましたが)WainwrightのWithin the Fetterlockも良い感じでした。こうやって複数の作家さんが良い感じで書くということは、やはりそれだけの人物だったのではないかな。

>ウォーリック伯は……確かに名高いけれども、人気があるかと言われるとどうなんでしょうねー。
主役というか名脇役的な感じが私の印象です。まだ数ページしか進んでいないUnder the Hogですが、冒頭はKingmakerとGeorgeの板付きで始まります。

>>あの彫像は最初見たとき「ちょwwwパパ仲間はずれwww」と思いました。後世の立体物でまで一家離散させなくてもさぁ!
それは思いつかなかった。でも、確かに。リュクサンブール公園の母子像ですよね。イギリス人の像なんていらん!と思われたとかw
リュクサンブール公園のあのコーナーは女性専用座席・・・のようなもので、Reines de France et Femmes illustres 20体が池を見下ろしています。

>ネヴィル家の子孫ているのかなー。
Sir Ralph de Neville, 1st Earl of Westmorlandが恐ろしく子だくさんなので、絶対沢山いますよ。Kingmakerのお父さんだって大概、子だくさんだし・・・ちょっとだけ調べたらこの家系子宝に恵まれている?・・・だから現在もいらっしゃると思います。例えばEarl of Abergavenny,Marquess of Abergavenny,Earl of Lewesはextantってありますし。ただ、このファミリー、調べ始めると深みにはまるので気をつけなくては・・・。

では、また!
>やはりそれだけの人物だったのでは
そういえば『シェイクスピア史劇の古戦場』でも「シェイクスピアが描いたみたいな猪武者じゃないからね」とフォローが入ってました。
その本で紹介されていたシュルーズベリー戦の前に世話になったお宅に剣を置き忘れた伝説にもグッときました。
辞典や歴史関連の文献をちょっと読んだだけで小説とかは全く当たっていなかったので読んでみようかな~と思います。
とりあえずぷあな英語力をなんとかしてLoyalty Binds MeとThe Queen of Last Hopesを読み終わったら…
というかいちいち電子辞書頼りなのはなんとかしないと…

>女性専用座席
プランス・エドゥアールはいいのだろうか(真顔)
銭湯の女湯に小学校低学年の男の子が母親と一緒に入ってくるようなものと考えていいのだろうかしら?

>大概、子だくさんだし
wikipediaをのぞいてみてなんだか娘2人を残したのみのウォリック伯が特異例なのかもしれないと思えてきました。


私事になりますがThe Queen of Last Hopesをサフォーク公が斬首されたお知らせがマルグリットに届いたところまで読みました。
サフォーク公をお父さんのように慕っていたマルグリットが3日間泣き通しのシーンは読んでいるこちらもつらく…サフォーク公すごく
国王夫妻と国思いの実直ないい人だったのに何故殺した

正直この先を読み進めるのが怖いというかつらいというか…シャルル叔父さんなぜそんなに容赦ないんですか、姪が英仏の平和も
築けないしヘンリー6世との間の子どもも生まれないと無力感に打ちひしがれてるではありませんか。
心優しいジェントルマンなヘンリー6世がこの先ひどいことになるのかと思うとまたまたつらいです。読み進められる気がしない。
この本を読み終わったとき私は生きているのだろうか(゙ω゙;)
こんにちは。
>(みのむしさん)銭湯の女湯に小学校低学年の男の子が母親と一緒に入ってくるようなものと考えていいのだろうかしら?
まさにそんな感じです。しかもこの彫像のEdwardがなかなかひ弱な感じ、というかマザコンな感じで、人の子だけれど、「しっかりしなさい!」と背中をどやしたくなるぐらいの雰囲気を醸し出しています。
>私事になりますがThe Queen of Last Hopesをサフォーク公が斬首されたお知らせがマルグリットに届いたところまで読みました。
Susan Higginbothamですよね?この本はチェックしていたものの、彼女のThe Traitor's Wifeはすごくよくて、The Stolen Crownがもひとつ、もふたつという感じで、Hugh and Bessは、まぁまぁ・・・という感じだったんで、どうしようかなと購入を迷った本の一つです。みのむしさん、もし読まれてすごくよかったら是非、教えてください!
wikipediaフランス語版の画像をよく見てきました>彫像のEdward 
なにこれかわいい!プランス・エドゥアールのくせにw(プランスはなんとなくガチムチマッチョなイメージが) …マルグリット・ダンジューが一瞬クリスティーナ・
ドイテコム演ずる夜の女王にダブりました。なにこれ強そう。エドワード4世倒しに行けそう。いや~それにしてもやっぱり男のタイツっていいですねぇ

>もし読まれてすごくよかったら
個人的に想いあって信頼しあって穏やかに愛しあうヘンリー6世とマルグリット王妃が見られればそれだけで大満足ですと思って買いましたがそこらへんは
期待以上によく描かれてます!1章で時間止まってくれればいいのに!そしてヨーク公にイライラする、ふしぎ!
セシール・ネヴィルさんは第一印象こそよくなかったけれども、プランス・エドゥアールが生まれる前後あたりで印象が持ち直すのにヨーク公リチャードは100ページ
くらいまで読んでも何を考えてるんだかよくわからない疑惑の人物あつかいです(←とエクセター公とサマセット公子ヘンリー・ボーフォートが言ってました!)

読んでしょっぱなからシェイクスピアの創作したサフォーク伯×マルグリットフラグがへし折られたりヘンリー6世従者変装フラグ回収があったりで痛快です。
そしてヘンリー6世陛下とマルグリットのやりとりがいちいち甘酸っぱくてなにこの昔のなかよし・ちゃおとかのヒーローとヒロインみたいな関係は…
ルーアン滞在~イングランド上陸の間にせっかく覚えた英語が全部吹っ飛んでしまったかわいそうなマルグリットのために陛下が英語なまりのフランス語で
会話するところなんてもう しかも穏やかな天気の下で木陰のベンチで座ってふたりでってもう ダメだ陛下が23歳にみえないどう見ても精神年齢16~18歳とかもう
陛下は作中(廃人化前の時点)で、ジャック・ケイドの乱のときにマルグリットを危険から遠ざけるために突き放した言い方をしたのを除いて怒ったシーンが
ないんですよね…困ってるとか笑ってるとかはよくあるけど。あと優しい目をしているとか確かサフォーク侯がモノローグで犬みたいな目をしてとか言ってま
したがおそらくパピヨンかチワワのような目とみた。ヘンリー6世陛下がジェントルすぎて生きるのが辛い。

とりあえず書庫を作ってさわりから紹介してみてますhttp://blogs.yahoo.co.jp/minomushi106/folder/1604147.html">http://blogs.yahoo.co.jp/minomushi106/folder/1604147.html
現在陛下は絶賛廃人中でしかもどんどん周りの状況が悪くなっていって、ヨーク公にケツバットでも叩きこまないとどうにも気が収まりません。
Leiさん、みのむしさん、大変大変ご無沙汰しております m(__)m
1か月半もブログ放置してしまいましたが、ちゃんと生きてます (^_^;)
自分のことやら友人達のことやらでバタバタして何だか落ち着かず(友人の一人に無事赤ちゃんが産まれたのは嬉しいんですが、その他は残念ながら慶事ではありません~)、お二人のコメントは拝見していたものの、レスできずにおりました。

でも、私が放置している間も、みのむしさんとLeiさんがコメ欄で情報交換なさってて良かったです。ありがとうございます。
4月以降、もう少しこちらに時間が割けるといいなと思ってます。
相変わらずのスローペースですが、今後ともよろしくお願いします。
おひさしぶりです~。ご多忙のなか返信してくださりお手数をおかけして申し訳ございませんでした。
こちらに書き込んだあとに「こういうことはブログとツイッターでやれ」と自己ツッコミしてました。読み進めるのと記事を更新するために読み直すのが同時進行
がなかなか難しくて(主にマルグリット王妃と周りの人物に思い入れを感じてしまって感情が滾ってうまく記事にまとめられない現象)手間取っております。
シェイクスピア読んでも歴史関連の本読んでも特に何も思わなかった、どころか見分けが時々ついてなかったくらいのサフォーク公とサマセット公が本当に
「どうしてこんな必死に頑張ってる人たちが酷い目に遭わなくちゃいけないんだー!」と叫びたいほど感情移入してしまって、しかもそれがだいたいヨーク公の
せいということにお話の展開上なっているので、自分の中でヨーク公の株が下がりまくりで残念です。エドワード4世とリチャードの描写はどうなることか。
ジョージは…まぁジョージだから今後の描写についてはそれほど心配してません。
こんばんは!
ROMですけれど、みのむしさんのブログはいつも拝見してます。
Susan Higginbotham さんの本は、私は読んだことないのですが、Leiさんの御感想を読んで興味はあったので、コメントいただくのは嬉しいです。全然レスできなかったのが申し訳ないだけで。
しかし、ヨーク公リチャードは疑惑の人物なんですね。ひょっとして、ヨーク方は全般に良くない扱いなんでしょうか?
ジョージは、まあ、ジョージですからねー<それで説明がつくと思っているw
>ヨーク公リチャードは疑惑の人物なんですね
疑惑どころか…「サフォーク公の庶子(娘)はフランスで尼僧をレイプして出来た子」とか「王太子は取り替え子」とかろくでもない噂の発信源でして、
ていうか「王太子は取り替え子」の噂に対してマルグリットが反論したら『たとえ国王陛下と寝床を共にされた日を明らかにしたところで、王太子が
国王の実子だという確たる証明にはならないでしょう(ニヤニヤ』とかなんとか言ってなんというか控えめに言ってもUNKOですこのヨーク公
マーチ伯エドワードに関しては明るいイケメン描写が目立ってて、今のところそれほど悪い描かれ方はしてませんです。
Love Dayに開かれたジョストで『俺はこういう模擬試合は好きじゃないんで見てるだけでいいっす』みたいなことを言ってヨーク公に『怠け癖はよくないぞ』
と突っ込まれてましたね。『実戦ではうまくやるからいいもん』と返されてぐぬぬしてましたが。
ブロア・ヒースの戦いが終わったところまでひとまず読み進めました。オードリー卿ジョン・トゥシェが戦いの前に『わが軍はヨーク方を圧倒しております
ゆえ、スタンリーの援軍などいりませぬ!』と言ってそれ敗北フラグとか死亡フラグや!って思ってたらやっぱり…案の定………orz
サフォーク公といい(『塔を綺麗にしておけば貴方の身の安全は守られるだろう、と占い師に昔言われまして』)サマセット公といい(『あの日はお前(
ドーセット伯ヘンリー←ハルくん)につらい思いをさせたな。今こそ私がお前に親らしい振る舞いを見せてやる時だ』)ランカスター方は一級フラグ建築士が
多すぎると思います…へこむ。思い入れのある登場人物に次々死なれるとかなりへこみます。
こんばんは。レスが遅くて、ネットでのやり取りというより、郵便を通り越して、飛脚便みたくなってます……

>ろくでもない噂の発信源
ひでーよ、ヨーク公。徹底的に悪者みたいですね。

ずいぶん前の話題ですが、ネヴィル家の子孫について。本家についてはLeiさんがコメントしてくださいましたが、血のつながった子孫なら結構たくさんいると思うんですよね。
そもそも、現在の王室にもネヴィル家の血が流れています。かなーり血は薄まってると思いますし、エリザベス女王ご自身は、たぶん自分がネヴィル家の子孫でもあるということは普段意識されてないと思いますけれど。

個人的に興味深かったので、書き出してみました↓

ウェストモーランド伯レイフ・ネヴィル→セシリィ・ネヴィル→エドワード四世→エリザベス・オブ・ヨーク→ヘンリー七世→マーガレット・チューダー(スコットランド王妃)→ジェイムズ五世→スコットランド女王メアリ→ジェイムズ六世(スコットランド王)&ジェイムズ一世(イングランド王)→エリザベス・ステュアート(プファルツ選帝侯妃)→ゾフィー・フォン・デア・プファルツ(ハノーファー選帝侯妃)→ジョージ一世→ジョージ二世→フレデリック・ルイス王太子→ジョージ三世→ケント公エドワード→エリザベス二世→エドワード七世→ジョージ五世→ジョージ六世→エリザベス二世

では、また。
>徹底的に悪者
セシール・ネヴィルが途中でフォロー入れてくれるのですが、それでもマイナスイメージが強烈すぎて追いつかない不思議
基本的にマルグリット視点中心だからヨーク公の真意が掴めない仕様みたいで。結局なにしたかったんこの人、という当初の印象に逆戻りです。
あとヨーク公がエドマンドと一緒にラドロー脱出してアイルランド行ったあたりでマルグリットとヨーク家の下のお子様たちが接触していて
セシール・ネヴィルを通じてやりとりしていましたが、ジョージはやっぱりジョージでした。安定のジョージクオリティ。

「えー、王妃さまが議会を操ってるんだって母上が言ってたよ!」と本人目の前で言うジョージは間違いなくアホの子。
傍らのマーガレットが「ぅおいっ…」と言いかけてリチャードがジョージのほう見上げて周りの様子伺うレベル
「国王陛下におかれましては、王妃さまのご意見を信頼したうえで尊重なさっておられると言ったのですよ…だって奥方の意見を重んじない
旦那さまはいませんでしょう?」と繋げたセシールさんの対人スキルが光ってました。ジョージの馬鹿。

13歳のマーガレットと10歳のジョージは歳のわりに大柄で、7歳のリチャードは小柄そしてヨーク公の面影あり(マルグリットと面会
するときにいかにも「うぜえ」と眉間に皺寄せたりしないヨーク公、というような表現がw)だそうでこのシーンで台詞があるのは
セシールとジョージのみでしたが他の2人も充分に気質が掴める描写がなされていました。

ヨーク公死んだやったー☆と思ったのもつかの間、事態はヤツが死んで収まるようなレベルではなかった!
ジョン・トゥシェ戦死オワイン・テュードゥルおじいちゃん処刑ジョン・グレイさん戦死アンドリュー・トロロープさんタウトンに散るわで
サマセット公ハルくんが精神崩壊しかけてました!「ノーザンバーランド伯もトロロープ卿も陣没しました、おそらく我が軍は何千人も…
戦場や川に嵌って死んで…そこかしこに…フヒヒッ☆ みんな雪に埋もれている頃でしょう、いやぁ雪っていいですよねぇ。罪もなにもかも
覆い隠してくれて、あたりを綺麗にしていくんですよぉ」そして雪玉つくるハルくん「この素晴らしい日を雪合戦で終わらせましょうやあ!」
この流れは読んでいてマルグリットとシンクロして「ハルくんが壊れたー!」とかなり本気で思いました。
第二次セント・オールバンズ直後に「ウォリック伯は討ち漏らしたけど父上の仇はなんとか取れたよ!」と久々に晴れやかな表情見せてた
と思ったらコレで読んでて辛いです。タウトンでやっと折り返し地点かー。
ウェストモーランド伯系ネヴィル家の血脈に関してはそういえばセシール・ネヴィルさん経由でプランタジネット(含ランカスターヨーク)→テューダー→ステュアート→
ハノーファー(ウィンザー)に脈々と伝わっているんですねぇ…。Twitter上でロイ・ダルトンさまにもネヴィル関連をお伺いしてみたところ
薔薇戦争に全力参戦したのって実質ソールズベリーとウォリックのリチャード親子とかトマスジョンの弟たちとかフォーコンバーグ卿とかの
叔父さんくらいだね〜ウェストモーランド伯側は全く動いてないよという旨のお返事をいただきました。ヘンリー6世陛下の養育を任されていた
ボーシャンさんの娘婿であるウォリック伯リチャードがランカスターとヨークの狭間であんなフリーダムに活動したというのに本家はなにしとん
ジョージはやっぱそういう扱いなんですねw
リチャードはヨーク公似(外見)という設定が多いような気がします。一応、史料からの(いささか強引に思える)推測があるんですよね。ヨーク公の外見ってちゃんとした記録がないんじゃないかと思います。

>Twitter上でロイ・ダルトンさまにもネヴィル関連をお伺いしてみたところ
薔薇戦争に全力参戦したのって実質ソールズベリーとウォリックのリチャード親子とかトマスジョンの弟たちとかフォーコンバーグ卿とかの叔父さんくらいだね〜ウェストモーランド伯側は全く動いてないよという旨のお返事をいただきました。

おお、こちらですね↓
http://twitter.com/#!/lemmingofthebda/status/191102957301923841">http://twitter.com/#!/lemmingofthebda/status/191102957301923841
http://twitter.com/#!/lemmingofthebda/status/191106006946820097">http://twitter.com/#!/lemmingofthebda/status/191106006946820097
ロイ・ダルトンさんにもすっかりご無沙汰しっちゃってます。

ウェストモアランド伯側は、一応ランカスターについていた筈です。たぶん、一族で二手に分かれることで、どちらが勝っても全滅を防ごうという狙いがあったのではないかと。……ひょっとすると、単に仲が悪かったのかもしれませんが。よく知りませんが、初代伯の遺産相続でもめたとかなんとか読んだような気が。

ウェストモアランド伯位は、初代伯レイフ・ネヴィルの孫(最初の結婚の長男ネヴィル卿ジョンの息子)のレイフが継いだんですよね。この2代伯はランカスター側ですが、実際に戦いにどの程度関わっていたのかわかりません。彼の息子は早くに亡くなってます。
2代伯の弟ネヴィル卿(男爵)ジョンは、ウェイクフィールドの戦いの際に、ヨークからランカスターに寝返ったようです。彼はタウトンでランカスター側として戦い、戦死しています。目立つのはこの人くらいですかねー。目立つと言っても、主要な将という感じではないですが。ちなみに、彼の息子が3代伯です。
白い猪亭

秋津羽

Author:秋津羽

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